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【NPJ通信・連載記事】ビーバーテール通信―カナダから考える日本と世界―

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ビーバーテール通信 第2回
  トランプの博打、イランの復讐、カナダの悲劇

2020年1月28日

                 小笠原みどり (ジャーナリスト・社会学者)

 2020年代の幕開けはすでに新しい戦争の予感に満ちていたけれど、こんなにも早く、近くで、なんの罪もない人たちが犠牲になるのを目の当たりにするとは思いもしなかった。1月8日、イランで誤って撃ち落とされた旅客機には、カナダの大学で学んでいる数多くの学生と研究者たちが乗っていた。

 私がいま働いているオタワ大学の学生も、3人搭乗していた。私が大学院生活を送ったクイーンズ大学では、学生1人がいのちを奪われた。冬休みでイランの家族のもとを訪れ、大学の再開に合わせて戻ってくる人たちが多かった。テヘランの空港を早朝飛び立ったウクライナ国際航空(U I A)752便に搭乗していた176人のうち、138人もの人々がカナダへの途上だった。1月18日現在で、このうち57人がカナダ市民で、29人がカナダの永住権を持ち、生活の基盤を北米で築いてきた人たちだと判明している。

 オタワ大学も、クイーンズ大学も、すぐにコミュニティの一員を奪われた衝撃と悲しみを声明にし、追悼集会を開催した。私は間に合わなかったけれど、10日夜にクイーンズであった追悼集会には、数百人が集まって会場に入りきれなかったと聞いた。オタワで、トロントで、モントリオールで、バンクーバーで、エドモントンで、ハリファックスで、あちらこちらの街角で、犠牲者の写真――結婚式を挙げたばかりのカップルや、カナダの景勝地を背景にした若者のポートレイト、小さな子どもたちと一緒の家族写真――が飾られ、キャンドルが灯され、人々が寒空の下抱き合って涙を流した。

カナダの全国紙グローブ・アンド・メールに掲載された
被害者たちの写真と、街角で追悼する人々の写真=溝越賢撮影


 私にも、カナダに来てから大学院でできた真面目で心優しいイラン出身の友人たちが何人もいる。私が夏休みに日本を訪れ、秋学期の始まりに合わせてカナダへ戻って来るのと同じように、いつものように母国へ出発した仲間たちが、いつものように自分の家に戻って来られなかったのは、なぜなのか。

 新しい戦争の気配は1月3日、米軍がトランプ大統領の命令によってイランの軍、イスラム革命防衛隊のソレイマニ司令官をイラクのバクダット空港近くで殺害したことから、一気に濃厚になった。中東地域一帯に数多くある米軍基地のうち、カタールの米軍基地から発進した無人機(ドローン)がソレイマニ司令官一行を攻撃したと、カナダの全国紙グローブ・アンド・メールは伝えた。イラン政府は「戦争行為だ」と非難し、アメリカへの報復を宣言。トランプ大統領は、イランが報復すればイランの文化施設を攻撃する用意があると威嚇した。文化施設とは一般の人々が出入りする場所で、民間人の大量殺害を意味する。たとえ戦争であったとしても、民間人の殺害は戦争犯罪である。

 人を殺すことをあまりに軽く考えているリーダーの、あまりにも無責任な判断で、突如戦争が始まり、2020年は第三次世界大戦の幕開けとなるかもしれない、と恐れたのは私だけではないだろう。1月7日付のグローブ・アンド・メール紙の社説は「トランプ、イラン、そして世界の終わり」だった。イランの反撃はどうなるのか。世界が固唾を飲んでいるときに、U I A752便は墜落した。

