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危険水域に入った「報道の自由」

寄稿:飯室 勝彦

2017年5月4日

 国際的ジャーナリスト団体「国境なき記者団」(本部パリ)が発表した、各国の報道の自由度に関する2017年のランキングによると、日本は180カ国のうち72位だった。順位は前年と同じだが10年の11位から下がり続け、17年は主要7カ国(G7)の中で最低だった(4月26日各紙夕刊、27日朝刊)。
 それ自体、憂慮すべきだが、メディア関係者の多くが事態を危機的と受け止めているようには見えないことも深刻である。

 ランク低下のきっかけは民主党政権時代、東電福島第一原発の事故をめぐる情報開示の遅れだが、自民、公明の連立政権で安倍晋三氏が首相に返り咲いてからは急坂を転げ落ちるように低下し続けている。
 
 安倍首相とその政権、および自民党が報道に対して露骨な介入、攻撃を繰り返してきたことは周知の事実だ。
 いちいちあげるときりがないが、例えば
 ▽参院選公示の当日、TBSの「ニュース23」の報道が公平を欠くとして、自民党が党幹部の
  取材を拒否(13年7月)。
 ▽自民党がNHKと在京民放テレビ5社に選挙報道の公平中立を文書で要請(14年11月)。
 ▽自民党情報戦略調査会が、番組作成に関する過剰演出、やらせの疑惑が浮上したNHK、テ
  レビ朝日の幹部を聴取(同4月)―などがある。
 そのほか安倍首相が国会答弁その他でメディアを批判、攻撃することが珍しくないのは、報道で広く知られている。首相は「朝日新聞は社是で安倍政権打倒をうたっている」という趣旨の事実無根の発言を国会でしたこともある。
 
 特定秘密保護法の施行で政官による公的情報の恣意的な扱いが増えているし、16年から17年にかけては重大な情報隠しが疑われる事例が発覚した。南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸上自衛隊部隊の日報、学校法人・森友学園への国有地売却交渉の記録などを「破棄した」「存在しない」などとして情報の開示を遅らせたり、隠したりしている。
 そのほか経済産業省は全執務室に施錠して自由な取材活動をブロックし、高市早苗総務相はテレビ局に対する停波処分をちらつかせたりするなど、日本の「報道の自由」は脅かされ続けている。

 今村雅弘・前復興相の「(記者会見から)出て行け」発言は、これらの延長線上で出た。当然、「報道の自由」に対する挑戦として厳しく批判されるべきだったが、新聞、テレビなどの既存主要メディアからは正面から闘おうとする意気込みが伝わってこなかった。
 
 今村氏は2017年4月4日の記者会見で原発事故の自主避難者について「本人の責任でしょう」などと発言し、記者から「自己責任と言うことか」と重ねて問い詰められると突然、激高し当該記者に「出て行きなさい」「もう二度とこないでください」などと大声で宣告して会見を終えた(4月5日付け各紙朝刊)。

 「報道の自由」に支えられた、開かれた記者会見は民主主義の基盤だ。まして公式な記者会見である。権力者が参加者を選別することは原則として許されるべきではない。追い出すなど論外である。
 今村発言は、メディアを通じて国民に監視されチェックされるべき公権力者の立場をまったくわきまえていない暴言と言える。「報道の自由」や民主主義に対する挑戦と言ってもいい。
 ところが、記者とのやりとりを詳しく報道したのは一部メディアに限られ、多くは「自己責任」発言のみをクローズアップし、激高部分は単なるエピソードのように報じた。「報道の自由」の見地から厳しい扱いの報道をしたメディアは少なかったのである。しかも一過性の報道に過ぎず、徹底的な追及はなされなかった。

 もちろん「自己責任」と言わんばかりの発言で自主避難者を突き放したのは復興相としての任務放棄に等しいが、「出て行け」発言も重大だ。
 今村氏は後にパーティにおける講演で、東日本大震災について「まだ東北で、あっちの方だから良かった」と発言したことが批判され、責任を取って大臣を辞任した。事実上の更迭だったが、「出て行け」発言は辞任理由にも安倍首相の謝罪にも含まれていない(4月26、27日付け各紙朝夕刊)。
 多くのメディアが、今村氏の暴言、失言を今村氏個人のキャラクターに帰すかのように軽く扱ったのは問題の矮小化である。安倍政権のDNAが今村氏に投影されていたと見る方が適切だろう。
 
 実際に自民党内には今村氏をかばう声さえあった。政権を支える幹事長の二階俊博氏は講演で「政治家の話をマスコミがきっちり記録し、一行悪いところがあったら『けしからん、すぐに首を取れ』(と報じる)」とマスコミに責任を転嫁し、「そんな人は(会場から)排除して入れないようにしなければだめだ」と主張した(4月27日付け毎日朝刊など)。

 情報をなるべく隠し、時には権力を利用してもメディアを牽制、攻撃して政権に都合の悪い報道はさせない。今村、二階発言は安倍政権とそれを支える人たちの本音が今村氏らの口を借りて出たように見える。

 さらにもう一つ、注目すべきは今井氏を厳しく追及して「出て行け」と言われたのがフリーランスの記者だったことである。大手主要メディアでは記者会見の詳しい様子が報じられていないが、ネットや週刊誌(例えば『週刊新潮』4月20日号)などの情報によると、当日、その場にいた大手メディアの記者たちが一緒になって、フリー記者への今井氏の暴言に抗議することはなかったようだ。かえって後日、フリー記者を攻撃した保守系メディアもあった。

 「国境なき記者団」の報告書は日本について「記者クラブ制度により、フリーの記者や外国のメディアが冷遇されている」と分析している。現にネット言論の中には「今村会見ははからずもこの分析を裏付けた」との評もみられる。

 ランキング43位のアメリカでもトランプ大統領によるメデイア攻撃が激しい。一部メディアのホワイトハウスへのアクセスを制限し、意に染まない報道には悪罵を投げつけ、自分に協調的な報道をするメディアだけに積極的に協力している。
日本と違うのは、大統領に敵視されたメディアがひるまず、国民に真実を伝えるため大統領に敢然と挑んでいることである。

 日本では「選ばれた」特定メディア企業の幹部、ベテラン記者らが、安倍首相を囲んで飲食しながら情報を非公式に入手することが常態化している。権力側のメディア懐柔策である飲食懇談で得た情報が公式に報道されることはないが、その後の報道に影響を与えているだろうことは容易に考えられる。

 「国境なき記者団」のレポートは、日本の大手メディアが政権の意向に配慮して「自主規制」していると指摘しているが、いまや「萎縮」という言葉も日本のメディアを語るキーワードとなった。権力の側は影響力の大きいメディア関係者の懐柔に成功したと安心しているのか、「報道の自由」やメディアの背後に主権者がいるという建前さえ意識しなくなっている。

 日本のメディア情況を物語っているかのような寓話を紹介しよう。
 「透明なガラスのコップにノミを入れて伏せる。はじめのうちノミは跳ね続けるが、そのたびにガラスの天井にぶつかり、はじき返される。これを繰り返すうちに跳ねるのをあきらめ、やがてガラスの天井の存在も意識しなくなる」というのである。
――日本の「報道の自由」はもはや重大な危険水域に入っている。

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