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“独裁”で急加速…自民の改憲案作り

寄稿:飯室 勝彦

2017年5月26日

 自民党が安倍晋三首相の“号令”で改憲実現に向かって突っ走り出した。目指すは2020年。議員たちは党内議論の積み重ねをひっくり返した“安倍号令”に唯々諾々と従いつつある。安倍氏は自民党総裁と内閣総理大臣の肩書きを使い分けて立憲主義の制約と憲法擁護義務を免れようとし、与党メディアを通じて持論を宣伝するが、国会では国民の代表に対してまともに説明しようとしない。

 こんなことが民主社会で許されるわけがない。“号令”は「政党総裁としてのリーダーシップ発揮」だと言うが事実上の独裁政治ではないか。自民党内では「自由」、「民主主義」、「寛容」「熟議」「対話」などは死語なのだろうか。

 憲法記念日である2017年5月3日の読売新聞朝刊は安倍晋三首相の単独インタビューを報じ、首相が目指す改憲内容とスケジュールを伝えた。主要な点は以下の通りである。
◇ 戦争放棄、戦力不保持を決めている現行第9条の第1、2項を残し、自衛隊の根拠規定となる
  第3項を加えることを最優先する。
◇ 日本維新の会による教育無償化の提案を歓迎する。
◇ 党内での改憲案検討を急がせ東京五輪、パラリンピックが開かれる2020年の施行を目標と
  する。
 首相の持論は「戦後レジームからの脱却」だが、インタビューの中でも「2020年を日本が新しく生まれ変わる年にしたい」と強調している。

 安倍首相の改憲論はくるくる変わる。憲法第96条が定める改憲発議の条件を3分の2超から過半数へ緩和、非常事態条項の新設、そして今度の第9条への追加……憲法を子どもの玩具のようにもてあそんでいる。理念なき改憲論であり改憲が自己目的化しているように見える。
何でもいいから突破口を開き「憲法を変えた」という実績を残したいのではないか。

 改憲の発議権は国会にあり、最終的に判断するのは国民だ。行政府の長が具体的内容、時期まで明示して実行を迫るのは明らかに日本国憲法の枠から逸脱していると言えよう。

 周知の通り憲法第99条は公務員に憲法尊重擁護義務を課している。しかも国務大臣は公務員の代表として天皇、摂政に次いで例示されているのである。そんなことはお構いなしにこの憲法を悪し様に言い募るのは憲法違反であり、自らの権力の根源を否定する矛盾であることを無視している。

 「首相主導による改憲運動」が立憲主義に反するとの指摘もある。権力にできることを制限する、卑近な言葉を使えば権力を縛るのが本来の役割である憲法を、権力の側が「自分にとって使い勝手が悪いから」と変えるのは本末転倒であり、憲法の存在意義がない。

 読売インタビュー後の一連の報道によれば、国会で追及されると首相は「インタビューは自民党総裁としてのものであり、党員に呼びかけた」と言いつくろったが、総裁も首相も一つの人格であり切り分けられるものではない。
 現に読売新聞の見出しも「首相インタビュー」であり、文中でも繰り返し「首相」と表記している。どちらの肩書きを使おうと「最高権力者」の発言であることに変わりはないのだ。
 まして国会で、発言の詳しい説明を求められて「読売新聞を熟読すれば分かる」と答えるに至っては論外だ。国会は国民から負託を受けて行政権力をチェックする責任を負っている。その責任を果たそうとする国会議員の背後には大勢の国民がいる。行政権力は誠実に説明する責務があるはずだ。
 
 読売インタビューから2週間余、自民党は早速号令に答えて動き出した。党憲法改正推進本部の体制を強化し、安倍構想の実現に向けて党の改憲案づくりを加速化させたのである。年内の改憲案取りまとめを目指すという(5月25日付け朝日新聞朝刊など各紙)。
 自民党内で論議が積み重ねられてきた改憲案は第9条削除だった。新しい安倍構想はそれをまったく無視しているのに党内から大きな異論の声があがる気配はない。

