【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信
私たちは北朝鮮脅威論にどのように向き合うのか?―憲法9条護憲論の本気度が問われている (上)
1 10月10日衆議院選挙が告示されます。民進党の崩壊と希望の党への吸収という激変の中での選挙です。ここにきて、今回の総選挙の争点が明確になったと思います。自民党は初めて憲法9条改正を正面から掲げた選挙公約を発表しました。維新の党も初めて憲法9条改正を公約にしました。希望の党は、憲法9条を含む憲法改正を公約にします。自・公両党は安保法制を推進し、希望の党も安保法制の実施を掲げています。維新の党も安保法制に賛成です。
他方で、共産党、社民党、立憲民主党は憲法9条改正に反対し、安保法制を廃止しようとしています。
つまり、民主党が希望の党へ吸収された結果、憲法9条改正に反対し、安保法制を廃止するのか、それとも憲法9条を改正して安保法制を推進するのかが、最大の争点になっているのです。
2 安倍首相は、臨時国会冒頭解散と総選挙の大義名分がないことを隠すため、「国難突破」解散だと述べました。彼が述べる「国難」とは、北朝鮮の脅威と少子化です。私には安倍首相が北朝鮮の脅威をことさら煽り、危機を深めているので、彼の存在自体が「国難」だとしか思えません。そのことは以下に述べることをお読みいただければ肯いていただけると思います。
3 北朝鮮の脅威とは何か?
弾道ミサイルと核開発が脅威なのでしょうか。私はこれだけではないと思います。朝鮮半島での大規模武力紛争こそが最大の脅威です。弾道ミサイルと核兵器が使用される脅威は、大規模武力紛争の一部に過ぎません。米国トランプ政権と安倍政権による北朝鮮にたいする威嚇政策が脅威を増幅させています。
安倍首相は9月下旬の国連総会演説で、北朝鮮との対話は無駄だと切って捨てました。他国の首脳が外交解決の重要さを訴えた中での安倍首相の演説は際立っていました。さらに安倍首相はトランプ政権に対して対話をせず、制裁を強化して軍事的圧力を高めるよう要求し続けています。トランプと金正恩との「幼稚園児の口げんか」のような罵り合いが情勢を緊迫させています。安倍首相は「幼稚園児の口げんか」を周りで煽っているこれまた幼稚園児という構図でしょうか。米国による軍事的圧力の強化とそれに対する北朝鮮の対応が、不測の軍事衝突の危険水位に近づいています。
万一大規模武力紛争になれば、北朝鮮と韓国は壊滅的な被害を受けるでしょう。日本も相当の人的物的被害を覚悟しなければなりません。北朝鮮は核兵器を保有していますので、それを使わないまま敗北することはしないでしょう。米国が負担する膨大な戦費と朝鮮半島の戦後復興資金を日本が負担せざるを得ないでしょう。日本の財政は破たんするかもしれません。
4 安倍政権の北朝鮮政策
安倍政権は、安保法制で「抑止力」が強化された日米同盟の軍事力を背景にして、北朝鮮を「抑止」しながら北朝鮮にたいする制裁を強化しています。これで我が国の平和と安全が守られるというのです。北朝鮮を軍事的に「抑止」しながら制裁を強化すれば、金正恩は根をあげて(降参して)核開発、弾道ミサイル開発を断念するという見通しに立っているのです。
しかし、北朝鮮の核開発と弾道ミサイル開発は、全く抑止が効いていません。日米同盟という世界最強の軍事的な圧力があっても、着々と開発を続けているからです。金正恩はいくら制裁が強化され、国際社会から孤立を深めても、それだけで降参することはないでしょう。長年にわたり国際社会から孤立し、制裁を受け続けながら今日まで政権を維持しつつ核・弾道ミサイル開発にまい進している国ですから。
5 北朝鮮問題とは何か?
決して弾道ミサイルと核兵器開発問題だけではありません。これらは派生的な問題です。
北朝鮮問題の最大の要因は、朝鮮戦争です。日本の敗戦後朝鮮民族による統一国家の樹立に失敗し、国際社会の介入により分断国家が創られ、南北それぞれが武力統一を掲げて内戦状態にあったところへ、北朝鮮が総力を挙げて韓国側へ武力侵攻を計り、国際社会が武力介入した結果、3年1ヶ月の朝鮮戦争となり、200万を超える犠牲者を出しながら停戦し、その後平和条約締結もなく、64年間にわたり戦争状態が続いていることをまず挙げなければなりません。
朝鮮戦争時、米国は北朝鮮を原爆攻撃しようとし、アイゼンハワー大統領は沖縄と航空母艦へ原爆を配備する命令を出しました。休戦協定締結後、間なしに米韓相互防衛援助条約が締結され、在韓米軍が駐留し、92年に撤去されるまで、韓国には北朝鮮を標的にした戦術核兵器が30年以上配備されていました。北朝鮮の核開発への衝動はこの歴史的経験があるのです。
朝鮮戦争休戦後も、非武装地帯(DMZ)をはさんで、南北で膨大な戦力がその周辺に集積しています。
日米同盟も北朝鮮を最大の標的にする軍事同盟となっています。米韓同盟では、92年以降第二次朝鮮戦争を想定した作戦計画(OPLAN5027)があり、日米同盟には2001年9月策定された、第二次朝鮮戦争を想定した作戦計画5055があります。毎年のように米韓合同軍事演習が行われ、軍事的緊張を高めています。更に、日朝、米朝間には国交がありません。ちなみに、北朝鮮と国交がある国は164か国(日本政府のカウントによれば世界には195か国存在)を数えます。
北朝鮮問題とは、冷戦崩壊後も北東アジアにおいて冷戦の遺構を根強く残し、北東アジアにおける分断と対立、軍事的緊張関係を作り出す最大の要因です。この取り扱いを失敗すると、大規模地域紛争となり(米韓連合作戦計画5027では、湾岸戦争規模の戦争を計画しています)、その際には核兵器使用の危険性もあります。
私は、朝鮮半島の隣人として、絶対のこのような事態は避けなければならないと考えます。このことが、北朝鮮問題に取り組む際の私の出発点です。半世紀以上にわたる北朝鮮と、米・日・韓の間に横たわる不信と対立、脅威感情は根が深いのです。このことを直視することから、北朝鮮政策を組み立てなければなりません。私たちが、金正恩は何を考えているかわからない、怖い、信用できないと考えると同じように、彼は日・米・韓を同じように見ているはずです。
脅威論を強調する論者やそれに同感する人々は、自分たちは脅威ではないし信用できると考えているのではないでしょうか。北朝鮮脅威論を強調すればするほど、北朝鮮もこちらに対して不信と脅威を感じます。北朝鮮脅威論を強調する前に、こちら側が北朝鮮にとって脅威となっていることを自覚しなければなりません(脅威の相対化です)。
北朝鮮問題を解決するためには、根気強い交渉が必要ですし、政治家にも私たちにも平和的解決への強い意志が求められます。「強い意志」と強調するわけは、北朝鮮の行動や発言に対して、脅威論が強調され、対北朝鮮強硬路線が声高に主張されても、それに流されてはならないという意味です。
北朝鮮の核・弾道ミサイル開発問題は、北朝鮮問題という全体状況の中の一部にすぎません。これだけを単独に切り離して解決することはできません。拉致問題も同様です。
こんな記事もオススメです!