【NPJ通信・連載記事】読切記事
先人を侮辱する安倍首相
「知的営為に対する敬意の欠如」とは安倍晋三首相に対するおおかたの評価と言っていいだろう。先頃も首相は日本国憲法を「GHQ(連合国軍総司令部)によって作られた」と言い切り、戦争による廃墟の中で国家の再建と世界平和のために知恵を絞り、新しい憲法を制定した先人を侮辱するような態度を見せた。
自民党が改憲に向けて自分の思惑通りに動いているかに見える現状に気をよくしたのだろうが、安倍首相の思惑に沿って動く自民党議員たちの現状も歴史認識の誤り、知的劣化を物語る。それには彼らを国会に送り込んだ有権者にも一定の責任があろう。
◎改憲の条文作りを奨励
「GHQによって作られた今の憲法を日本人の手で(変えるための)条文作りの作業に積極的に参加してください」――報道によると、首相は2018年3月6日夜、首相公邸で開かれた当選一回の自民党参院議員らとの会食の席でこう呼びかけたという。
「押しつけ憲法論」の立場から「占領軍が作った憲法を変える」「戦後レジームからの脱却」などと繰り返し言ってきた首相も、今年に入ってからおとなしかった。自民党の憲法改正推進本部が具体的な改憲条文作りに入り、推進本部特別顧問である高村正彦党副総裁から「憲法のことは党に任せて……」とクギを刺されたからだ。
その禁を破ったかのような久しぶりの”放言”である。短い発言だがこの国のリーダーの適格性が欠けているのは明らかだ。
◎尊重義務の違反と事実無視
第一に憲法第99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と定めている。安倍首相の日本国憲法に関する言動からは「尊重」や「擁護」がまったく感じ取れない。むしろ「非戦」「非軍事」を柱とする憲法に対する違和感や反感のレベルを超えた「嫌悪感」が伝わってくる。
第二に事実誤認である。日本国憲法はGHQが作ったのではない。原案こそGHQ側から示されたが日本の国会で熱心な討議、正式な手続きを経て制定されたことは、国会議事録、幾多の研究などで明らかになっている。
戦力不保持、交戦権放棄を定めた第9条第2項の「前項の目的を達するため」という挿入は広く知られているし、GHQ案になかった生存権規定(第25条)など重要な追加も行われた。そのほかさまざまな修正、追加があったすえに日本国民の意思として制定された。憲法は日本人自身が作ったのである。
この背景には国家運営を軍事優先で引っ張り、内外の国民に大きな被害を与えてきた日本の歴史に対する反省があった。だからこそ圧倒的多数の国民はあたらしい憲法を歓迎した。
安倍首相は憲法を変え現憲法前文の平和主義、第9条の非戦の枠を外して「普通の国」にすると主張しているが、かつての日本は国際秩序を無視し国際法を破って戦争を続けた。日本国民はその国を「普通の国」に戻すために現憲法を制定したのである。
◎思惑通りに進む?
こうした否定できない歴史的事実を首相が知らないはずはない。事実誤認の域を超え、事実無視であり、知っていながら現憲法を「GHQによって作られた」と完全否定するのは知的営為・成果に対する敬意を欠いていると言うしかない。世界に誇ることのできる憲法を誕生させた先人たちを侮辱しているとも言える。
自民党内では改憲に向かい、しかも首相の意図にほぼ沿った形で既成事実が積み重ねられている。党憲法改正推進本部では、高村特別顧問、細田博之本部長のリーダーシップのもとで着々と議論を進めている。改憲条文の具体案もまとめつつある。早ければ3月末の党大会で大まかな方向性を決め条文を固めて、今年中には国会発議、国民投票を経て2020年に施行というスケジュールを描いている。
細田氏ら推進本部の幹部は、首相が固執する第9条の骨抜きも第1項、2項を残して国民の反発をかわしながら自衛隊の存在を明記するという、首相の提言通りにすることで党内をまとめる方針だ。
高村氏らに言われて改憲の雰囲気を煽る発言を控えていた安倍首相が若手議員に条文作りをけしかけたのは、こうした現状に気をよくしたからだろう。森友問題の文書改竄発覚で改憲条文案の確定は遅れる可能性が出てきたが、大きな流れは首相の思惑通りに進み出したことで、首相は気分が高揚していたのに違いない。
◎憂慮すべき自民党の劣化
こうした状況でさらに憂慮すべきなのは、国の将来を決める改憲という重大な問題なのに、一部の熱心な議員を除き自民党内で議論が沸騰しないことだ。形式的な意見交換をしただけで取りまとめを幹部に安易に一任することが多い。これでは国民の負託を受けた国会議員として無責任だ。議論の内容も「権力のできることを制約する」という憲法の原則を無視して人権制限の強化を主張する無知な議員も少なくない。
政党の得票数と獲得議席数が比例しない小選挙区制のお蔭で圧倒的多数を握る自民党だが、社会的経験が少なく知的な訓練も受けていない世襲議員、政治的見識とは無縁ないわゆるタレント議員の増加などで劣化が著しい。“安倍一強”と言われる態勢下で、異論が許されず既成事実が先行し、首相と側近らが絶大な権力を振るう状況も党の劣化に拍車をかけている。異論を知り議論を繰り返すことで、議員たちの政治経験、見識は深まるのにその機会が減っているからだ。
このような政党、政府に今後の国の形を決める憲法問題の主導権を握らせておくのは危険きわまる。
◎原点に遡って考える
ただしそのような議員たちを選び、そのような政党に大きな力を与えたのは有権者である。戦争経験世代が減少する一方で日本の近現代史上初めて70年以上も戦争に巻き込まれることなく、著しい経済発展を遂げた中で、戦後は風化したと言われるようになった。
いまこそ一人ひとりの国民が、憲法を本当に生かすために、条文の解釈だけでなく、その生まれた歴史的背景、生み出した人々の考えなど誕生の原点に遡って考えなければならない。これこそ平和を享受してきた者の責任である。
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