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日本の有権者は100年の眠りから目覚めるか
―選挙運動規制からみる「参加させない政治」―

寄稿:末木 孝典

2019年11月2日

 もっと明るく、天気のように政治を語り合いたい。
 そんな思いを込めて気鋭の研究者によるエッセイを連載します。
 普選の導入(1925年、大正14年)は、治安維持法と選挙運動規制が道連れだった。
 治安維持法は戦後廃止されたが戸別訪問禁止、文書図画制限などは残された。刑事罰があるため選挙は警察の監視のもとにおかれている。
 規制100周年は6年後。
 これをきっかけに選挙を身近にしたい。
                                     NPJ編集部
 
 
末木 孝典(すえき たかのり)
慶應義塾高等学校社会科教諭
近代日本政治史専攻・博士(法学)
慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学
近著に『選挙干渉と立憲政治』(慶應義塾大学出版会、2018年)がある。

 
 
        第1回 選挙運動をさせない「べからず選挙」

 最近政治の話を誰かと交わしただろうか? おそらく多くの人はNOと答えるのではないだろうか。
 2016年の総務省調査によれば、18・19歳の若者で、家族と政治の話をすると答えた人は36%、友人と政治の話をすると答えた人は26%であった。圧倒的に多くの若者は普段身の回りの人と政治の話をしない環境にある。これをもって若者の政治離れを嘆くことは簡単であって、実際に、“若者に政治教育を!”とか、“意識を変えなければ!”と語る論説はメディアを問わずあふれている。しかし、多くの大人も日々忙しく過ごし、家族や友人と政治の話をするような状況にある人は少ないのではないだろうか。

 本稿は、若者をはじめとする有権者の意識を問題にするのではなく、政治や選挙をめぐる日本社会の構造に着目して、意識を形成した背景にあるものを探り、その改善の可能性を論じたい。第1回は、選挙運動を規制し、日本の選挙を「べからず選挙」にしている公職選挙法について取り上げる。なお、筆者は高校で政治を教えつつ、近代日本政治史(特に選挙、議会)を研究しているが、本連載では専門性を生かしながらも、論文調にならないようにわかりやすく書くことを心掛けたい。

 現在の選挙運動規制のルーツをたどると、戦後ではなく、大正時代の1925年までさかのぼる。実に94年前である。当時の内閣は護憲三派による加藤高明内閣であった。
 男子普通選挙を認めたことで知られる1925(大正14)年の衆議院議員選挙法(以下、1925年選挙法と呼ぶ)は、同時に立候補や選挙運動などに関する規制を初めて導入した選挙法でもあった。このとき導入された供託金制度(当時2000円)、戸別訪問禁止、文書図画枚数規制は現在まで続いている。これに加えて、個々面接と電話が禁止された(戦後になって解禁)。なお、個々面接とは街中などで偶然会った人に対して選挙運動を行うことである。
 さらに、選挙運動を行える人自体を限定していた。行えるのは候補者、選挙事務長に加え、50人以内に制限された選挙委員、事務員だけ、つまり選挙陣営の人々だけだった。それ以外の者は演説と推薦状による運動だけが認められた。つまり、戦後に解禁されるまで一般の有権者は基本的に選挙運動による働きかけを受け、そして投票するという「お客さん」的な立場に置かれ、運動するのは限られた少数者のみという位置づけが社会的に定まったのである。このこと(第三者運動規制という)はあまり知られていないが、重要な意味をもっている。今でも政治や選挙は私以外の誰かがやるもの、あるいはプロがやるもので素人である私は関わらない方がよいという意識は日本社会に広くみられるが、1925年選挙法はその意識を形作る要因になったのではないだろうか。
 さて、男子普通選挙の導入と同時に選挙運動規制が導入されたのは、もちろん無関係ではない。普選の導入は当時の世論の盛り上がりによって反対派もやむを得ないことと認めるところまで至ったが、庶民が選挙に公式に参加することに対して不安視する声があがった。その対応策としての供託金制度であり、戸別訪問禁止であった。供託金が納税資格に代わる実質的な被選挙権制限であったことは明らかであり、戸別訪問禁止もすでに支持基盤を構築している既存政党を脅かすような新政党の出現や勢力拡大を防止する効果をもったことは言うまでもない。
 その普通選挙法案の準備段階では様々な草案が作られている。それをみると、初期の内務大臣を委員長とする調査会案では、制限選挙を継続しつつ、立候補に推薦人50人以上、保証金1000円を必要とし、選挙運動員を登録制で要件をつける一方、選挙運動には規制がなかった。その後設置された臨時法制審議会の答申では、納税資格を撤廃し、推薦人、供託金を残しつつ、候補者と選挙運動者の戸別訪問を禁止している。やはり、納税資格撤廃と戸別訪問禁止はセットであった。そして、実は審議会答申よりも前の諮問委員会段階では候補者の戸別訪問のみ禁止し、選挙運動者は禁止されていなかった。したがって、議論が進むにつれて徐々に規制を強化、拡大していったことがわかる。その結果、最終的な法律の条文では、戸別訪問は「何人といえども」と完全禁止になり、しかも、草案段階にはなかった個々面接・電話の禁止まで盛り込まれるに至ったのである。

 1925年選挙法から禁止されることになった戸別訪問については、戦後幾度となく違憲訴訟が提起されているが、最高裁は合憲と判断している。その理由の一つは買収防止である。しかし、もし戸別訪問が買収の温床であるならば、世界中で戸別訪問が行われているのだから、買収が横行して大変な事態になっていないと整合性がとれないが、そのようなニュースは聞こえてこない。であるならば、世界中で日本人だけが戸別訪問で買収されてしまう情けない有権者ということになるが、果たしてそうだろうか。買収というのは密室で行われるから、路上ではない家庭・事務所では買収が行われやすいという想定を置いているようだが、実際には、全陣営が戸別訪問するのであるから、1陣営が買収すればそれは他の陣営に伝わってしまう。買収防止という理由はナンセンスという他ない。
 むしろ、禁止することによって、日頃政治から距離を置いている有権者に接触できる重要な機会を失っていることのデメリットは計り知れない。選挙陣営からアプローチされることで、有権者の政党や政策に対する姿勢は形成され、また、変化していく。その数少ないチャンスである選挙で、いまだに有権者に接触させまいとする現行選挙法は弊害である。
 ただし、最大の問題は、日本社会の中でその弊害が弊害として認識されていないことにある。94年間続いた制度は所与のルールとなって定着してしまい、それを害と認識することすら難しくなる。本来は政治学者が国会議員を巻き込んで改善を求める努力をすべきであるが、はなはだ心もとないのが実態である。

 日頃から多くの人が政治のことを語らず、選挙でも半数の有権者が棄権する現状は、意識だけでは説明がつかない。もっと根源的で構造的なものが背景にある。特に、誰でも18歳になれば参加できる選挙が「べからず選挙」になっていることは、専門家が認識しているよりもはるかに深く本質的な弊害である。

<参考文献>
阪上順夫「選挙運動としての戸別訪問」『レファレンス』第12号、1962年。 
三枝昌幸「選挙法における戸別訪問禁止規定の成立」『法学研究論集』第36号、2012年2月。

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