【NPJ通信・連載記事】読切記事
検証なき“翼賛”で政権継続
自民党総裁選で三選を狙った安倍晋三氏が大勝し、今後も政権を担うことが確実になった。派閥各派が雪崩をうつように支持を表明し、翼賛態勢下のような選挙。2020東京五輪をめぐってはかつての国家総動員態勢のような“学徒動員”が進む。この国は不気味な逆戻りをしているように見える。
◎不可解な「正直、公正」批判
総裁選における最大の不可解は、石破茂氏が当初掲げたスローガン「正直、公正」に対する安倍支持派からの攻撃だった。「まるで野党のようだ」と批判され、石破氏は引っ込めざるを得なくなった。
正直も公正も人間として求められる普遍的原理・姿勢であり、政治の大前提だ。それを言わせまいとするのは、安倍氏が「正直、公正」ではないと安倍支持の人たちも自認しているからだろう。「語るに落ちる」とはこのことである。
各種世論調査によれば、国民の70%がモリカケ問題に関する安倍氏や政府側の説明に納得していない。
森友学園への国有地の安値売却について「私や妻が関係していれば首相も議員も辞める」と言い切りながら、関与の疑いが強まると「贈収賄は全くないということだ」と翻した。
加計学園の獣医学部設置認可では、事前に安倍氏が計画をプッシュしたことを語る文書が出てきても「知らぬ存ぜぬ」を通している。
改憲項目や理由はくるくる変わり、昨今では第9条をそのままにして自衛隊の存在を明記するよう主張し、「憲法学者に自衛隊は違憲と言わせないため」「自衛隊員に誇りを持たせるため」という。しかし安保法制をめぐる強引な国会運営や米軍追随の軍備増強などをみれば「戦争ができる国」にするためであることは明らかだ。この点も正直とはいえまい。
それでも自民党の国会議員たちは安倍陣営へ雪崩れ込んだ。選挙戦が始まらないうちに各派閥が競うように支持を表明して、勝敗は選挙前に事実上決していた。安倍氏の獲得する議員票は8割を超える勢いだという。
世論調査では安倍政権支持率は40%前後、支持と不支持が拮抗しているが、自民党支持者では支持が70%を超える。永田町の住民、自民支持者と国民一般の政治意識の乖離を示している。
◎異論を封じる社会に
今度の選挙は事実上、安倍政権の続行を認めるかどうかの選挙である。その結論を出すのには過去5年にわたる安倍流政治の検証が必須だが、「正直、公正」の主張をしにくくすることによって議論が成り立たなくなってしまった。
災害への対応優先を名目に選挙戦の期間は短縮され、党員以外の国民にも開かれた形の討論や記者会見は限定的で、党員への文書郵送による選挙運動は禁止された。
立候補を目指した野田聖子氏は今回も推薦人が確保できず、断念に追い込まれた。野田氏を支持したくても、選挙後の冷遇を恐れて推薦をためらう雰囲気が出来ていた。「正直、公正」に対する批判と同様、多様で活発な論戦により安倍政治の影の部分が明らかになることを避けたい党内力学の反映だ。
他方で安倍氏は災害を利用するかのように、閣僚や官僚に任せてもいいような場面にまで「首相」として露出し、リーダーシップ発揮を演出した。
◎“学徒動員”に同調する大学
大事な問題なのに災害報道や総裁選報道の陰に隠れてしまったのが2020東京五輪のボランティア募集だ。無報酬なうえ必要な宿泊の費用、交通費は自己負担、そんな勝手な条件で11万人を集める予定だという。太平洋戦争に突入する直前に叫ばれた「国家総動員」を想起させる。
文部科学省は大学などに動員令まがいの通知、示唆などをして、学生が参加しやすくなる対応を求めている。「夏休み前の試験や授業の終了時期を前倒しせよ」「大会運営に大量のバスが必要なので部活動やサークル活動などの合宿時期をずらせ」……こちらは戦局窮迫化で行われた「学徒動員」を思い起こさせる。
文科省の大学などに対する働きかけは「東京五輪・パラリンピック大会組織委員会」の「ご理解、ご協力のお願い」に基づくが、お願いは「大会はオールジャパンで行うので……」とわざわざ言い添え協力を求めている。「オールジャパン」に有無を言わせぬ響きがこもっている。
NHKの調査によると、調査した大学の70%が授業などの繰り上げを予定し、半数近くはボランティア参加で単位を与えることを検討しているという。まともな大学なら教学スケジュールは既にぎりぎりに詰まっており、五月の連休に授業をしたところさえある。ボランティア動員令に応じることで教育、研究を犠牲にせざるを得ない大学も出てくるだろう。
いうまでもなくボランティア活動は自発的に行われるべきであり、他者から強いられたり、単位授与などの利益につられたりしての参加では意義が損なわれる。大学は自由の砦のはずであり、研究と教育が最優先の価値基準だ。
そんな理念は承知していても、補助金やさまざまな許認可権を握る文科省に大学は逆らいにくい。「大学の自治、学問の自由はいずこへ」である。
背景にあるのは組織委員会の森喜朗委員長の影響力だ。首相在任当時、「日本は神の国」と言い放った人物だけに大学の自治など憲法秩序はさして心にとめていない。「大会運営に好都合だから」と非現実的なサマータイム制への切り替えまで言い出した。
◎求められるメディアの奮起
憲法秩序が軽視され、大学でさえお上(おかみ)に従順な社会的雰囲気のなか、「チャンス到来。次の国会に改憲案を出したい」と意気込む安倍氏、改憲には積極的ながら「スケジュールありきではない。国民の理解が大切」と慎重な石破氏、両者の対決は最高のお上である安倍氏が勝つことは確実だ。
しかし、それが直ちに安倍流改憲の容認ではない。改憲だけでなく政治のリーダーシップをこのまま安倍氏が握り続けることを許すのか、それともこれまでとはまったく別の選択をするのか、国民が真剣に判断しなければならない。
そのために欠かせないのがメディアの奮起だ。安倍氏による政治を徹底的に洗い直し、その実態を国民や国会議員に提示しなければならない。
反知性、強権的、憲法軽視など安倍氏との共通点が多いトランプ大統領に対し、アメリカのジャ-ナリストたちは監視の目を光らせ、果敢に挑んでいる。これに対して日本のメディアは政府・自民党の圧力、牽制、懐柔、恫喝などで萎縮している。
関係者、ジャーナリストたちはいまこそ原点に返り、権力を監視、チェックして国民の知る権利に答えるという使命を果たすよう求められている。
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