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徹底解説 検察審査会決定
なぜ検察審査会は東京電力役員の起訴を求めることができたのか
検察再捜査と今後の展望

寄稿:海渡雄一(弁護士、福島原発告訴団弁護団)

2014年8月3日

3名の役員に起訴相当、1名に不起訴不当の決定

 

2014年7月31日、東京第5検察審査会は、東京地検が前年9月9日に不起訴処分とした東京電力元幹部ら42人のうちの3人について、業務上過失致死傷罪で「起訴相当」とする議決書を公表した。議決は7月23日付、議決書は7月30日付であった。

(NHKテレビより)

(NHKテレビより)

2013年10月16日告訴団は、検察審査会へ申立てていた。福島原発告訴団の申立人らは、東京電力の原発関係の業務に就いていた役員6名に対象を絞っていた。

検察審査会が「起訴相当」としたのは、勝俣恒久元会長、武藤栄、武黒一郎の両元副社長である。小森明生元常務については「不起訴不当」とした。榎本聡明、鼓紀男元取締役については、権限がないという理由で不起訴相当とされた。起訴相当の検察審査会議決が2回続けば、強制起訴となり、公開の裁判で福島原発事故についての刑事責任の有無が論議される、画期的な裁判が開かれることとなる。

この決定的な議決本文に解説を付記し、議決の意義と今後の展望についてまとめた。議決が認定した被疑事実は、次のとおりである。

「被疑者らは、東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)の関係者であるが、 福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)の運転停止又は設備改善等による安全対策を講じて、大規模地震に起因する巨大津波によって福島第一原発において炉心損傷等の重大事故が発生するのを未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、必要な安全対策を講じないまま漫然と福島第一原発の運転を継続した過失により、東北地方太平洋沖地震(以下「本件地震」という。)及びこれに伴う津波により、福島第一原発において炉心損傷等の重大事故を発生させ、水素ガス爆発等により一部の原子炉建屋・格納容器を損壊させ、福島第一原発から大量の放射性物質を排出させて、多数の住民を被ばくさせるとともに、現場作業員らに傷害を負わせ、さらに周辺病院から避難した入院患者らを死亡させた。」

この議決の意義は次のようにまとめられるだろう。

今回の議決は福島人々の被害の重みを理解して出された画期的なものである

告訴団は、委員に直接面談し、福島原発事故の被害の実情について訴える場を作って欲しいと繰り返し訴えた。このような訴えはかなわなかったが、議決は、「平成23年3月11日に起こった福島第1原発の事故は、本件地震による津波を契機として発生した我が国未曽有の大事故であり、現時点でも未だ収束していない。

当審査会は、事故に遭われた方々の思いを感じるとともに、様々な要素が複雑に絡み合って発生した大事故について、個人に対して刑法上の責任を問うことができるのかという観点も踏まえつつ、検討を行った。」としている。

我々が提出していた事故被害者の事故後の生活の報告などを読む中で、福島原発事故の被害者の無念の気持ちは伝わっていたのである。今回の議決は福島人々の被害の重みを十分理解して出された画期的なものである。

原子力事業者に課せられた高度の注意義務を確認

議決は、まず原子力事業者が業務の遂行の過程で負っている注意義務が高度のものであることを認めている。

「チェルノブイリ原子力発電所の事故を見ても明らかなように、原子力発電は一度事故が起きると被害は甚大で、その影響は極めて長期に及ぶため、原子力発電を事業とする会社の取締役らは、安全性の確保のために極めて高度な注意義務を負っている。最高裁判所における伊方原発訴訟に対する判決は、原子力発電の安全審査について『災害が万が一にも起こらないようにするため』に行われるものとしている。」

