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“焼け跡闇市派”の遺言

寄稿:飯室勝彦

2015年12月15日

また一人、戦争を憎み続けた男が逝った。野坂昭如、享年85。“焼け跡闇市派”と自称し、作詞家、作家、雑誌編集者、歌手、テレビタレントと多彩な活動をしたが、思考の原点は「非戦」だった。

空襲で家族を失い、幼い妹とともに焦土をさまよい、自分はかろうじて生き延びたものの栄養失調で倒れた妹を焼け跡で荼毘に付した。少年時代の体験に基づく信念は固かった。

その死は2015年12月9日、日本がアメリカ相手に開戦した、いわゆる開戦記念日の翌日だった。

死の数日前、盟友の永六輔が出演するラジオ番組のために手紙を寄せ、開戦の前日である7日に放送された。

「近頃、かなり物騒な世の中となってきた。戦後の日本は平和国家だというが、たった1日で平和国家に生まれ変わったのだから、同じく、たった1日で、その平和とやらを守るという名目で、軍事国家、つまり、戦争をする国にだってなりかねない」

手紙には、名指しこそなかったが、第9条の解釈変更による事実上の改憲、安全保障法の強行制定、自衛隊の増強など首相、安倍晋三の進める政治への不安が綴られていた。

野坂の死の翌日、大阪市長の橋下徹がツイッターに書き込んだと伝えられた台詞は正反対のはしゃぎぶりだった。

「これで完全に憲法改正のプロセスは詰んだ。来夏の参議院選挙で(与党が)参院3分の2を達成すれば、いよいよ憲法改正」

消費増税の際の軽減税率問題で自民党が公明党に大幅譲歩したことを受けての感想だ。安倍は、橋下ら「おおさか維新の会」グループを改憲のための援軍として期待しているだけに、橋下が旗幟鮮明にしたことを朗報と受け止めたに違いない。

2015年9月に安保法が成立し、国会が会期を終えると、安倍は憲法、安全保障に関して沈黙し外交三昧を装った。安保法が国民の支持を得ていないことを認めた閉会直後の約束、「今後も丁寧な説明を続ける」は反故にした。安保法問題が2016年夏の参議院選挙に響くことを警戒し、国民の怒りが時の経過とともに静まるのを待つ作戦だ。

替わって選挙目当ての話題づくりが露骨になった。消費増税の際の軽減税率はその代表だ。財務省の後押しで「財政再建」を重視し、軽減範囲を小規模にしようとする自民党と、「低所得者対策」として軽減を大幅にしようとする公明党との対立に割って入り、公明党に譲歩するよう指示したのは安倍、内閣官房長官の菅義偉ら政権首脳だ。

憲法第9条の解釈変更などで同調してくれた公明党へのお礼の意味と、参院選における同党の支援を期待しているからだ。

決着は1兆円規模と当初予定の2倍半になった。「低所得者救済」といえば響きはいいが、国の予算の半分以上を借金に頼る財政危機からの脱出はこれで遠のいた。大幅軽減で空いた税収の穴を埋めるため、消費増税による税収を充てるはずだった医療・介護の低所得者対策を見送らざるを得なくなった。他にも社会保障水準の引き下げなど消費増税、軽減税率の本来の趣旨に反する方針転換が予定されている。

それでもまだ全体の半分以上、6000億円は財源の目処が立たず1年かけて探すというのだから無責任な野合と言うしかない。

低年金受給者への給付金、財界へのベア要求など人気取り政策が宣伝される裏で、安い労働力確保のための雇用の規制緩和、法人税引き下げなど大企業への大きな飴がきちんと用意されている。

それもこれも安倍の宿願である「改憲のための3分の2」を獲得せんがためである。

有権者は明白な選挙対策と見破っているのに、安倍政権は大衆の眼力を見くびり、矛盾に気づくはずがないとタカをくくっている。

改憲に向かってあれこれ工作しながら憲法の無視、骨抜きといった実質改憲も着々と進めている。第9条の解釈変更はその重要な一つだが、安保国会の後に野党がそろって要求した臨時国会を召集しなかった。「いずれかの議院の4分の1以上の議員の要求があれば召集しなければならない」という第53条はまったく無視した。

特定秘密保護法により会計検査院に秘密文書が提出されず、検査が不可能になる恐れがあるという検査院の指摘も無視している。「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院が検査」すると定めている憲法第90条など歯牙にもかけない。

この規定の誕生には、大日本帝国憲法の下では国の機密費や軍事関係費が検査の対象から外され、莫大な軍事費をチェックできなかったという歴史的経緯がある。「戦争をできる国」を目指す安倍政権下でこうした問題が起きているのは偶然ではあるまい。

時あたかも来年度の防衛費は4年連続で増え5兆円を突破し、在日米軍のための「思いやり予算」も増え続けることが明らかになった。それでも「防衛費を削って福祉に」という声は、政府内はもちろん野党からも聞こえてこない。防衛費は既に聖域になっている。

野坂の手紙は「昭和16(1941)年の12月8日を知る人がごくわずかになった今、また、ヒョイとあの時代に戻ってしまいそうな気がしてならない」と結ばれていた。

これは単なる不安の表明ではない。「あの時代に戻してはならない」という遺言だ。今を生きる人たちは野坂の遺言と誠実に向き合わなければならない。

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