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危険な “強い政府” 願望

寄稿:飯室勝彦

2020年5月7日


 新たなウイルスへの不安がつのる中で、政府はマスクひとつまともに調達できず、国民に我慢を強いる空気が広がっている。国民の側にも基本的人権の制約をやむなしとする雰囲気が定着しそうだ。このままでは日本の民主主義が崩壊しかねない。

◎ “安倍改憲” に警戒感
 新型コロナウイルスに怯え、緊急事態宣言の最中に迎えた今年の憲法記念日、メディアや国民の関心は、緊急事態条項を新たに付加する改憲に集まった。安倍晋三首相も改憲派の集会に自民党総裁としてメッセージを送り、論議の前進を求めた。
 しかし、同時期に報道された新聞社、テレビ局などの世論調査を概観すると、世論は安倍政権下での改憲には慎重である。例えば毎日新聞の調査では46%、朝日新聞と共同通信ではともに58%が「改憲で緊急 (非常) 事態条項を加える」ことに「安倍政権のもとでは反対」している。朝日では「そもそも必要ない」 4 %を加えれば60%を超える。

 半面、憲法に緊急事態条項を加えること自体には一定の理解が示され、毎日45%、朝日31%、共同51%が賛成している。朝日には「改憲なしで対応」が57%あり、緊急・非常時に備えた相応の法制整備を求めているとみることもできる。

 防護衣などを十分供給できず、関係者の犠牲的精神に頼るしかない医療の現場の実情、「国民の不安を解消」と大々的に宣伝しながら事実上は失敗したマスク配布、狙い通りの効果を得られない外出自粛や営業自粛・・・・・・安倍内閣によるウイルス対策は迷走を続けている。それだけに「緊急非常時には政府に特別な権限を与え基本的人権の停止もできる」特別の制度を設けることは容認する、ただし安倍政権下では認めないという流れになるのだろうか。危機管理能力のない安倍政権に対する不信の表明であり、多くの国民が頼りになる新しいリーダーと制度の登場を期待しているように見える。

◎強まる “強い執行府” 願望
 いま日本社会には不安、逼塞観がみなぎっている。こんな時には強いリーダー、強力な権限を持つ執行府の登場を期待しがちだ。外出、営業の自粛など日本では要請しかできず、強制力も罰則もない。外国では町を封鎖したり行政の方針に従わない市民に高額な罰金を科したりするなど執行府が強制力を有している。「だから日本でも・・・・・・」となるのだろう。
 しかしヨーロッパには長い歴史の中で培われた「基本的人権の尊重」「個人の尊重」の定着があり、「それでもいまは人権を制限せざるを得ない。一時的措置であり原則は変わらない」という信頼がある。

 その信頼の源は強い権限にあるのではない。ドイツのメルケル首相は感染拡大で外出制限などに踏み切った際に「私たちは民主義社会にいる。何かをせよと強いられるのではなく、情報を共有し国民の積極的な参画を促し、力を合わせなければ事態を乗り越えられない」と国民に呼びかけた。
 「自律する民主主義」の宣言である。そのために重要なのは市民の理解と協力であり、その前提としてリーダーらへの市民の信頼確保が欠かせない。その信頼はリーダー、執行府からの人格の発露を含む誠実な発信を通じて生まれる。

◎前提を欠く日本
 日本はどうか。明治憲法下では人権などなきがごとき政治、行政が行われ、国民は「欲しがりません、勝つまでは」の生活を強いられた。基本的人権の尊重を柱とする日本国憲法に変わっても政治や社会の空気からかつての残滓はなかなか消えない。保守政治家は「人権尊重のゆきすぎ」を声高に語り、自民党改憲草案は人権制約色が極めて濃い。
 政治家たち、とりわけ保守政治家の多くは国民と向き合ってフランクに話そうとせず、偽り、ごまかし、逃げる。安倍首相をめぐっても森友、加計問題、「桜を見る会」など疑惑が消えず、演説や記者会見は言葉が踊るだけで聴く者の胸に響かない。上目遣いでプロンプターの文字を懸命に追う姿には「国民を守り抜く」という断固たる覚悟がうかがえない。

 強い政府を許容する前提が欠けているのである。
 たとえ安倍政権下でなくても、もともと国民の同調意識が強く為政者の人権意識が弱い日本で、緊急事態法制を憲法レベルに高めれば憲法の人権条項は形骸化するだろう。

◎警戒必要な “役立つ政府”
 緊急事態条項に限らない。こんな時期には「役に立つ」強力な政治の仕組みを作ろうとする動きも出るだろう。それを押しとどめるのは「民主的自律」の精神である。一億総監視人のような社会ではなく、公権力にお任せの社会でもなく、国民一人ひとりが生起する事象を我がことと受け止めて対処する社会でありたい。
 民主主義が定着していない社会で強い政府を期待するのは危険だ。新型コロナウイルスの感染問題は日本に「自律する民主主義」が根付くかどうかの試金石にもなろう。

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