「今回の福島第一原発の事故は、巨大な津波の発生が契機となったことは確かであるが、そもそも自然災害はいつ、どこで、どのような規模で発生するかを確実に予測できるものではない。今までの原子力発電所を襲った地震をみても、平成17年8月の宮城県沖地震では、東北電力女川原子力発電所で基準地震動を超える地震動が観測され、平成19年7月の新潟県中越沖地震では、東京電力柏崎刈羽原子力発電所で基準地震動を超える地震動が観測されている。根拠のある予測結果に対しては常に謙虚に対応すべきであるし、想定外の事態も起こりうることを前提とした対策を検討しておくべきものである。」

このような考え方は、東京地検の判断基準とは異なるものであるが、原発事故の苛酷さと広汎性を考えれば、このような高度の注意義務を課すことは、ある意味で当たり前であり、さる5月21日の福井地裁の大飯原発差し止め判決とも共通する市民の良識に沿った判断であると評することができるだろう。

議決の基礎となった予見可能性の判断方法についての考え方

「検察官は、予見可能性について、『10m盤を大きく超えて建屋内が浸水し、非常用電源設備等が被水して機能を喪失するに至る程度の津波が襲来すること』についての具体的予見可能性が認められるか否かを問題とし、被疑者らについて、いずれもこれらの具体的予見可能性を認めるのは困難であるとした。また、結果回避可能性も認められないとした。」

「そもそも地震や津波という自然現象について、具体的に、いつ、どこで発生するかまでを予見することは不可能である。原子力発電所を扱う事業者として、安全性確保のための対策を取ることが必要である津波として認識することが可能であったといえれば、津波襲来に関する具体的な予見が可能であったというべきである。そして、この予測に応じて必要な対策を施した場合に、事故の結果が回避できたといえるのであれば、結果回避可能性も認められる。」とした。

検察官は、その不起訴理由において、そもそも不確定な自然災害について、あまりにも細かい点までの予見可能性を要求していた。このような不合理な態度が、議決では市民の良識にもとづいて適切に修正されている。このような理論的立場が、起訴相当の判断の基盤となっている。

審査会が認定した津波想定に関する事実関係

この議決は、津波襲来に関する予見可能性を検討する上で、地震調査研究推進本部(以下「推本」という。)の「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(以下「長期評価」という。)とこれに基づく津波高の試算を重視している。

① 平成14年7月、推本は、福島第一原発の沖合を含む日本海溝沿いでマグニチュード8クラスの津波地震が30年以内に20%程度の確率で発生すると予測した。平成16年5月、土木学会の津波評価部会における津波ハザード解析の研究の一環として、三陸沖から房総沖にかけての海溝寄りの津波地震の発生に関する重みづけアンケートが実施された。その結果、土木学会の津波評価技術に基づく考え方を支持するものが約0.4、推本の長期評価に基づく考え方を支持するものが約0.6との結果となった。

② 平成18年9月、原子力安全委員会が耐震設計審査指針を改定し、津波については「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないこと」を「十分に考慮したうえで設計されなければならない」とした。上記指針の改定を受け、原子力安全・保安院(以下「保安院」という。)が、電力事業者に対し、既設の原子力発電所について新指針に照らした耐震安全性の評価を実施し、報告を求めること(以下「耐震バックチェック」という。)を指示するとともに、耐震バックチェックに当たっての基本的な考え方となる耐震バックチェックルールを策定した。耐震バックチェックルールでは、津波の評価について、既往の津波の発生状況、最新の知見等を考慮して実施することとされた。

③ 平成19年11月ころ、東京電力の土木調査グループ(以下「土木調査グループ」という。)において、耐震バックチェックの最終報告における津波評価につき、推本の長期評価の取扱いに関する検討を開始した。平成20年2月、東京電力「中越沖地震対応打合せ」(被疑者勝俣恒久ら幹部が出席。)において福島第一原発の想定津波水位が従来の予想を上回るO.P.(小名浜港工事基準面)+7.7m以上に上昇する可能性があることが報告され、資料が配付された。東京電力では、推本の長期評価を踏まえ、明治三陸地震の波源毛デルを福島県沖海溝沿いに設定するなどして津波水位を試算したところ、平成20年3月、福島第一原発の敷地南側においてO.P.+15.7mとなる旨の結果を得られた。

