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【NPJ通信・連載記事】選挙へ行こう~自民党改憲草案と参議院選挙@2016

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差別を続けるのか、やめるのか――試される日本人

寄稿:新垣 毅(琉球新報社)

2016年6月17日

沖縄の人々の我慢はもう限界に来ている。今年4月、沖縄県うるま市に住む20歳の女性が暴行、殺害され、遺棄されるという無残な事件が発生した。米軍嘉手納基地で働く元海兵隊員の軍属が殺人・強姦致死・死体遺棄の容疑で逮捕された。この事件によって、1995年に米海兵隊3人が少女を輪姦した事件を想起する人は多いだろう。あれから21年、沖縄の基地の状況は何が変わったのだろうか。

1972年に沖縄が日本に復帰してから、2013年までの間、米軍人・軍属・家族の刑法犯は5833件に上る。そのうち殺人・強盗・放火・暴行の凶悪犯は570件もある。在日米軍専用施設の約74%が沖縄に集中しているがゆえの事件といえる。沖縄の人からすれば、これらの事件は米軍基地がなければ発生せず、被害者が救われていたはずの「余計な被害」だ。

今回の事件を重く見た沖縄県議会は5月26日、事件に抗議し、在沖米海兵隊の撤去や、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設断念などを日米政府に求める意見書を全会一致で可決した。県議会が在沖米海兵隊の撤退要求に踏み込むのは初めてのことだ。6月3日付に琉球新報が報じた世論調査で米軍関係者の事件事故防止策として最も多かったのは、沖縄の「全基地撤去」で、4割を超えた。

県議会などが在沖海兵隊の撤退を求めているのは、「軍隊がいる限り事件は繰り返される」という認識が大きいからだ。在沖米軍で海兵隊は施設面積の約75%を占める。軍人数の約60%に達するとともに、海兵隊による事件・事故の発生件数も多く、県民の米軍基地負担で大きなウエートを占めてきた。沖縄の基地は、海兵隊の割合が大きいことが特徴だ。

海兵隊は、戦争や紛争が起こった際の「殴り込み部隊」といわれ、真っ先に戦場に駆け込む役割を担った時代もあった。しかし、近年は空爆でほとんど戦況は決まってしまうため、役割は大きく見直され、最近は不要論も根強い。

海兵隊撤退要求は沖縄の基地や兵士の大半を撤去せよ、と言っているのに等しい。

しかし日米政府は冷淡だ。沖縄の要求に応えず、抜本策を示せていない。沖縄側は日米地位協定の改定も求めているが、運用改善の範囲内で対処する方向だ。日米政府の対応は沖縄にとって〝ゼロ回答〟に等しい。

沖縄の自己決定権

沖縄の要求の高まりととともに、沖縄で今、叫ばれているのが「沖縄の自己決定権」の確立だ。

昨年9月、翁長知事は国連人権理事会で演説し「沖縄の自己決定権と人権がないがしろにされている」と訴えた。沖縄の知事が国連で基地問題を人権侵害として〝直訴〟するのは初めてのことだった。辺野古新基地建設で国に追い詰められた沖縄ではもはや憲法だけでなく、国際法に訴える新たな取り組みが生まれている。

自己決定権とは一般的にいえば「自分の生き方や生活について自由に決定する権利」だ。個人の権利の側面もあるが、国際法である国際人権規約は、自由権規約でも、社会権規約でも、各第1部第1条に位置付け、集団の権利として「人民の自己決定権」を保障している。なぜ人権の1丁目1番地かというと、集団の自己決定権が損なわれると、集団を構成する人々の人権が侵害される可能性が著しく高まるという考え方があるからだ。

国際法学者の阿部浩己神奈川大学教授によると、この自己決定権は今や国際法の基本原則の一つとなっており、いかなる逸脱も許さない「強行規範」と捉える見解もある。

沖縄がいま、直面している名護市辺野古への新基地建設問題に即していえば、外交や防衛に関しては、国の「専権事項」とされているため、国はその立場を利用し建設を強行している。しかし、その基地建設自体が、沖縄住民の運命を大きく左右することだと、沖縄住民が認識しているため、その意思決定過程に、沖縄住民の民意を反映させよという主張が自己決定権の行使だ。

「基地の縮小」という住民の民意が反映されていないからこそ、米軍絡みの事件・事故が繰り返される、つまり人権侵害が続いているとみることができる。

辺野古の象徴的意味

沖縄の民意を無視して進められようとしている辺野古の新基地建設を阻止する闘いは、全国的に見ても、いろんな象徴的な意味を帯びている。

一言でいえば「誰が主役(=主権者)か」という問題だ。

一内閣の憲法解釈変更で集団的自衛権の行使が容認されたことに対し、立憲主義の危機が強く叫ばれた。多くの反対の世論がある中で成立した新安保法制についても、批判が強い。このプロセスを見れば、主権者である国民がないがしろにされていると言われても仕方がないだろう。日本国民は主権を取り戻すという問題に直面している。

辺野古新基地建設の阻止は、安保法制の中身を骨抜きにするという側面もある。昨年8月にうるま市沖で墜落した米軍ヘリに搭乗した自衛隊員がけがをした事故が物語るように、米軍と自衛隊の一体化が進んでいる。安保法制を先取りしたような事故だった。安保の現場はまさに沖縄で起きている。新基地建設阻止の行動は、一体化する米軍と自衛隊の軍事的機能を止める象徴的意味を持つ。

また、新基地建設阻止は民主主義という側面、さらには、軍事力に頼らない平和を希求する意味でも象徴的だと思う。

7月10日の参院選は沖縄ではまさに、この辺野古新基地の是非を最大争点に闘われる。それに伴い、今回の事件への抜本的対策、大幅削減など基地のありようが根本的に問われることになる。

一方でこの選挙は、当然であるが、沖縄だけの問題ではない。国土面積のわずか0・6%しかない沖縄に、米軍専用施設の約74%を押し付けている差別状態こそが、日本国民に問われることになる。すなわち、沖縄に基地を押し付け続けている日本人(ヤマトンチュ)が沖縄を差別し続けるのか、やめるのかが、試されるのである。

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