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思考停止が招く危機

寄稿:飯室 勝彦

2019年6月6日

 「安全保障の環境変化」との宣伝に惑わされ、思考停止に陥ってはならない。日米同盟は軍事同盟であることを見失ってはならない。蜜月の陰に隠された軍事大国化への警戒を怠ってはならない。
 選挙の夏、落ち着いて、冷静に自分の頭で考え投票したい。

◎なりふり構わぬお接待
 「令和の国賓第一号」とメディアが大騒ぎした“政治ショー”はトランプ米大統領の帰国で幕を下ろした。ごますり外交、へつらい外交、抱きつき外交などとさまざまな揶揄を浴びても安倍晋三首相は「大成功」とご機嫌だった。
 天皇代替わり後最初の国賓、宮中晩餐会、正面砂かぶり席での大相撲観戦、ゴルフ…すべてトランプ氏のご機嫌を取るためであり、「シンゾー×ドナルド」の親密さ、日米蜜月を日本国民と国際社会に見せつける演出だった。
 なぜそこまでするのか。言わずと知れたこと、政権の浮上、延命のためだろう。その先には当然、改憲の実現を見据えている。そのためにすがるのがトランプ氏であり日米同盟なのだ。
 折しも首相の座と密接な関係がある自民党総裁の任期を再延長すべきだとの議論も出てきた。「トランプ氏は再選されることが間違いない。彼と良好な関係にある安倍氏が首相でいるべきだ」との声も党内にはあるという。首相としては、トランプ人気の波に乗って今夏の参院選に勝ち改憲への足場を固めておきたいのだ。

◎改憲のためなら何でも
 野党の強い抵抗で国会における憲法論議はいっこうに活性化しないが、首相はあきらめるどころか苛立っている。5月3日には改憲派の集会に寄せたビデオメッセージで「2020年に自衛隊を明記した新憲法を施行し違憲論争に終止符を打つことを目指す」とあらためて表明し、「憲法を議論する政党か、議論しない政党かを訴える」と改憲を参院選の争点にする姿勢も示した。同月30日の経団連総会では衆院解散、衆参同日選もちらつかせて野党を揺さぶった。

◎天皇に値札
 権力強化、改憲のためには何でもありなのだ。トランプ国賓接待のような「天皇の政治的利用」どころか、天皇に値段を付けるようなことも厭わない。
 トランプ大統領は当初、訪日に乗り気ではなく「その行事(天皇代替わり)は日本人にとってスーパーボウル(米プロフットボールの王者決定戦)と比べてどれくらい大きいものなんだ」とたずねた。「だいたい100倍くらい」との即答でトランプ氏は「それなら行く」となったという。
 天皇制を擁護するわけではないが、少なくとも外国訪問では国家元首扱いされる存在をスーパーボウルと比べるのは非礼だろう。まして当事国の首相自身が数値的価値をつけるとは驚いた。「値札を付けてしまったら象徴ではなく商品になり下がる。それで実利にしか関心のない『親分』の関心を買おうなんて…」という論評は(5月22日付け朝日朝刊、高橋純子記者による『多事奏論』)は的を射ている。
 安倍首相の答えは「日本の歴史や文化伝統の尊さ」を強調する日頃の発言と矛盾する。金銭的損得しか理解できないトランプ氏の見当違いの質問を戒め、天皇及び天皇制について説明し、スーパーボウルとの比較が論外であることをきちんと理解させられる見識を、安倍首相に期待するのは無理なのだろうか。

 警備しやすいよう大勢の大相撲ファンを締め出して庶民の楽しみを奪い、トランプ氏一行のために国技館の最上等席を提供させる。これも伝統が育んできた相撲文化にそぐわない。優勝力士に大統領杯を授与する、とってつけたような“趣向”もあった。
 すべてがトランプ大統領の機嫌をとるため、大統領さえ喜んでくれればよかったのだ。

◎絆は軍事同盟
 それやこれや、安倍政権が演出し誇示した日米間の絆、日米蜜月の実態を象徴的に語っているのがトランプ、安倍両首脳の横須賀訪問だ。ここには日米両艦隊の司令部がある。
 護衛艦「かが」の艦上で安倍首相は「日米同盟は私とトランプ大統領のもとでこれまでになく強固なものとなった。この艦上に我々が並んで立っていることがその証である」と隊員に訓示した。大統領は「かが」と連携するように停泊した米海軍の強襲揚陸艦「ワスプ」の艦上で「米軍は世界最強」と誇るとともに「日本は米国の防衛装備品の世界最大の購入国のひとつだ」と感謝した。
 「かが」は空母化し、大統領が強く売り込んだ米国製のステルス戦闘機F35Bを搭載する予定だ。「ワスプ」はすでに搭載している。
 つまり横須賀訪問は日米軍事同盟のデモンストレーションだった。安倍首相は「軍事」の言葉を使わなかったが「自分とトランプ大統領のもとで強固になった」とわざわざ言及して自分の功績を強調した。
 二人が横須賀で演じた政治的ショーに違和感を抱いた人はどのくらいいるだろうか。政権による「安全保障環境の変化」という宣伝に惑わされ、中国の海軍力増強、北朝鮮のミサイルや核開発に怯え、思考停止に陥っている人も少なくないのではないか。

◎進む軍事大国への道
 「強固な軍事同盟」を誇り、トランプ大統領に感謝されるほど兵器を“爆買い”し、その兵器を使いこなすパイロットらの養成、護衛艦の空母への改装などさまざまな軍事費を惜しげもなく投じ、安保法制を整備するなどハード、ソフト両面で軍事大国への道をまっしぐらに進む安倍政権、目指すゴールが戦争をしやすくする改憲だ。気がついたら引き返せないところまで来ていた、となりかねない。

 世論調査では依然として内閣支持率は底堅いが、歴史を振り返ると軍事同盟の強化はしばしば戦争の前奏となった。多くの場合、背景には主権者大衆の思考停止があった。「自衛のため」が口実だった戦争も数多ある。そのことへの警戒を忘れていないだろうか。
 安倍政権の宣伝を安易に受け入れ、あの悲惨な経験の結果として手にした非戦憲法を捨てるのか、それとも安倍首相のもくろみをはね返すのか。大事な選挙を控えたこの夏、立ち止まってじっくり考えたい。

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