④ 平成20年3月、東京電力における中越地震対応打合せにおいて、プレスリリース用のQ&Aに関し、津波の評価について、耐震バックチェック最終報告において推本の長期評価を考慮する旨の修正が報告され、了承された。同月、被疑者武藤栄が福島県生活環境部長に対し「津波の評価については耐震バックチェック最終報告にて報告する。最新の知見を踏まえて安全性の評価を行う。」と説明した。

⑤ 平成20年6月、土木調査グループから被疑者武藤栄らに対してO.P.+15.7mの試算結果が報告された。被疑者武藤栄は、(ア)非常用海水ポンプが設置されている4m盤への津波の遡上高を低減する方法、(イ)沖合防波堤設置のための許認可について、(ウ)機器の対策の検討を指示した。

⑥ 平成20年7月、被疑者武藤栄から土木調査グループに対し、耐震バックチェックにおいては推本の見解を取り入れず、従来の土木学会の津波評価技術に基づいて実施し、推本の長期評価については土木学会の検討に委ねることとし、これらの方針について、津波評価部会の委員や保安院のワーキンググループ委員の理解を得ることなどを指示した。

⑦ 平成20年8月、土木調査グループが、房総沖地震の波源モデルを福島県沖海溝沿いに設定した場合の津波水位を試算したところ0、P.+13.6mとなる結果を受領した。

⑧ 平成20年11月、土木調査グループ担当者が、貞観津波の波源モデルを用いた津波水位が、福島第一原発についてO.P.+8.6~+9.2mとなる旨の結果を受領した。

⑨ 平成22年8月から、東京電力の土木調査グループを含めた関係部門間で「福島地点津波対策ワーキング」を開催した。将来的に推本の長期評価や貞観津波に関して津波対策を講じる必要性が生じる可能性が高いことを踏まえ、福島原発における津波対策等を検討する目的で設置され、非常用海水ポンプの水密化等の検討がなされた。

⑩ 平成23年2月、保安院が、推本が長期評価を改訂して貞観津波に関する記載を盛り込むことを予定している旨の情報を入手し、東京電力に対し、福島原発における津波対策の現状等に関する説明を要請した。平成23年3月7日、土木調査グループ担当者が保安院にO.P.+15.7mの試算結果や貞観津波の試算結果を報告した。

津波の可能性についての議決の検討とその意味

これらの事実関係は概ね政府事故調が認めた事実関係であり、告訴人らが告訴に当たって主張した事実関係である。しかし、ここには、政府事故調の認定した事実関係について、その意味づけを変えている部分がある。それは、④⑤⑨の部分である。

また、推本について、「推本は、地震予測に関し、日本で権威を有する機関であり、その予測は科学的な根拠に基づくものと考えられ、当然、推本の長期評価は最新の知見として取り込むべきものである。学者の重みづけアンケートでも、従来の土木学会による津波評価技術による方法よりも支持を得ている。」「東京電力は、10mを超える津波が襲来する確率は、1万年に1度から10万年に1度との試算を得ていたが、これは耐震バックチェックの基準地震動に用いた地震動の確率と同程度であり、耐震審査設計指針の「施設の供用期間中に極めてまれではあるが、発生する可能性があると想定することが適切な津波」というべきである。また、伊方原発最高裁判決の趣旨、原子力安全委員会安全目標専門部の報告書の趣旨からも、推本の長期評価は取り入れられるべきものといえる。(この部分は、7月上旬に申立人側に審査会事務局からなされた質問に対して、申立人側で提出した上申書に記載した内容が取り入れられている-引用者注)」「東京電力も、当初は、耐震バックチェックにおいて推本の長期評価を取り入れる方針であったが、耐震バックチェックの期限に対策が間に合わない場合、原発の運転停止のリスクが生じると考え、採用を見送り、関係者の根回しを進めたことがうかがわれる。」「東京電力は、推本の長期評価等について土木学会での検討を依頼しているが、最終的には、想定津波水位が上昇し、対応を取らざるを得なくなることを認識してワーキンググルーブを開催していることから、土木学会への依頼は時間稼ぎであったといわざるを得ない。」「東京電力は、対策にかかる費用や時間の観点から、津波高の数値をできるだけ下げたいという意向もうかがわれるが、もともと地震・津波という不確実性を伴う自然現象に対しての予測であり、算出された最高値に基づき対応を考えるべきであった。東京電力は、推本の予測について、容易に無視できないことを認識しつつ、何とか採用を回避したいという目論見があったといわざるを得ない。」「地震・津波の予測は、不確実性を伴う自然現象に対するものであり、そもそも、いつどこで起きるかまで具体的に言い当てることは不可能である。推本の長期予測に基づく津波高の試算を確認している以上、原発事業者としては、これを襲来することを想定し、対応をとることが必要であったと考える。」

