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安倍政権のメディア選別

寄稿:飯室勝彦

2014年10月19日

安倍内閣が「表現・報道の自由」の大切さに目覚めたかのようだ。菅義偉官房長官が記者会見などで「民主主義の根幹であり、あくまでも守られなければならない」、「健全な民主主義国家で健全な言論が保障されることは大原則だ」、「報道の自由との関係では法執行は抑制的でなければならない」などと繰り返した。

これは、ウェブサイトの記事で朴槿恵韓国大統領の名誉を傷つけたとして、韓国検察が産経新聞前ソウル支局長を名誉毀損罪で起訴したことに対する論評だ。通常の報道活動で記者が訴追される異常事態は見逃せない。菅発言は一見もっともだが、文脈、政権幹部の過去の行状、安倍政治の実態などを見ると額面通りに評価するには抵抗感がある。

第一次安倍政権で総務相だった菅氏は、内閣の重点課題、北朝鮮による日本人拉致問題について「国際放送で重点的に放送せよ」とNHKの自主・自律を損なう命令を出したうえ、放送法改正で大臣が放送に介入できる余地を残した過去があるからだ。

 安倍晋三首相も9月6日の衆院予算委で「民主主義がしっかりと健全に機能する上で報道の自由は極めて重要」と述べた。従軍慰安婦問題に関するいわゆる“慰安婦狩り”証言の報道を朝日新聞が誤報と認めて取り消したことをめぐる質疑であり、これも正論だ。

 もっともこちらは朝日の慰安婦報道を批判するための枕詞にすぎなかった。「(だから)報道機関の責任は重い。(朝日の)報道は日韓関係に大きな影響や打撃を与え、国際社会における日本の名誉を著しく傷つけた」と、あたかも慰安婦問題そのものが虚構であるかのような答弁が続いた。

強制連行の証言が否定されても、旧日本軍が組織的に多数の女性の人権を踏みにじった歴史的事実は消えない。しかし、現憲法体制を否認し戦前への回帰を目指す政治家安倍氏は、従軍慰安婦問題という負の歴史を消してしまいたいのである。政権を握る前だが、従軍慰安婦に関するNHKの番組作成過程で圧力をかけ、内容を変更させたこともあった。

歴史における日本の過ちを反省し現行憲法の基本思想を尊ぶ人たちには“自虐史観”の悪罵が投げつけられるが、安倍氏の歴史観は“開き直り史観”と呼ぶにふさわしかろう。

他方で菅氏は、慰安婦問題報道をめぐって朝日の報道の自由を否定し、廃刊まで迫る週刊誌などの過剰・異常なバッシングに対しては沈黙を守っている。朝日OBが教壇に立っていた大学に対する卑劣な脅迫について簡単に論評した程度だ。

特別秘密保護法の強引な施行、公益、公共を優先させ表現の自由を抑圧する改憲草案の作成、宣伝など安倍自民党政治の流れを見れば、この内閣が表現・報道の自由を尊重していないことは明らかだ。今年の夏から秋にかけて相次いだメディア事象に対する政権側の反応は露骨なメディア選別を示している。

 日本のジャーナリズムは、安倍政権に寄り添い支援するかのような産経、読売を中心としたメディアと、政権とは距離を置く朝日を中心としたメディアにくっきり分かれ、二極分離状態である。この構図を念頭に置けば、安倍、菅両氏の「表現の自由」論は、発言の際に想定しているメディアによって方向性が違うことを容易に読み取れる。

東電福島第一原発の事故に関する「吉田調書」の報道にも二極分離の影がちらつく。

原発所長だった故吉田昌郞氏の政府事故調における発言を記録した非公開調書を独自に入手した朝日は、「(事故処理に対応すべき)発電所職員が所長命令に違反して撤退した」と報じた。しばらくして同じ非公開調書を次々入手し朝日の誤報を明らかにしたのは、産経、籾井勝人会長の就任いらい政権寄りの報道が目立つNHK、それに読売などだった。

政府はこれら報道に押されたかのように装って吉田調書を公開し、朝日は慰安婦報道の誤報に続いて大打撃を受けることになった。この経過には政権とメディアの関係の枠組みが絡んでいないのだろうか。

自らを支えるメディアの表現の自由は守ろうとするが批判的なメディアの自由は封じようとする。これが安倍政権の姿勢である。二重基準の批判を免れまい。

報道活動で刑事責任を問われることがあってはならず、日本政府が韓国側に起訴撤回を求めるのは当然だ。朝日は誤報を検証し、読者にきちんと説明しなければならない。

しかし、その朝日の表現・報道の自由も守られなければならない。異論、少数意見も尊ぶのが民主主義の大原則である。

少なからざる雑誌メディアが売らんかな主義で過剰な朝日攻撃を続けている。敵失に乗じて読者を奪おうと豪華な朝日攻撃パンフレットやチラシをばらまいた新聞社もある。いずれも天につばする行為と知るべきだ。

 

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