 墜落の原因について、報道は目まぐるしく移り変わった。当初は、技術上の問題と報じられ、同じ頃にイランがイラク国内の米軍基地2カ所に向け、弾道ミサイルによる報復攻撃を行ったというニュースとは別個に伝えられた。が、イランの報復によって被害者が出なかったことを「So far, so good(今のところ上々だ)」と例によってツイートして喜んでいたトランプ氏が、墜落事故を「悲劇だ」とコメントし始めたところからイラン攻撃との関連性が浮上し、ついにカナダのトゥルードー首相が10日、機体はイランの地対空ミサイルによって誤って撃ち落とされたという証拠を同盟国やカナダの諜報機関から得た、と記者会見した。まもなくイラン政府が、旅客機をアメリカの巡航ミサイルと誤解して撃墜した、と認めた。

 なんというアンフェアな世界だろうか。世界最大の軍事力を持つ国の、何ひとつ不自由のない暮らしをする指導者が、自分は絶対に安全な場所から、安易に始めた戦争行為の代償を突如支払わされたのは、この戦争になんの関係もない善良な人々だった。カナダの大学に苦労して入り、北米と中東の平和な関係を誰よりも望んでいたはずの彼女たち、彼らたちの人生と夢について知る度に、私の胸は張り裂けそうになる。

 トロント大学に通っていた医学生モハメッド・アサディ=ラリさんは、温かい人柄で同級生たちに人気があった。ユネスコなどが関係するプログラムで若手リーダーとして知られ、高校生や大学生のための奨学金を創設した。「彼ほど成功していながら、周りの人には優しいままでいる人はとても珍しい」「彼がいなくなった穴は永遠に埋められない。大学院生のコミュニティでも、医学界でも、世界でも」と友人たちはコメントしている。クラスメートが寄せたこの記事は、「モハメッド・アサディ=ラリは多くの素晴らしい人たち――その希望と軌跡が、これからよくしていこうとしていた世界とともに、不条理な結末を迎えてしまった人たちの一人だ」と書いている。もちろん、学生や大学の関係者だけではない。カナダやイランの人たちだけでもない。「失われた一人ひとりのいのちについて、社会はまた、この人たちの持っていた善良さ、エネルギー、そして未来をも失ったのだ」と。

 誰の目にも明らかに、地対空ミサイルはなんの罪もない176人の肉体を闇のなかで破壊してしまった。1月11日付のグローブ・アンド・メール紙は「トランプの博打、イランの復讐、カナダの悲劇」と書いた。トゥルードー首相はアメリカを直接批判することを避けながらも「この(中東)地域で最近の(軍事的緊張の)高まりがなければ、このカナダの人たちはいまごろ家で家族と一緒に過ごしていたでしょう」と話した。メディアの焦点はいま、民間機の離発着を許可していたイラン政府、通常運行したウクライナ国際航空、ウクライナ国際航空に警告を発しなかった国際民間航空機構、イランに提供されたロシアのミサイルシステムなど、それぞれの責任追及へと移っている。一方、最も多い犠牲者を出したイランでは、政府の誤射に怒った人々が街頭へ繰り出し、抗議する人々が逮捕され、インターネットが切断され、すべてが不安定化している。

アメリカ、イラン両政府に向けてウクライナ国際航空機の撃墜に抗議する
クイーンズ大学の学生たち=2020年1月16日、カナダ・キングストンで、溝越賢撮影


 その影で、博打を売った親玉はほとぼりが冷めるのを待っている。この人物が、唯一の超大国と呼ばれる国の大統領になって以来、私は何度となく世界の後退を感じてきたが、今度ほど容赦なく、誰がその結果を押しつけられるのか目の前に叩きつけられたことはない。世界最大の軍事力を手にしたこの最高司令官には、自分の命じる軍事行動が何を意味するかを考え、次に何が起こるかを想像する能力が徹底的に欠けている。もし想像する能力があるとすれば、その結果、他人のいのちが奪われようが意に介さない感性を持ち合わせている。この恐るべき冷酷な男が、国内ですでに権力の乱用を理由に弾劾訴追されながらも、世界を何回も破滅させられるほどの核兵器の発射ボタンを握っているのだ。これほどの狂った世界があるだろうか。