東京電力は、「試算が現実に起きるとは思わなかった。念のために土木学会に検討を依頼しただけである」と言い訳していた。検察庁はこのような不合理きわまりないいいわけをそのまま認めてしまった。

これに対して、検察審査会は、市民的利用式を発揮し、東電の役員たちは、対策が必要であることはわかっていて、途中まではその検討や準備もしたのに、改良工事のために原発が長期停止になることをおそれ、時間稼ぎのために土木学会に検討を依頼して、問題を先送りをしたと認定している。事態を正確に理解した、極めて正しい認識である。

浸水したら、過酷事故になることはわかっていた

議決は、次のような事実を根拠に、東京電力の役員らは、浸水したら、過酷事故になることはわかっていたと論じている。

① スマトラ沖津波でインド・マドラス原発の非常用海水ポンプが水没して運転不能になったことや、平成17年、宮城県沖地震において東北電力の女川原発で基準を超える地震動が発生したことを踏まえ、平成18年1月、保安院と独立行政法入原子力安全基盤機構において、溢水勉強会が開催された。これは設計上の想定津波水位を超える津波が襲来した場合の設備・機器等に与える影響を把握すること等を目的とした勉強会であった、平成18年5月、第3回溢水勉強会において、東京電力は、福島第一原発5号機の敷地高を1m超える高さの津波が無制限に襲来した場合の検討状況を報告した。このような津波が到来した場合、非常用海水ポンプが機能喪失し、炉心損傷に至る危険性があること、また、建屋への浸水で電源設備が機能を失い、全電源喪失に至る危険性があることが示された。

② 溢水勉強会の結果を踏まえて開催された安全情報検討会の資料には「敷地レベル+lmを仮定した場合、いずれのプラントについても浸水の可能性は否定できない」「福島第一原発5号機については現地調査を実施し、上記検討結果の妥当性について確認した」との記載がある。

③ また、東京電力においては、平成3年の福島第一原発1号機が海水漏れ事故で、溢水により冷却機能が喪失しかけるという事態が生じた。この事故からも、溢水事故の怖さ、溢水対策の必要性は十分認識していたと考えられる。議決は、以上のような事実を認定し、東京電力は、少なくとも敷地レベルを超える津波が襲来した場合、全電源喪失、炉心損壊にいたる危険性を認識することができたし、実際に起きた事故の教訓からも、溢水対策が必要であることは認識できていたと考えるとした。非常に堅実な議決となっていると考える。

必要な対策を講じていれば、結果の回避、軽減はできた

議決は、以下のとおり、それぞれの時点で、どのような安全措置をとることが可能であったかを具体的に指摘し、これらの措置を講ずることができていれば、結果の回避あるいは軽減ができたことを明らかにしている。

① 平成18年の段階

溢水勉強会は、想定外の事態が発生した場合の対応を研究するために開催されたもので、各電力会社の上層部にも報告されることになっていた。シビアアクシデント対策は、規制要件とはなっていないものの、自主的な対策が求められていたのであり、この時点で、全電源喪失に備えた対策を取ることは十分に考えられた。仮に、この時点から具体的な検討を始めていれば、検察官が指摘するような対策、すなわち、蓄電池や分電盤を移設し、HPCI(高圧注水系)やSR弁にケーブルで接続すること、小型発電機、可搬式コンプレッサー、水中ポンプ等を高台に置くこと等の措置を講じておくことは十分に可能であった。