 そればかりか、野党との対話重視でソフトランディングを目指してきた、保岡興治・推進本部長らいわゆる「憲法族」ではない議員を推進本部の幹部として新たに送り込み、主導権をそちらに移すという(5月19日付け毎日新聞朝刊、同22日付朝日新聞朝刊など)。
 そこで安倍首相が頼りにしているのが高村正彦・自民党副総裁だ。安全保障法制定に際し、砂川判決の強引なこじつけ解釈で集団的自衛権行使の合憲説を打ち出し、安倍首相を支えた人物である。毎日新聞のインタビュー(5月23日夕刊)では安倍構想を手放しで高評価するなど、安倍首相直々の指令を受けて再び乗り出す構えを見せている。

 憲法問題に限らず、安倍政治にはなにかと独裁色がつきまとう。何かあるたびに「首相が○○と指示した」「首相の指示による」などと報道され、菅義偉官房長官も記者会見でいちいち首相指示を強調する。リーダーシップを演出するためだろうが、各省庁を所管する大臣はまるで独裁権力者に服従する下僚に過ぎないかのような観がある。

 有力なライバルがいない一強多弱の党内情勢、与党が改憲発議の議決に必要な3分の2超の議席を握っている国会情勢では、自民党総裁としてであれ、内閣総理大臣としてであれ、“暴走”する安倍氏にブレーキをかけられる勢力はない。大部分の議員たちは権力者を取り巻き群がりへつらっているのが現状だ。
 この情況を脱して、憲法と民意に忠実な政治を実現できるか、自民党と自民党議員たちは、いまこそ存在意義を問われている。

 試されているのは公明党も同じだ。
 第9条に第3項を追加する安倍構想の他に、第9条を残し、自衛隊の存在を明記した「第9条の2」を新設する案もあるが、いずれにしろ「加憲」を主張する公明党を改憲勢力に引き留めておくための政略だと見られる。これまで与党たる公明党が自民党や内閣に細かな点で注文を付ける場面はしばしばあったものの、決定的なブレーキになったことはない。
 今度こそ日本国憲法の要である第9条を守り抜くことを選ぶのか、それとも政略に屈して権力機構の一隅に座り続けるのか、「平和の党」の看板の行方をかけた選択になるだろう。

 最後にメディアである。5月3日の読売新聞朝刊は、第1面の大部分、第4面のほとんどと言えるスペースを費やして首相インタビューを報じた。その大報道は客観報道の域を超え、同社の社論である改憲を主張するキャンペーンの一環のように読めないこともなかった。
 安倍首相は権力者としての公平性維持には関心がなく、自分の意に沿ったメディアを恣意的に選別して出演したりインタビューに応じたりする。国会で「読売を読め」という答弁が飛び出したのは、自分の言い分を忠実に報じてくれる便利なメディアと受け止めているからではないか。

 読者から大報道に対する批判が寄せられたのだろうか、読売新聞は13日付の朝刊に「憲法改正報道は重要な使命」と題する東京本社編集局長の署名記事を載せて自社の報道姿勢を説明した。
 改憲問題が重要な報道テーマであることは言うまでもない。だが問題は、どういう情報をどのような角度、スタンスで報道するかであろう。

 権力者の先棒を担ぐのではなく、権力側が宣伝して欲しいことを報ずるのでもなく、権力を批判的に監視、チェックし、権力側が隠していることを国民の前に引っ張り出す――それこそがジャーナリズムの使命だ。
 「筆者は常に、訴えんと欲してもその手段を持たない者に代わって訴える気概を持つことが肝要である。新聞の公器たる本質はこの点に最も高く発揮される」という旧新聞倫理綱領の一節はいまも色あせてはいない。
 弱者、少数者の声を伝えるスピーカーにはなっても強者、権力者のスピーカーにはならない――これがメディアの要諦だ。

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