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国民投票法――公正なルールと運用が必要

寄稿:弁護士 梓澤和幸(NPJ代表)

2017年11月29日

改憲発議に反対する3000万署名が取り組まれています。発議を行わせない取り組みこそ急がれます。しかし、更に国民投票にまで進むときにどんなことが待ち受けているのか。制度のおかしさと改革のありかたを見据えておくことも大切です。「改憲 どう考える緊急事態条項・九条自衛隊明記」を出版したNPJ代表の国民投票法検証のエッセイを初出版元の了解を得て転載します。
                                NPJ編集部

 
 5月3日の安倍改憲メッセージ以来、改憲発議、国民投票の現実性は高まった。国民投票を規律する憲法改正手続き法(以下国民投票法または単に法というときはこの法律のことを指す。)の問題点を意識して市民運動を進めることは今喫緊の課題である。

1、改憲の論点
改憲発議の主な論点は9条自衛隊明記と緊急事態条項の創設である。国民投票のイメージを描き、法の問題点を述べるにしても何がどう問題になるかが大切である。この点ごく簡潔に触れておきたい。

一、9条自衛隊明記とは何を意味するのか。
 安倍改憲メッセージは好感度9割をこえる自衛隊を憲法上の存在にすることについて「9条1項2項を残しつつ自衛隊を明文で書き込む」という。その前にある次の言葉が問題である。「自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置付け、自衛隊が違憲かもしれないとの議論が生まれる余地をなくしたい。」とのフレーズである。
自衛隊が違憲か否か、という論議の影響は憲法学上の論争点にとどまらない。9条1項が戦争を放棄し、9条2項が戦力を放棄している以上、自衛隊の武装力の現実はまずは違憲と言わざるを得ない。これを合憲とするために、歴代政府は腐心してきた。どの国にも自衛権はある、自衛のために最小限度の実力を持つことはできる、とする政府解釈の積み重ねである。
 歴代内閣は集団的自衛権行使否定の論理をとり、専守防衛の立場をとってきた。
たとえば、次の答弁がある。安倍晋三政治家が尊敬してやまない祖父岸信介の答弁である。
「いわゆる集団的自衛権という観念につきましては、――中略 ーー自分の締約国であるとか友好国であるとかという国が侵害された場合に、そこに出かけていってそこを防衛する場合でありますけれども、そういうことは、われわれの憲法のもとにおいては、認められておらないという解釈を私は持っております。(昭和35年4月20日 日米安保条約特別委員会における岸信介首相答弁) (浦田一郎編「政府の憲法9条解釈」 信山社 2017年167ページ」
 歴代政権は集団的自衛権を否定する結果、(個別的自衛権に基づき)自衛権発動の要件を整理した。

① 我が国に対する急迫不正の侵害があること、すなわち武力攻撃が発生したこと②この場合にこれを排除するために他の適当な手段がないこと③必要最小お日参議院本会議田中角栄首相の答弁ほか)
 専守防衛政策である。それは海外派兵と敵基地先制攻撃の制約となってきた。

 9条で自衛隊を認める条項は、安倍改憲メッセージにいうように、憲法学の立場からする自衛隊違憲論に終止符をうつ。しかしそれだけではない。連綿と蓄積されてきた集団的自衛権行使否定の政府解釈と専守防衛の政策の命脈を断つのである。新憲法と2015年安保法制(戦争法)の下で、朝鮮半島、中東における軍事的威嚇と軍事行動をおこすとき、アメリカは自衛隊を差し出せと日本に迫る。防波堤は決壊する。日本はこの要求に全く抵抗できない属国になる。安倍晋三という政治家は災害救援で獲得した自衛隊の好感度を利用し、この政治的、軍事的意味を隠蔽して9条3項加憲を行おうとしている。

二、国家緊急権――緊急事態条項
 安倍改憲メッセージ以降、自民党加憲法改正推進本部が検討する改憲項目の中に大災害を理由とする緊急事態条項の創設は必ず入っている。結社の自由、表現の自由など基本的人権の中核部分を制約する加憲条項が入る蓋然性は高い。
日本会議系の日本政策研究センターは緊急事態条項創設を優先課題に挙げてきている。(「これがわれらの憲法改正提案だ(同センター2017年)」でも緊急事態条項は改憲提案の真ん中に座っている。
災害やテロは市民団体や野党の表現の自由、結社の自由を制約する口実に過ぎない。
 同時代にあっては先進的とされた人権保障条項を備えたワイマール憲法の下で、ナチスがなぜ独裁政権を樹立できたか。その謎は同憲法48条の大統領に人権制限を許す国家緊急権条項にあった。(この間の事情は拙著『改憲どう考える緊急事態条項 9条自衛隊明記』同時代社 2017年8月刊)に詳しく述べたのでご参照いただきたい。)