② 平成20年の段階

平成20年6月、被疑者武藤栄がO.P.+15.7mの試算を受け、実際に対策を検討させている。平成20年8月、被疑者武黒一郎にも試算結果を報告している。その時点から、対策を進めていれば、溢水勉強会も踏まえて、上記①記載の措置を講じることは可能であった。検察官はこれらの措置をとるにも、高台に配備するだけでは足りず、事前に蓄電池とHPCI及びSR弁をケーブルで接続する工事が必要となり、その場合、設計及び工事期間、福島県の事前了解、経済産業大臣に対する設置許可などの手続が必要となり、結局3年以上の期間を要するというが、安全対策を取ることについて、漫然とこのような長期間を要するとする根拠が明確ではない。

また、今回の事故については、全電源を喪失し、必要な機材等も不足するという過酷な状況において、事前の訓練やマニュアルもない中で関係者の尽力により、より深刻な事態を防ぐことができたものと評価できる。

これを踏まえると、長期間を要しない安全対策、例えば、電源車や電源盤を搭載した自動車、可搬式コンプレッサー、必要機材などを高台に移設したり、シビアアクシデント対策として緊急時のマニュアルの整備や訓練などもやっておけば、本件の被害を回避し、少なくとも軽減することができたと考える。電源喪失を防ぐための建屋の水密化についても、この時点から対策を開始すれば、津波発生までに間に合い、事故は回避できたと考える。費用についても防潮堤設置に比べ低額であり、一現実的に可能な選択であったと考える。

③ 平成22年8月の段階

平成22年8月に福島地点津波対策ワーキングを開催し、非常用海水ポンプの水密化などの検討を始めたのは、推本の長期評価や貞観津波に基づく対策を取らざるを得なくなることを認識したからであると考えられる。この時点においても、前記②の長期間を要しない安全対策を取ることは可能であり、これにより被害を回避するか、また、回避できなくても軽減できたと考える。

④ 原子力発電所の運転停止について

原子力発電所は一度事故が発生したら取り返しがつかない。東京電力も規制当局も、何をするにも原発の稼働ありきを前提に動いているように見受けられるが、安全性に疑問が生じた場合は、先ず、運転を停止し、安全が確認されてから稼働することを考えても良いのではないか。

規制当局や他の電力事業者も十分な対応をしていないということは、東電の言い逃れの理由とはならない

① 検察官は、被疑者らを不起訴とした理由の中で、保安院等の規制当局から推本の長期評価を踏まえた津波対策を講じるべきとの指摘等がなされたことがなかったことや、他の電力事業者においても推本の長期評価を全面的に取り入れた津波対策を実施していたわけではなかったこと、中央防災会議において福島県沖の津波地震は防災対策の対象から除かれたことにも触れている。

② この点について議決は次のように適切に反論している。

そもそも安全確保のために第一義的に責任を負うのは、規制当局ではなく個別の事業者であり、規制当局からの指摘がないとか、他の業者もやっていないなどの理由で、責任を免れるものではない。また、中央防災会議はその目的を異にし、原子力発電所を稼働させる事業者に課せられている注意義務と一律に論じることはできない。

③ 規制当局も事業者も、耐震バックチェック等をクリアし、原発の運転停止という事態に至らないように連携していたように見受けられる。例えば、O.P.+15.7mという試算結果についても単なる対処すべき数値として捉え、生命や財産に対する現実のリスクであるという感覚が希薄になっている。安全に対するリスクが示されても、単なる数値と見るだけで、実際には発生しないだろう、原発は大丈夫だろうというような曖昧模糊とした雰囲気が存在していたのではないか。このような規制当局と事業者の態度は、本来あるべき姿から大きく逸脱しているし、一般常識からもずれているといわざるを得ない。安全神話の中にいたからということで、責任を免れることはできないと考える。議決内容は、まさにそのとおりである。原発神話のなかに安住し、慢心していたことは罪を逃れる理由とならない。むしろそのことこそが重大な罪であり、これを戒めなければならないのである。

