【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信
批判バージョン「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」の一問一答
閣議決定について政府の一問一答集が内閣官房のHPへ掲載されています。国民の不安や危惧、反対意見を脇に置いて、自公の密室協議だけで決定したため、過半数の国民は集団的自衛権行使に反対し、内閣支持率が急落しました。
この一問一答集は、国民の不安や危惧、反対意見を意識しながらそれに答えようとして作成されたものと思います。しかしこれを読むと、政府の意図とは反対に、私には閣議決定が如何に嘘とごまかしで固められたものかを示一層明らかにしていると思います。とりわけ閣議決定でもっとも曖昧にされている国連の集団的措置(軍事的措置)への参加については、一言も言及されていません。
そこで緊急にその批判バージョンを作ってみました。皆様の議論にお役立て下されば幸いです。
【問1】なぜ、今、集団的自衛権を容認しなければならないのか?
【答】今回の閣議決定は、我が国を取り巻く安全保障環境がますます厳しさを増す中、我が国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを守るため、すなわち我が国を防衛するために、やむを得ない自衛の措置として、必要最小限の武力の行使を認めるものです。
【批判】この問いはこれまでの憲法解釈を根本的に変更するだけの事情(立法事実)があるのかを尋ねるものです。【答】はそれに対して何ら答えていません。なぜ個別的自衛権で不十分なのか、集団的自衛権行使をすれば国の存立と国民の命、平和な暮らしが守れるのか、逆に集団的自衛権を行使することで国民が犠牲を強いられることはないのかなど、また、なぜ憲法改正ではなく閣議決定で集団的自衛権を容認するのかなど肝心のことには何ら答えていません。ごまかしです。
【問2】解釈改憲は立憲主義の否定ではないのか?
【答】今回の閣議決定は、合理的な解釈の限界をこえるいわゆる解釈改憲ではありません。これまでの政府見解の基本的な論理の枠内における合理的なあてはめの結果であり、立憲主義に反するものではありません。
【批判】この閣議決定はこれまでの政府見解の論理では許されない集団的自衛権行使を容認するもので、これがなぜ合理的な解釈の限界を超えない、立憲主義に反しないと言えるのか説明になっていません。
【問3】なぜ憲法改正しないのか?
【答】今回の閣議決定は、国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを守るために必要最小限の自衛の措置をするという政府の憲法解釈の基本的考え方を、何ら変えるものではありません。必ずしも憲法を改正する必要はありません。
【批判】これまでの政府解釈は、集団的自衛権行使をするなら憲法改正が必要だとしていました。閣議決定は憲法第9条の意義を失わせるもので解釈で許される範囲を超えています。それにもかかわらず「必ずしも憲法改正は必要ではない」との理由の説明はありません。とにかく、憲法改正は必要ないのだ、というだけのことです。この様な説明を「問答無用」というのでしょう。
【問4】国会での議論を経ずに憲法解釈を変えるのは、国民の代表を無視するものではないか?
【答】5月に総理が検討の方向性を示して以降、国会では延べ約70名の議員から質問があり、考え方を説明してきました。自衛隊の実際の活動については法律が決めています。閣議決定に基づき、法案を作成し、国会に十分な審議をお願いしていきます。
【批判】5月15日安保法制懇報告書が発表され総理記者会見で政府の「基本的方向性」を述べた後、衆参でそれぞれ1日ずつ集中審議がなされただけです。その中でも安倍総理は政府の「基本的方向性」とは異なる答弁をしましたし、問題や疑問はさらに深まっただけです。法案提出後十分審議するといっても、それは言い逃れです。閣議決定をする前に十分国民的な議論を求めているのです。
【問5】議論が尽くされておらず、国民の理解が得られないのではないか?