 しかし、狂気があっという間に現実になったのは、トランプ氏一人の特性のためだけでもない。戦争は、いつも普通の人々に襲いかかってきた。東西冷戦下でも、イラン・イラク戦争下でも、民間機が誤って撃墜される悲劇が繰り返されている。私たちはその度に嘆き、けれど忘れ、やがて自分とは関係ないと、戦争を生み出す仕組みを野放しにしてきた。世界の各地で続く戦争の悲惨を日常からシャットアウトして、見ないようにしてきた。

 その意味で、ソレイマニ司令官の暗殺にトランプ氏が使ったドローンは、戦場から距離を取るのに好都合な武器だ。遠隔操作で空から攻撃するドローンは監視技術の最先端として、2001年以降の対テロ戦争下で拡大した。米軍兵士の危険を減らす一方で、戦場で何が起きているかを私たちの目から隠すのにもうってつけだ。ドローンの動きを記者たちが知ることは、兵士たちの動きを知る以上に難しい。司令官にとっては、目立たぬうちに作戦を実行し、クリーンな戦争を演出できる。しかし地上の悲惨は減っていない。トランプ氏の前任者オバマ大統領は、ドローン攻撃をなんと542件も米軍に許可し、民間人324人を含む3797人の超法規的殺害に至ったという(1月10日付グローブ・アンド・メール読者欄)。

 ドローンは殺人という感覚を麻痺させながら、誤爆やたまたま通りかかった人々を殺す「弊害」をも引き起こしている。ポータブルになった戦争が、予測もしない場所に現れ、予測もできないかたちで人々を襲う。関係ない人はもう誰もいない。最新技術が戦争の条件を緩め、前倒しし、独善的司令官の背中を押していることを見逃してはならない。

 日本からはイランの旅客機墜落は、遠い出来事のように思えるかもしれない。カナダからもイランは遠い。けれど、カナダで暮らす人々が大勢犠牲になったことで、ここでは圧倒的に「自分たちのコミュニティに起きた悲劇」という受けとめ方が強い。世界の様々な場所からやって来る移民を受け入れ、理不尽な死を悼み、連帯する人々と政治の姿勢には正直、はっとさせられる。

 だが、それでも、トゥルードー首相のアメリカに対する歯切れの悪さは私を不安に陥れる。同盟国アメリカに尽くしているのに、カナダは強烈なビンタを食らわされた。ここで怒らなかったら、いつ怒るのだろうか。ここで戦争の残虐と不毛に気づかなかったら、いつ気づくのだろうか。

 日本もアメリカの同盟国を自任している。カナダは米大統領の錯乱を見て、少なくともイランの報復攻撃を避けるためにイラクからカナダ軍兵士を退避させた。だが日本は情勢が極端に緊迫したにもかかわらず、1月11日から自衛隊を中東地域へ派遣した。アメリカの博打で「日本の悲劇」が起きるとき、米大統領に尽くしまくる日本の首相は私の、私たちの人生を返せと抗議してくれるだろうか。

 いや、その可能性に賭ける気は私にはさらさらない。ハイテク仕込みのいのちのギャンブルはやめさせなくては。善き人々の未来を奪っていく指導者たちは退場させなければ。2020年代が、世界の終わりにならないように。

〈了〉 

 
 

【プロフィール】
小笠原みどり (おがさわら・みどり)
ジャーナリスト、社会学者、元朝日新聞記者。
アメリカの世界監視網を内部告発したエドワード・
スノーデンに2016年5月、日本人ジャーナリストと
して初の単独インタビュー。
18年、カナダ・クイーンズ大学大学院で監視研究
により社会学博士号を取得。
新著に『スノーデン ・ファイル徹底検証 日本はアメリカの世界監視システムにどう加担してきたか』(毎日新聞出版)。
 
 
 
 
 

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