2、国民投票法の問題点と運用への危惧
 憲法96条が憲法改正の要件として国民投票による承認を要求している趣旨が重要である。改憲する際は国政の最高決定権者である国民一人ひとりの熟慮と意思表示を求めるとの理由である。発議される改正論点について正確な情報が流通されるべきである。対立論者の議論の趣旨が投票する一人ひとりの主体に届いていなければならない。また法律であれば国会の議員の2分の一以上の賛成で足りる。改憲には3分の2の議員の賛成による議決と国民投票の承認という手続きを要求している(硬性憲法)。それは多数の数に任せていては権力の暴走をチェックできないと考えるからである。この趣旨に鑑みれば発議と国民投票の実施にあたっては単純な賛成と反対の平等ではいけない。改正発議反対の側が自由に活動でき、反対の理由を国民に届ける機会が十分に保障されなければならない。
この基本から国民投票法を見ると次の問題点が浮かび上がる。
イ、教員と公務員の国民投票運動の禁止の問題点
ロ、改正発議から国民投票までの期間の短さ
ハ、一括発議、一括投票の禁止がない
ニ、最低投票率の規定がなく、過半数の算出方法に問題がある。
ホ、有料広告の規制がない。無料広告の規定不備
へ、警察の干渉禁止と不当干渉排除の組織、手続きがない。
チ、構成要件不明確な罰則規定と国政選挙との重複による警察干渉の危険
リ、国民投票の効力発生時期―無効訴訟提起があっても効力が停止されない
以下順次問題と解決の方向を述べる。

イ 公務員と教員の国民投票運動の禁止
 法は公務員と教員がその地位を利用して国民投票運動をすることを禁止している。(103条)罰則はないがこの規定は改憲反対の側からみると大きな意味を持つ。
大きな社会問題について労働運動の影響力低下が叫ばれている。この中で自治労、自治労連、国公労連、全教、日教組など、公務員と教員の労働組合の組織勢力の存在の意味は大きい。この禁止規定には刑事罰はない。しかしこの分野の労働組合の影響力を殺ぐことを狙う勢力は不利益処分の根拠として大いに使おうとするだろう。

ロ、 運動期間の短さ
 国民投票法2条1項は国民投票の期日を改正発議の日から60日ないし180日以内で国会が定めるとしている。最長6か月である。短かすぎる。
現在安倍改憲メッセージの号令の下、自民党の憲法改正対策本部は新自民改憲案を検討している。実はすでに条文はできているはずだ。しかし公表されない。
特定秘密保護法、共謀罪の審議経過と反対運動の経過、報道機関の対応を見ていてつくづく考えさせられた。最終的に文字の形で条文がでてこないと、報道も運動のリアクションも迫力が出ない。これは乗り越えるべき課題だ。しかし現実には改正発議案文が出てきて初めて国民一人ひとりはわがこととして考え始める。
① 憲法とはどんな法規範か。②9条1項、2項の戦争放棄、戦力の放棄の意味、安保法制と憲法との関係、集団的自衛権と個別的自衛権、③憲法制定の歴史の事実
④ 基本的人権はどのように明治憲法下で蹂躙されたか。人権保障の意味
⑤ 国家緊急権の意味、それを憲法に盛り込んだときに起こる弊害などなど。
以上の論点について投票の主体となる個人は知識を得、論議をかわし、判断の主体とならねばならない。60日ではもちろん180日も短きに失する。最低1年は運動期間が保障されなければならない。

ハ、 一括発議は禁止すべきである。
 ①9条自衛隊明記、②緊急事態条項創設、③教育無償化が改正の論点として浮上しているがこれを一括して発議するか、区分するかは国会法102条の6により設けられた憲法審査会の議決による。(国会法68条の3,102条の7)憲法審査会の議席は議席数に比例する。その議席は改正発議をする側が多数となる。多数派は国民投票に勝とうとするから無理やり①②③を関連する議案とする危険性は皆無ではない。
 ①②③はそれぞれ区分して提案するよう法改正を迫るか少なくとも発議の在り方として区分すべきことを市民運動は要求したい。

二、最低投票率と過半数の算出のありかた
 国民投票法98条2項は投票総数を賛成票、反対票の合計としている。その過半数をもって国民投票の承認とする旨を規定している。これはおかしい。棄権票、無効票を分母に入れるべきである。
棄権票も無効票も「わからない」という改憲発議への回答である。9条1項2項をそのままにした9条自衛隊明記など実に分かりにくい。2項に照らせば自衛隊は違憲である。一方で、3項において自衛隊は合憲とするという。これはいったいどちらの効力を持たせるのか。発議文を法律には素人の投票権者が見てもわかりにくいことこの上ない。棄権、無効が多くなると思う。ましてや一括発議がでたときなど棄権と無効の票数は実更に多くなる。ならばこの数も織り込んで過半数到達の有無を判断すべきである。

ホ、テレビコマーシャルのありかたについて
 国民投票法のテレビコマーシャルについては次の三点の問題がある。
① 有料広告についてこれに利用する金員の上限規定がない。
② 国民投票広報協議会を通じての無料の広告をする。ただしこの無料広告の主体は政党等に限定することの問題点