【答】この論議は第一次安倍内閣時から研究を始め、その間、7年にわたりメディア等で議論され、先の総選挙、参院選でも訴えてきたものです。5月に総理が検討の方向性を示して以降、国会では延べ約70名の議員から質問があり、説明してきました。今後も皆様の理解を頂くよう説明努力を重ねます。
【批判】第一次安倍内閣では、安保法制懇という密室の中での、いわば仲間内での議論だけでした。自民党は総選挙公約では、国家安全保障会議設置、国家安全保障基本法と国連平和協力一般法制定は掲げましたが、集団的自衛権行使のための憲法解釈見直しは掲げていません。国家安全保障基本法がどのような内容かも記載していません。参議院選挙公約も同じです。2010年の総合政策集でも同様です。選挙では全く争点にもせず公約にもしていないことを、国民の疑問や不安を無視して強行しているのです。国民が理解していないことは各種世論調査の結果から明白です。
【問6】今回の閣議決定は密室で議論されたのではないか?
【答】これまで、国会では延べ約70名の議員からの質問があり、総理・官房長官の記者会見など、様々な場でたびたび説明し、議論しました。閣議決定は、その上で、自民、公明の連立与党の濃密な協議の結果を受けたものです。
【批判】自公協議は全くの密室での協議でした。いくら濃密な協議をしたと称しても、たかだか11回、合計約13時間に過ぎません。密室の中での協議では、国民には何を議論したのかわかりません。
【問7】憲法解釈を変え、平和主義を放棄するのか?
【答】憲法の平和主義を、いささかも変えるものではありません。大量破壊兵器、弾道ミサイル、サイバー攻撃などの脅威等により、我が国を取り巻く安全保障環境がますます厳しくなる中で「争いを未然に防ぎ、国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを守るために、いかにすべきか」が基点です。
【批判】集団的自衛権は日本が武力攻撃を受けていないにもかかわらず、多国間の武力紛争へ日本が武力で荷担することを可能にします。国連の軍事的措置への参加は、ある国に対する集団的な武力制裁です。日本がこれらの武力行使を海外で出来るようになるということは、憲法9条を完全に無視することです。憲法の恒久平和主義の放棄です。
【問8】憲法解釈を変え、専守防衛を放棄するのか?
【答】今後も専守防衛を堅持していきます。国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを、とことん守っていきます。
【批判】専守防衛とは憲法9条の下で採用されてきた日本独特の防衛政策です。「相手からの武力攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のため必要最小限度にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限度のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛態勢」と定義されてきました。閣議決定はこの定義を完全に破壊しています。これを「専守防衛」というなら、米国も英国もイタリアもフランスもすべての国は「専守防衛国家」になります。言葉のごまかしで閣議決定の重大な意味をごまかそうとするものです。
【問9】戦後日本社会の大前提である平和憲法が根底から破壊されるのではないか?
【答】日本国憲法の基本理念である平和主義は今後とも守り抜いていきます。
【批判】日本国憲法の基本理念を破壊することは明らかです。これまでの政府解釈では、個別的自衛権行使以外では武力行使は出来ない、国際平和協力でも武力行使は出来ない、国連の集団的措置へは武力による参加は出来ないというものが、最後の歯止めになっていました。これをすべて出来るようにする閣議決定がどうして「日本国憲法の基本理念である平和主義を守り抜く」と言えるのでしょうか。「日本国憲法の基本理念である平和主義」という言葉をごまかしているのです。
【問10】徴兵制が採用され、若者が戦地へと送られるのではないか?
【答】全くの誤解です。例えば、憲法第18条で「何人も(中略)その意に反する苦役に服させられない」と定められているなど、徴兵制は憲法上認められません。
【批判】憲法第18条で徴兵制が憲法違反であるとされたのは、憲法第9条があるからです。閣議決定は憲法9条を丸ごと否定する内容ですから、徴兵制も憲法違反ではないとする政府解釈が将来登場しないとの保障はありません。憲法9条の意義すら否定する閣議決定がなされたのですから、いくら憲法上認められませんと言っても信用できません。これも嘘とごまかしの類いです。
【問11】日本が戦争をする国になり、将来、自分達の子供や若者が戦場に行かされるようになるのではないか?
