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危険な“お試し改憲”論

寄稿:飯室勝彦

2016年1月5日

「民主主義下の独裁者」とでも評すべき首相、安倍晋三はご機嫌で新しい年を迎えたに違いない。

第9条の解釈改憲、新安全保障法制の成立に続いて、懸案だった従軍慰安婦問題についても、アメリカによる強い後押しのお陰で、暮れも押し詰まった28日に日韓合意に漕ぎ着けた。ばらまき、人気取り型の2016年度当初予算案も組んで、夏に控える参議院選の対策は着実に出来つつある。

どうやら安倍政治の集大成である明文改憲が現実味を帯びてきたかに見える。

日韓合意の2週間前、2015年12月14日、安倍は講演で「マスコミや野党から頑張れと言われたら調子が狂う。批判を受ければ受けるほど、やってやろうという闘志がわいてくる」と言ってのけた。

批判に耳を傾ける気がないことを公然と宣言したわけだ。発言は「敵か味方か」という二項対立式の思考しかできない、安倍の脳内をさらけ出してもいる。「議論し、ともに考えてよりよい答えを見つける」という民主主義の理念をまったく理解していない政治家であることが、これまで以上に明白になったが、とにかく本人は高揚している。

講演の少し前には親衛隊のような議員たちの会合で「来年は再び夏に戦いがやってくる」と仲間を鼓舞した。さらにその前には衆参両院の予算委員会で改憲問題に絡んで緊急事態条項の必要性を繰り返した。

このような経過を見ると、安倍の言う「夏の戦い」はまず参院選、そして選挙に勝つことを前提にした改憲着手と見るのが自然だ。緊急事態条項を改憲の突破口にする作戦だ。

衆院憲法審査会会長の保岡興治は早速安倍に呼応して「審査会では緊急事態条項中心に審議したい」と伝え、同意を得たという。

安倍は第9条の廃止をあきらめたわけではない。

とはいえ、国民が第9条を大事に思っていることは、安保法制をめぐる議論からも明らかだ。参院選で与党が3分の2以上の議席を占めても、本格改憲はおいそれと実現しそうにない。やっとそのように思い至り再び迂回作戦をとることにしたのである。

緊急事態に関する改憲はそれ自体が目的ではない。国民を改憲に慣れさせ、保守勢力のいう“改憲アレルギー”をなくすための、いわば“お試し改憲”である。国会の改憲発議条件を「3分の2以上の賛成」から「過半数」に下げることを提案した時と同じ発想だ。

フランスでは緊急事態への対応を法律事項から憲法事項に格上げすることにして、さまざまな人権制限条項を盛り込んだ改憲案が議会に示された。大地震などの災害、中国の軍拡、国際的テロなど、日本でも対応策強化を主張する側にとって追い風が吹いている。緊急事態に備えると言えば国民の警戒感は和らぐと安倍も読んでいるのだろう。

しかし、安倍の目指すゴールが第9条であることに変わりはない。目くらましの“お試し”に乗らないよう十分な警戒が必要だ。

国家の根幹が揺らぎ、国民生活が脅かされるような危機には、効率よく迅速な対処が必要だ。そのため行政トップに権限を集中、国民の自由や権利を制限する。司法によるチェックを臨時に一部外すこともあり得る。

これが緊急事態に関する一般的考え方だ。ある意味では独裁制の一時的容認であり、平時には遵守されるべき憲法その他の法制度を停止し適宜に必要な措置を取れるようにする。

非常、緊急時の例外的措置だから緊急時とされる範囲や人権制限は必要最小限でなければならず、非常時を脱したらなるべく早く平時の態勢に戻さなければならない。

ところが自民党の改憲草案の緊急事態に関する条項を見ると、緊急事態の範囲が極めて広い。外部からの武力攻撃、自然災害のほか「内乱等による社会秩序の混乱」「その他法律で定める事態」とある。表現の自由を敵視しているような人権規定と相俟って、SEALDsの安保法反対集会のような市民運動も、社会秩序の混乱として弾圧されかねない。

何よりも首相は支配者、国民は支配され、服従すべき存在として制度設計がなされている。緊急時に行われた非常措置について事後に司法が審査する仕組みも設けられていない。

この改憲草案には権力の暴走を止めるブレーキがなく、権力者の恣意的振る舞いを抑制するのが憲法や法律の本来の目的なのに、権力を握った者にさらに強力な全権委任状を与えるようなものである。

基本的人権を無視した、こんな憲法草案をつくった自民党に、そして「決められる政治」を唱え大臣に対して「指示」「政治決断」を連発する、独裁志向の安倍に、緊急事態法制の制度設計の主導権を握らせるわけにはいかない。

憲法が禁じている集団的自衛権の行使を法律で可能にしてしまった政権である。漠然としているが不安感のある社会的雰囲気を利用して、緊急事態時における極端な政府権限強化や過剰な人権制限など日本国憲法が容認しない制度をつくることも躊躇しまい。

陣営には、砂川事件判決を曲解して「集団的自衛権行使は合憲」と言いくるめた自民党副総裁、高村正彦のような“法律家”もいる。日本国憲法に違反する過度な人権制約規定でも合憲と言い繕うことだって厭うまい。

緊急事態問題は安保法に続き立憲主義を突き崩す“第2の矢”になりかねない。論議される制度の中身をチェックするのはもちろん、そもそも緊急事態に備える特別制度が必要なのかどうかから議論を始めるべきだ。

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