各個人の責任

以上を踏まえ、議決書は各個人について、責任を問うことができるかどうかについて、次のように具体的に検討している。重要な認定事実については、下線を施した。

(1)勝俣恒久

① 勝俣恒久(以下「勝俣」という。)は平成14年10月からは社長、平成20年7月からは会長として各種経営判断を下せる立場にあった。社長在任中、平成19年7月に新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原子力発電所の事故を経験し、想定外の事態が生じることの認識も持っていた。

② 中越沖地震による柏崎刈羽原子力発電所の運転停止の問題を受け、迅速・適正な経営判断を行うべく「中越沖地震対応打合せ」を開催し、出席していた。勝俣も参加していた平成20年2月の打ち合わせにおいて、福島第一原発の津波高の想定について、0.P.+7.7m以上に変更され、さらに大きくなる可能性が記載された資料が配付され、参加者から「14m程度の津波が来る可能性があるという人もいて、前提条件となる津波をどう考えるが、そこから整理する必要がある」との発言もあった。その後に開催された会議の資料には、津波の部分について手書き(誰が書いたか不明)の書込みがあるメモが残っており、津波に関して実際に議論ないし報告がなされていたものと考えられる。

③ 勝俣によれば、耐震バックチェックを通すことが重要な課題であり、津波に対する安全性は、最終報告において行うこととしたため、その間の時間があったので、喫緊の課題と考えていなかったとのことであり、また、全電源喪失に対応するシビアアクシデント対策については、既に講じられていると思いこんでいたという。巨大企業の最高経営責任者として、日々膨大な情報に接し、また、多くの事項については部下である担当者に任せているため、報告を受けた事項について記憶してないこともあり得る。しかし、耐震バックチェックは通すことが目的なのではなく、安全性の確保こそが目的であり、安全性の確保に関わる事項については、特に関心を持って対応をすることが必要であったし、部下に任せるのであれば、部下に対しても安全確保を第一とする適切な指示・指導が必要であった。勝俣は、株主総会において「緊急事態発生時の体制を絶えず検証・改善するとともに、平常時のリスク管理活動の充実に取り組んで参ります」と自ら述べているが、不十分なものであったといわざるを得ない。

④ 以上述べたように、勝俣は、福島第一原発において、従来の想定を大きく超える津波が襲来する可能性に関する報告に接していると考えられ、推本の長期評価に基づく具体的な試算結果や、津波が襲来した場合の影響についても知りうる立場・状況にあったといえる。また、当時の東京電力の最高責任者として、各部署に適切な対応策を取らせることも可能な地位にあった。勝俣は、重要な点については知らなかったと供述しているが、資料を見る限り、そのまま信用することはできない。よって、当審査会は、審査の結果、起訴相当との決議に至った。

(2)鼓紀男

鼓紀男は、平成16年6月から本店原子力・立地本部副本部長であったが、事務系社員であり、主に地元の活性化への協力や公園作りといった地元自治体や住民との意思疎通に関する業務を行っており、原子力発電所の運営や安全管理には携わっていなかった。中越沖地震対応打合せに参加し、津波の情報に接していたことは認められるが技術面での知識や理解が乏しかったため、議論に対して影響を与えたり、判断を行える立場にはなかったと考えられる。よって、不起訴相当とした。

(3)小森明生

① 小森明生は、平成20年6月から福島第一原発所長、平成22年6月26日から原子力・立地副本部長の地位にあった者であり、長年にわたり原子力に関わる部署に属し、原子力発電所に関する知識と情報を有する者である。

