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劣化した民主主義

寄稿:飯室 勝彦

2019年2月7日

 毎月勤労統計など政府統計に関する不正は底なしの観を呈している。ルール違反が平然と長年行われていたことは驚きだが、それを単なる不祥事として矮小化してはならない。この国の政治、行政のさまざまな場面に噴出している民主主義の劣化現象の一つとして厳しく対処したい。

◎許されない“思い上がり”
 マニュアルには「訪問して調査」となっているのに郵送調査ですますことに現場はなぜ不審を抱かなかったのか。極めて不思議だ。幹部は不正を知っていても正そうとはせず、なかには故意に隠蔽した幹部さえいた。第3者が行うはずだった実態検証が実は身内による聞き取りだったり、聞き取りに上司が同席したりした。
 「あきれてものも言えない」とはこのことであろう。これでは統計はもちろん、問題の検証作業が公正であり信用できると受け止める国民はいないだろう。

 その昔、判定に関する抗議を「おれがルールブックだ」とはねつけたプロ野球の審判がいた。統計不正が長年発覚しないで定着していたのは、関係者の間に審判以上の感覚が浸透していたからではないか。つまり「おれたちがルールだ」、あるいは「ルールではそうなっていてもおれたちが正しい」というルール軽視の意識だ。
 「おれがルールブック」は審判の権威を示したと好意的に語り伝えられているが、「おれたちがルール」は思い上がりであり、民主制下の政治、行政においてそんな姿勢が許されるはずはない。

◎許されぬ恣意
 民主主義体制下では「手続きの適正」は重要な基本原則である。官僚の判断、行動などは憲法を頂点とする法律、規則などに基づかなければならず恣意は排除される。統計事務に関しても同じだ。
 問題になっているのは、国の政策決定や経済的給付など個人の権利にかかわる重要な統計である。公正さが厳しく求められ、官僚の意思でルールを曲げることなどあってはならない。ことは民主主義、立憲主義にもかかわってくる。「単なる統計調査の手法問題」と軽く見るのは誤りである。
 にもかかわらず不正がまかり通ってきたのは日本の民主主義が劣化していることを物語っている。

◎随所に見られる劣化
 見渡せば劣化現象は随所に見られる。
 役人は平然と嘘をつき、公文書、情報を隠し、いざとなれば文書を書き換えたり廃棄したりする。権力者の意向に忖度して行政をねじ曲げることも躊躇しない。
自分たちの権力や権限、職務が国民から託されたものであり、国民の利益のために行使されなければならないという原則は無視する。

 政治の世界でも然りだ。最高指導者は国会での質問にまともに答えずはぐらかす。「丁寧な説明」「熟議」とは口ばかり、自分にとって好都合な「多数決原理」を振りかざし、民主主義のもう一つの原理である「徹底した議論」や「少数意見尊重」など知らないかのように強行採決を繰り返す。
 あの戦争で本土防衛の盾として戦場にされ、県民の4人に1人が犠牲になった地、沖縄の人々。その度重なる民意表明を踏みにじり、新しい軍事基地の建設を強行している。
非軍事、平和主義をうたった憲法を実質的には反古にするような憲法解釈を打ち出し、トランプ米大統領に媚びて高額な兵器を爆買いしている。憲法で尊重擁護義務を課されている公務員の一人でありながらその憲法を公然と批判・攻撃している。

◎解明・検証は大きな視点で
 政府与党は表向き問題を積極的に解明する姿勢を見せているが、個人責任の追及ですませ、早期に事態収拾に持ち込んで4月の統一地方選と夏の参院選への影響を小さくしたいのが本音だ。その思惑に惑わされ問題を矮小化してはいけないのに、野党もマスコミも事柄の表面をなでているだけに見える。
 あちこちで噴出している国民不在の政治、行政の事象一つひとつは一見しただけでは関連なさそうだが、深く掘り下げていけば「民主主義の無視」あるいは「民主主義に対する正しい理解の欠如」という共通項が浮かんでくるはずだ。
 解明すべきは統計問題だけではない。森友、加計学園、自衛隊日報の問題など残された課題は多い。解明は大きな視点で取り組み、個々の事象の表面的な事実関係で満足せず、根底にあるものに迫って日本の民主主義を立て直す一助にしたい。

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