③ 国民投票の14日前から投票当日までは国民投票運動のための広告放送をしてはならない。(法105条)との規定の問題点
この三点について以下に述べる。

① 有料広告の規制不十分 改憲を発議する側自民、公明、維新の勢力が莫大な資金源を 背後に抱えていることは明らかである。軍需産業をグループ傘下に抱える旧財閥系企業がその資金力を動員して9条自衛隊明記賛成のキャンペーンを打つことは明白である。
電通、博報堂などの広告代理店などに関連して雑誌メデイアに「国民投票特需」という言葉が流れているくらいである。民放各社にしてもそこは同様と筆者は考える。
ここで前述したように、国民投票という制度が憲法96条に設置されている趣旨をもう一度想起したい。すなわち社会的少数派に発言の機会を有利に与えるような制度設計がなされなければそのような国民投票法は憲法96条の趣旨に反する。
雑誌「カタログハウス」読み物編集長の平野裕二氏は有料広告を一切禁止することでこそ公平を図れるという提案をしている。傾聴に値する。
現状のままでは何十億円、何百億円という資金をかける改憲発議側に有利な有料CMの氾濫になってしまう。
② 無料広告
 国民投票法は国民投票広報協議会を通じての無料広告の機会を提供するとしている。
(法106条以下)
しかしこの無料広告の主体も基本的には政党が中心である。一般の市民団体に広告の機会を与える方法が検討されるべきである。
③ 14日間の広告放送の禁止
 投票期日が近くなればなるほど議論は白熱化する。投票直前の14日間一切の広告放送を禁止する法の規定は改憲発議側を不当に利する。法改正すべきである。無料広告放送をこの期間こそ充実させるべきである。

へ、 警察による干渉の危険と法の規定
国民投票法は公職選挙法と比較して、戸別訪問の禁止、文書図画の配布禁止がなく投票運動の自由が保障されているとの評価が高い。(芦部信喜著高橋和之補訂憲法第6版岩波書店395ページ注参照)
しかし次の点で楽観は許されない。
 第1はあいまいな罰則が警察の干渉の根拠となりかねないことである。
法109条にある多数人買収及び利益誘導罪は組織による利益誘導禁止の規定である。この構成要件があいまいである。この規定を用いた市民団体への警察の干渉の危険がある。
 第2は、公選法をもちいた警察の干渉の危険である。
 解散の時期は与党の総裁である内閣総理大臣の専権で選べる。もしくは多数派は参議院選挙の投票日に重なるよう国民投票の期日を選択できる。
国民投票運動においては改憲発議に反対する側の戸別訪問とチラシ宣伝の威力は絶大である。メデイアに影響力を持たず、有料広告を持たない少数派にとって戸別訪問とチラシ配布に規制をかけていない法の規定は切実である。他方国政選挙の運動期間が重複すればどうか。発議された案文に反対するための戸別訪問と文書配布につき、選挙のためだと難癖をつけて刑事弾圧をする可能性が高い。
国民投票法111条に警察を含む公務員の濫用禁止の規定(違反は4年以下の禁固)がある。公選法の規定を濫用した弾圧はこの条文の禁止の適用を受ける。しかし選挙期間中公選法の執行機関は警察である。権力濫用があると訴えたところで当の警察が相手にするはずがない。
かかる濫用を防止する方策はただ一つ。警察の権力濫用による国民投票運動への干渉があったときは、国民投票は全国的に無効とする法規定があればよい。また国民投票無効訴訟が起これば、投票の効力が停止されるとの規定が必要である。しかし、法は無効訴訟が提起されても国民投票の効力は停止されないとしている。(法130条)
この点法改正すれば警察の干渉の勢いは弱くなる。しかし法改正の現実性は高くない。
そこで憲法と行政法の研究者において次の研究を期待したい。いかなる程度と規模の干渉があれば国民投票は無効になるか、国民投票無効訴訟を設けた条文と公務員による権力干渉禁止の条文の趣旨の解釈を詰めてほしい。
 もう一つの提言。国民投票無効訴訟(法127条以下)において担当裁判官は良心に基づき、かような干渉があったときは国民投票を全国的に無効とする覚悟を持ってほしい。しかもその決意が事前に示される必要がある。裁判官にも表現の自由がある。自分なりの見識を示して発言してほしい。こうした発言があれば警察干渉の勢いは減殺される。
 ベトナム戦争のウソを暴露したダニエルエルズバーグや国家による専守防衛」政策である。専守防衛」政策である。専守防衛」政策である。全ての国民の盗聴を暴いたスノーデンの勇気ある行動を顧みたい。裁判官のかかる発言を期待することは絵空事とは言えまい。
 市民運動ももし警察の違法、不当な干渉があったときは憲法と法にもとづいて堂々と抗議しこれに対峙し、撃退する決意を持ちたい。

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