② 小森は、平成20年2月、3月の「中越沖地震対応打合せ」で津波に関する報告を受けたものと考えられる。その後、福島第一原発所長に就任し、平成20年9月に行われた福島第一原発に関する耐震バックチェック説明会でO.P.+15.7mの試算結果や、現状よりも大きな津波水位を評価せざるを得ないので津波対策は不可避である旨の報告を受けた。小森は、福島第一原発の所長ではあったが、耐震バックチェックに対してどのように対応するかは、上司である被疑者武藤らに決定権があったものと考えられる。

③ 以上のとおり、小森は、O.P.+15.7mの試算結果や津波対策をとる必要があること自体についての認識はあったといえるが、どのような対策をとるかについての決定権を有していなかったと考えられる上、詳細な情報を共有していなかったのではないかとも思われる。小森については、当時の具体的な立場や権限、どの程度の情報を得ていたのかについて再度捜査を行った上で適正に判断されるべきと考え、不起訴不当とした。

(4)武藤栄

① 武藤栄は、平成17年6月に執行役員原子力・立地本部副本部長に就任し、平成20年6月には常務取締役原子力・立地本部副本部長、平成22年6月には取締役副社長原子力・立地本部長を務め、原子力発電所に関する知識、情報を持ち、技術的事項に関して実質的な判断を下すことができる立場にあった。

③ 武藤は、平成20年6月、推本の長期予測に基づくO.P.+15.7mの試算結果の報告を受けている。当初、東京電力としては、耐震バックチェックに推本の長期予測を取り入れる方向で動いていたが、武藤自らの提案により、土木学会に検証を依頼する方針に転換した。耐震バックチェックでの推本採用を見送るにあたって学者への根回しを指示したり、保安院への試算結果の報告を遅らせたこともうかがわれる。試算結果の報告を受けた当初は、水密化等機器の対策についての検討も指示していたが土木学会に委ねることに方針転換して以降、後に貞観津波の報告を受けても何らの対策をとることなく、本件地震を迎えることとなった。

④ 武藤は、推本の長期評価に基づく0、P.+15.7mの試算の報告を受けており、その時点で、適切な措置をとるべきことを指示し、結果を回避することができたものと考えられるので、起訴が相当であるとの決議に至った。

(5)武黒一郎

① 武黒一郎は、平成17年6月に常務取締役、原子力・立地本部長、平成19年6月に代表取締役副社長、原子力・立地本部長となり、原子力担当の中ではトップの地位にあった。原子力発電所に関する知識、情報を持つとともに、原子力関係の経営判断を行える立場であった。

② 武黒は、平成20年2月の「中越沖地震対応打合せ」で、福島第一原子力発電所の想定津波高が上昇する旨の資料を確認するとともに、参加者から「14皿程度の津波が来る可能性あるという人もいる」という発言を受け、「女川や東海はどうなっている」という質問をしている。平成20年8月には、武藤からO.P.+15.7mの試算結果の報告を受けたが、直ちに対策をとることをせず、土木学会に検証を依頼する方針を了承した。平成21年4、5月ころには、0.P.+15.7mの試算とともに、貞観津波についても土木学会に検証を委ねることの報告を受けている。

③ 以上のとおり、武黒は、推本の長期評価に基づく0.P.+15.7mの試算の報告を受けており、その時点で、適切な措置をとるべきことを指示し、結果を回避することができたものと考えられるので、起訴相当であるとの決議に至った。

(6)榎本聰明

榎本聰明は、平成14年6月に取締役副社長原子力本部長に就任し、平成14年9月に退任している。在任中は、原子力技術全般を所管する立場であった。

平成14年7月に推本の長期評価が公表され、福島県沖海溝寄り領域内のどこでもマグニチュード8.2前後の津波地震が発生する可能性があるとされたが、これに基づき具体的な津波高が算出されたのは平成20年になってからであり、榎本が今回の津波を予測することはできなかったし、これに基づく対策をとることもできなったといえるから、検察官の不起訴処分は相当であると考える。