【答】日本を戦争をする国にはしません。そのためにも、我が国を取り巻く安全保障環境が厳しくなる中で、国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを守るために、外交努力により争いを未然に防ぐことを、これまで以上に重視していきます。
【批判】答えは問いに正面から答えていません。肝心なことを隠しています。争いが防げない場合には集団的自衛権を行使するということをなぜ正直に答えないのでしょうか。集団的自衛権を行使できるようになれば、米国が武力行使を決意して軍事的貢献を求められれば、米国の戦争に日本が参加することは間違いありません。軍事力を背景にした外交が失敗すれば、武力紛争になることを【答】は説明を避けています。日本はまさに戦争をする国になるのです。将来自分たちの子供や若者が戦場に行かされるようになる可能性があります。それだけではなく、私達自身も無事ではすまないかも知れません。
【問12】自衛隊員が、海外で人を殺し、殺されることになるのではないか?
【答】自衛隊員の任務は、これまでと同様、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるというときに我が国と国民を守ることです。
【批判】この答えは問に正面から答えていません。国の存立を守るため自衛隊員が海外で血を流すことになるということを、どうして率直に答えないのでしょうか。これをごまかしと世間では言います。
【問13】歯止めがあいまいで、政府の判断次第で武力の行使が無制約に行われるのではないか?
【答】国の存立を全うし、国民を守るための自衛の措置としての武力の行使の「新三要件」が、憲法上の明確な歯止めとなっています。さらに、法案においても実際の行使は国会承認を求めることとし、国会によるチェックの仕組みを明確にします。
【批判】新三要件では、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」が第一要件です。この要件の判断は、「集団的自衛権などに関する政府見解」によると、「『新三要件』に該当するか否かは政府がすべての情報を総合して客観的、合理的に判断する。」と説明しています。ではそれが果たして要件に該当するか検証しようとしても、秘密保護法で国民や国会には隠されます。結局政府の判断を信用しなさいと述べているようなもので、国会のチェックも機能しないでしょう。何らの歯止めにはなりません。
【問14】自衛隊は世界中のどこにでも行って戦うようになるのではないか?
【答】従来からの「海外派兵は一般に許されない」という原則は全く変わりません。国の存立を全うし、国民を守るための自衛の措置としての武力の行使の「新三要件」により、日本がとり得る措置には自衛のための必要最小限度という歯止めがかかっています。
【批判】閣議決定自体には地理的制限はどこにも述べていません。「新三要件」に該当すると政府が判断し、そのために必要と判断すれば、世界中どこでも自衛隊を派遣できます。必要最小限という要件も、何が必要最小限度なのか事態に応じて変わりうる者なので、結局政府による判断になります。そうなると【問13】で述べたとおり歯止めにはなりません。
【問15】国民生活上、石油の供給は必要不可欠ではないか?
【答】石油なしで国民生活は成り立たないのが現実です。石油以外のエネルギー利用を進める一方で、普段から産油国外交や国際協調に全力を尽くします。
【批判】石油備蓄法で日本は消費量の190日分が備蓄されていることをなぜ説明しないのでしょうか。
【問16】日本は石油のために戦争するようになるのではないか?
【答】憲法上許されるのは、あくまでも我が国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを守るための必要最小限の自衛の措置だけです。
【批判】【答】は【問】に対して、何も答えていません。一般論でごまかしています。我が国の存立が脅かされると判断すれば、ホルムズ海峡の機雷掃海をすることは安倍総理がこだわっていることです。これはまさに石油のための戦争をすることです。でも、ホルムズ海峡の機雷封鎖がなぜ我が国の存立を脅かすのか説明は全くありません。
【問17】従来の政府見解を論拠に逆の結論を導き出すのは矛盾ではないか?
