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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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米朝共同声明と憲法9条改正問題を考える(1)

2018年7月10日

1 2018年6月12日米朝首脳会談が開催されて、共同声明が発表されました。これに対する日本のマスコミや「北朝鮮問題専門家」と称する大方が、中身がない、拉致問題に言及されていない、完全(C)検証可能(V)不可逆的(I)非核化(D)が書かれていない、弾道ミサイルについて言及がない、非核化の定義を定めていない、トランプの一方的な譲歩、金正恩の粘り勝ちなどとマイナス評価をしています。

さらにトランプが首脳会談後に、米韓合同軍事演習の中止や在韓米軍撤退にまで言及したことから、米国の抑止力に対して懸念や警戒心が出ています。

2 しかし私は、このような薄っぺらい評価しかされないのは、北朝鮮を巡る危機的状況や北朝鮮の脅威が生じている大元の原因を直視していないからだと思います。

私は逆に米朝共同声明は、これからこれを実現する動きと併せて、北東アジアの国際関係を根底から変革する、とりわけ日本の安全保障政策を根本から変えることが迫られる問題を秘めていると考えています。そのことは憲法9条改正問題とも密接にかかわります。

 北朝鮮を巡る武力紛争の危機とそれをもたらした核開発、弾道ミサイル問題は、朝鮮戦争に由来していることを抜きにして考えることはできません。朝鮮戦争とはどのようなもので、それが第二次大戦後のとりわけ北東アジアの国際関係にどんな影響を及ぼしたのかを簡単に振り返ってみます。

3 アジア太平洋戦争が日本の敗戦で終結し、朝鮮半島の人々は植民地支配から独立し、統一国家建設に向けた歩みを始めました。しかし、米国と国連の主導で南半分だけの単独選挙が強行されて南半分で大韓民国(以下韓国と略)が樹立され、北側も選挙により朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮と略)が樹立されました。

 しかし韓国側では、統一国家建設を目指す運動が内乱の様相を帯びてきました、済州島で数万人が虐殺される事件(四・三事件)はその一部です。そのような中で北朝鮮側が武力統一を目的に始めたのが朝鮮戦争でした。

4 1950年6月から1953年7月までの3年1か月間の戦争では、初戦で朝鮮半島の南端近くまで北朝鮮が侵攻し、その後米軍を中心にした「国連軍」が押し戻して北朝鮮と中国の国境へ迫るまでになり、中国が約100万人の部隊を派遣して北朝鮮軍を支援して「国連軍」を押し戻した結果、38度線を挟んで戦闘が続きました。その間、それぞれが軍事占領した地域では、反対派住民に対する粛清が行われます。

5 「国連軍」司令官マッカーサーは中朝国境付近に原爆投下を計画し、模擬原爆(パンプキン爆弾)を実際に投下しました。これは日本国内でも、広島、長崎への原爆投下を訓練するため使用されたものです。富山、長岡、四日市などへ投下されて、多数の死傷者が出ています。

 休戦協定がなかなか調印できないため、アイゼンハウアー大統領は原爆投下を決意し、米海軍航空母艦や沖縄へ原爆配備命令を出し、インド大統領ネルーを通じて金日成に対して米国が本気で原爆投下をすると伝えさせました。朝鮮戦争休戦協定が調印されたのは、核兵器による威嚇の成果と米国は考えたはずです。その後沖縄や韓国へ北朝鮮を標的とした大量の戦術核兵器が配備されます。

6 1949年に国共内戦を経て建国したばかりの中国が100万人の軍隊を派遣して朝鮮戦争へ参戦したことは、その後の中国経済に重大な障害をもたらし、そのことが中国共産党1党支配の強化と毛沢東の個人独裁の原因となり、文化大革命へと続き、中国は長期間混乱と停滞の時代を迎えました。

 米国は、参戦した中国軍の強さに直面し、始まったばかりの冷戦時代において中国も主要な脅威=敵国と位置付け、その後の台湾海峡を巡る武力紛争では中国を軍事的に包囲する政策をとり、中国を核攻撃するため米海軍の空母には核兵器が配備されました。

 日本では、朝鮮戦争を機に自衛隊の前身である警察予備隊が創設され、日本に対する占領支配を早期に終わらせるため、サンフランシスコ平和条約と旧安保条約が調印され、それまであった全面講和路線を否定して、はっきりと西側陣営に属する=米国の同盟国になるという戦後現在に続く外交路線が敷かれました。

 戦後国内政治の重要な争点である自衛隊と日米安保体制により日本の平和と安全を維持するという安全保障・防衛政策と憲法9条との矛盾、緊張関係は、朝鮮戦争がもたらしたものと言えるでしょう。

7 朝鮮半島では200万人以上が犠牲になる一方で、日本は戦後の焼け野原から朝鮮戦争特需という軍需景気により、戦後復興の足掛かりとなりました。日本は朝鮮戦争では、機雷掃海部隊の参加はありましたが、朝鮮戦争の出撃基地、兵站基地として、朝鮮戦争を後方から支援しました。

8 北朝鮮の核開発問題は、朝鮮戦争時の体験が原体験です。その後70年代に入り韓国に北朝鮮を標的にした1000発近い戦術核兵器が配備され、72年沖縄施政権返還まで沖縄にも1300発もの戦術核兵器が配備されました。 

 沖縄の核兵器は、朝鮮半島での武力紛争再発の際には、日本本土の米空軍基地へ輸送され、そこから核攻撃ができるように、核兵器を備蓄する目的もあり、これを「ハイギア作戦」と称していました。
 
 北朝鮮は、朝鮮戦争時から現在まで常に核攻撃の脅威に晒され続けたわけで、このような国は外にはありません。米韓同盟、日米同盟は北朝鮮を標的にした核軍事同盟であり続け、現在でも変わることはありません。

9 朝鮮戦争は休戦協定によって休戦し、その後38度線を挟んで南北が膨大な戦力(北側70万、南側50万)を配備し、常に軍事的緊張関係が続きました。
その結果朝鮮戦争は、冷戦時代において北東アジアの分断と対立の最大の原因となりました。冷戦終結後もその状態は変わっていません。

10 日本においては、常に朝鮮半島での武力紛争と北朝鮮の脅威が自衛隊の増強と日米安保体制の強化の理由にされ、そのことが憲法9条の解釈改憲、立法改憲に結び付きました。1954年自衛隊創設、昭和38年(1963年)三ツ矢作戦計画、87年ガイドラインと有事法制研究、97年ガイドラインと周辺事態法制定、2003年から2004年にかけての有事法制制定と2003年から2006年にかけての米軍再編協議と日米同盟のグローバル化、そして現在の安保法制と2015年4月の新ガイドラインです。

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