検察審査会の思いと今後の展開

(1)議決のむすびに示された審査会委員の思い

議決は「むすび」の中で、次のような審査会の思いを明らかにしている。

「当検察審査会は、様々な意見を元に、度重なる議論を経た上で、以上のとおり決議するに至った。本件は事案解明という点からも非常に困難な事件であり、未だ明らかとなっていない点も多く存在すると思われる。検察官においては、一般市民から選ばれた検察審査員によって構成された当検察審査会の議決の趣旨に沿って、再度、捜査を行った上、適正に判断がなされることを期待するものである。」

多数回にわたる真剣な議論の結果、この審査結果として結実したことがわかる。

(2) 今後の手続

今後は、地検が再び捜査し、起訴するかどうか判断する。ただし、検察があらためて不起訴にしても、検察審査会が再度、「起訴すべきだ」との判断をすれば、強制起訴され、裁判が始まる。

起訴相当の議決は11人中8人以上の賛同がなければ出せない。勝俣、武黒、武藤の三名の被疑者については、起訴することに、11人中8人以上の賛同が得られたということである。

裁判員制度のもとでは、死刑判決ですら裁判員と裁判官の単純多数決で決することとなっている。この起訴相当の議決の持つ意味は極めて重い。

(3) 注目される検察再捜査のゆくえ

今後の予測については確たることは言えない。しかし、私は検察が自ら再捜査し、起訴する可能性も十分あると考えている。

昨年9月の不起訴のあとの杉山検察官の説明でも、「東電役員は白ではない。灰色だ。」という説明であった。

高橋哲哉東大教授は、「民意が脱原発に向かっているという背景があって出された議決とも言える。」「検察は東電への強制捜査すらせずに不起訴の判断をしていたが、本当はすべきだった。今からでも遅くはない。政府の顔色をうかがって結論を出すのではなく、厳正な再捜査をすべきである。」と述べている。

また、NHKの報道によると、「東京地方検察庁の中原亮一次席検事は『議決の内容を十分に検討し適切に対処したい』というコメントを出しました。捜査に関わった法務・検察の幹部の1人は『東日本大震災と同じ規模の巨大地震や津波を具体的に予測するのは難しく、捜査は尽くしていただけに今回の議決には驚いた。起訴相当の議決が出ることは想定しておらず見通しが甘かった。今回の議決は重い判断であり冷静に受け入れて再捜査する必要がある』と話しています。」とされている。

31日付東京新聞によれば、「当時の捜査にかかわった検察幹部は、『不起訴処分事実を広く集め、組織として判断した。集めた事実をどう評価するかの問題だから、見方によっては違う結論もあり得る』と、努めて冷静に受け止めた」とされる。

このように、議決は、東京電力とその役員たちだけでなく、捜査を指揮した検察官をも震撼させている。検察自らの中に、このような反省の声があることには大いに勇気づけられる。

仮に、検察が再度不起訴としても、この議決の内容からすれば、次に開かれる検察審査会で覆される可能性はないであろう。だとすれば、強制起訴は必至である。検察には、この重大事件を指定弁護士の手に委ねるようなやり方をして欲しくない。

検察は、直ちに再捜査に着手し、東京電力の捜索をすみやかに実施し、被疑者勝俣、武黒、武藤、小森の4人について、再度の集中した取調を実施するべきである。そして、再捜査の結果を踏まえて検察自らの手で少なくとも、この4名の被疑者について起訴をし、責任を持って公判を遂行するべきである。多くの市民が、これだけの事故を起こし、事前に対策をとるべき時点がこれだけ明確に指摘され、いったんは対策をとろうとしたにもかかわらず、発電の中断を怖れて対策を先送りした被疑者勝俣、武黒、武藤、小森の刑事責任の解明を公開の法廷で行うことを求めている。検察審査会の議決に示された市民の声に耳を傾け、メンツを捨てて不起訴の判断について勇気を持って見直し、起訴の決断を下すことこそが、検察が正義の味方として市民からの信頼を取り戻す途であると信ずる。 (了)

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