【答】憲法の基本的な考え方は、何ら変更されていません。我が国を取り巻く安全保障環境がますます厳しくなる中で、他国に対する武力攻撃が我が国の存立を脅かすことも起こり得ます。このような場合に限っては、自衛のための措置として必要最小限の武力の行使が憲法上許されると判断したものです。
【批判】閣議決定が従来の政府見解を論拠に逆の結論を導き出していることを、この【問】は自認しています。これを世間では矛盾と言いうのではないでしょうか。
【問18】今回の閣議決定により、米国の戦争に巻き込まれるようになるのではないか?
【答】憲法上許されるのは、あくまで我が国の存立を全うし、国民の命を守るための自衛の措置だけです。もとより、外交努力による解決を最後まで重ねていく方針は今後も揺らぎません。万が一の事態での自衛の措置を十分にしておくことで、却って紛争も予防され、日本が戦争に巻き込まれるリスクはなくなっていきます。
【批判】閣議決定は米国との集団的自衛権を行使するものです。【答】はそのことには何も触れていません。あたかも個別的自衛権であるかのようなごまかしをしています。集団的自衛権を行使できるようになれば、米国の戦争に参加を求められます。米国が戦争を決意した際、日本が米国の意思に反してもそれを外交努力で解決するというのでしょうか。これまでの日米関係ではあり得ない話です。日本が戦争に巻き込まれるリスクは格段に高まるはずです。【答】は典型的なウソです。
【問19】今回の閣議決定により、必要ない軋轢を生み、戦争になるのではないか?
【答】総理大臣が、世界を広く訪問して我が国の考え方を説明し、多くの国々から理解と支持を得ています。万が一の事態での自衛の措置を十分にしておくことで、かえって紛争も予防され、日本が戦争に巻き込まれるリスクはなくなっていきます。
【批判】既に中国や韓国は閣議決定に対して批判や反発を強めています。歴史問題や領土紛争を抱えている中でこの閣議決定は周辺諸国と必要のない軋轢を既に生み出しています。そのことが「安全保障のジレンマ」で戦争になるリスクを高めます。
【問20】今回の閣議決定によっても、結局戦争を起こそうとする国を止められないのではないか?
【答】日本自身が万全の備えをし、日米間の安全保障・防衛協力を強化することで、日本に対して戦争を仕掛けようとする企みをくじく力、すなわち抑止力が強化されます。閣議決定を受けた法案を、国会で審議、成立を頂くことで、日本が戦争に巻き込まれるリスクはなくなっていきます。
【批判】閣議決定とそれを実行する防衛法制の改正と防衛政策の展開により、周辺諸国との軍事的緊張関係が高まり、意図しない武力紛争となるリスクが高まります。また、米国との集団的自衛権や国連の集団的措置に参加することで、地球上の様々な地域での戦争に日本が巻き込まれることになります。
【問21】武器輸出の緩和に続いて今回の閣議決定を行い、軍国主義へ突き進んでいるのではないか?
【答】今回の閣議決定は戦争への道を開くものではありません。むしろ、日本の防衛のための備えを万全にすることで、日本に戦争を仕掛けようとする企みをくじく。つまり抑止力を高め、日本が戦争に巻き込まれるリスクがなくなっていくと考えます。
【批判】閣議決定は戦争が出来る国作りであることは間違いありません。政府が戦争を決意する際、秘密保護法で情報が隠されてしまい、さらに国民を動員する情報コントロールがなされるでしょうから、国民はいつの間にか政府の行為により望まない戦争に動員されることになりかねません。それに抵抗しようとすれば、秘密保護法による処罰も覚悟しなければなりません。国民主権も民主主義も踏みにじって戦争が出来る国になることを軍国主義といえば言い過ぎでしょうか。
【問22】安倍総理はなぜこれほどまでに安全保障政策が好きなのか?
【答】好き嫌いではありません。総理大臣は、国民の命、平和な暮らしを守るために重い責任を負います。いかなる事態にも対応できるよう、常日頃から隙のない備えをするとともに、各国と協力を深めていかなければなりません。
【批判】皆さんが自由に批判して下さい。
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自衛の措置としての武力の行使の新三要件
○ 我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
○ これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
○ 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
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