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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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米朝共同声明と憲法9条改正問題を考える(2)

2018年7月17日

11 昨年末まで武力紛争の瀬戸際にあった状態から、一転して米朝の首脳会談が開かれた意義は、戦争の瀬戸際を回避することと、それに至った原因を取り除く展望を切り開くことでした。元来首脳会談の共同声明は抽象的なものになりがちですし、短期間の準備ですから、いまだ具体的なアジェンダが煮詰まっていないのは当然のことです。しかしその内容は、朝鮮半島の軍事的緊張を緩和しながら、朝鮮戦争を原因とした相互の根深い不信と対立、冷戦終結後も取り残された北東アジアの「冷戦構造」を大きく転換する可能性を秘めたものです。今後共同声明を具体化するための、米朝高官協議、南北高官協議が進められるでしょう。そこで具体化される中身が重要です。

 米朝共同声明とこれを具体化する合意や枠組みは、北東アジアの冷戦構造という不信と対立の構造を大きく転換する巨大な意義を秘めています。朝鮮戦争後65年続いた北東アジアの冷戦構造を転換させることができる歴史的なチャンスが私たちの前に現れようとしているのです。このチャンスの「前髪をつかむ」ために日本はこれにどうかかわればよいのでしょうか。

12 日本の外交は日米同盟基軸路線で、日本の平和と安全を米国の核戦力と通常戦力に依存するものです(拡大抑止力依存政策)。そのため一貫して日米同盟の強化・一体化と自衛隊の軍事力強化路線を突き進んでいます。その路線をさらに飛躍させるために安保法制を制定し、それでも不十分として憲法9条改正を図ろうとしています。あくまでも軍事的抑止力を強化して、北朝鮮の脅威に備えるという態勢です。

 私はこのような日本の安全保障防衛政策では、すでに動き出した朝鮮戦争後をにらんだ新しい北東アジアの平和と安全の仕組み作りにはついて行けないと思います。それだけではありません。これらの大きな流れの変化に日本が障害となることを懸念します。

13 日本政府の北朝鮮政策は「漂流」しています。その原因は、日本政府には戦略的で一貫した北朝鮮政策がないからです。その時その時の北朝鮮脅威(拉致問題、不審船問題、弾道ミサイル、核兵器開発問題など)に圧力一辺倒で場当り的な対処を続けてきたからです。

 ではなぜそのようになってしまったのか?私は拉致問題解決を我が国の北朝鮮政策の最重要課題にしてしまったことが原因と考えます。そもそも我が国にとっての北朝鮮問題の意義は、私たちの平和と安全という安全保障上の問題です。他方拉致問題は人道問題、拉致被害者の帰国(原状回復)という問題です。私達の平和と安全にかかわる問題と拉致問題とは混同されてはいけません。拉致問題解決が北朝鮮との対話の入口にしてはいけません。

 「拉致問題の解決なしに日朝国交正常化なし」と専ら圧力路線を取り続ける意味は、私たちの平和と安全という課題と拉致問題解決を天秤にかけるようなものです。日本政府の北朝鮮政策は、拉致問題と私たちの平和と安全の問題を結びつけてしまった結果、拉致問題解決を優先して、私たちの平和と安全を後回しにしています。

14 日本政府の戦略的北朝鮮政策は、2002年9月小泉総理と金正日が調印したピョンヤン宣言を元にすべきです。1990年9月いわゆる金丸訪朝団をきっかけで始まった日朝の実務者協議では、歴史問題(植民地支配への謝罪と補償)、文化財の返還、在日朝鮮人の地位、拉致問題、ミサイル問題、「よど号」犯引渡問題、工作船、麻薬密輸問題などが協議されてきましたが、中断を繰り返しながらまとまりませんでした。

 ピョンヤン宣言はこれらの諸問題を両国の首脳が包括的に解決することを合意したものです。日朝国交正常化を目的にして、これらの諸問題を日朝国交正常化交渉の過程において解決を図り、日韓条約に準じた植民地支配の清算を行うことや、日朝間の安全保障対話を立ち上げること、北東アジアの平和と安全を維持するための協力を合意しました。

15 日朝首脳会談の際に、拉致問題について金正日は責任を認めて遺憾の意とお詫びを表明し、責任者を処罰したことを述べました。その際に生存者5名(うち1名は日本政府が調査を要請していなかった者)、死亡8名と発表しました。その時官房副長官として首脳会談に同席していた安倍晋三氏は、首脳会談を打ち切って帰国することを小泉首相に進言し、日朝首脳会談を決裂させようとました。

 ピョンヤン宣言後の安倍晋三氏など北朝鮮強硬派政治家の言動や日本のマスコミ報道などの影響から、拉致問題解決を最優先課題に押し上げて、国交正常化交渉の入口条件にしたのです。その結果今日まで日本国内ではピョンヤン宣言は忘れられた存在になってしまいました(これについては、NPJ通信へ2009年11月25日アップした「政治的早産に終わった『ピョンヤン宣言』」をお読みください)。

 しかし、北朝鮮と日本が隣国である以上、国連加盟国の中で日本との国交がない国は北朝鮮だけという極めて不正常な関係は、早晩解決しなければなりません。これが日本政府の北朝鮮政策の最重要課題であることには変わりありません。日朝の不正常な関係が続いてきた根本の原因はやはり朝鮮戦争にあります。

16 憲法9条を改正しようとする安倍首相やそれに同調する保守政治勢力にとっては、北朝鮮との国交正常化が実現できない状態、拉致問題解決ができない状態は、ある意味では北朝鮮脅威論を強調して政権を維持できるため都合の良いことかも知れません。

17 日本にとって北朝鮮の最大の脅威は、朝鮮半島での大規模な武力紛争なのであって、拉致問題や核開発、弾道ミサイル問題ではありません。94年の朝鮮半島第一次核危機の際にも、米国が北朝鮮の核施設を空爆することから第二次朝鮮戦争に発展する危機が高まりました。その当時日本にとって北朝鮮の軍事的脅威は、せいぜい命中精度の悪い中距離弾道ミサイルくらいでした。

 ところが現在では、核弾道ミサイル攻撃を想定せざるを得ないところまでに達しています。このことは日本にとって壊滅的な戦争被害を受けることを意味します。北朝鮮の脅威を煽って軍事的緊張関係を高めることは「危険な火遊び」になります。

18 このような北朝鮮の脅威は、朝鮮戦争にその原因がありますので、それから派生した核と弾道ミサイルの脅威は、これだけを切り離しては解決できません。朝鮮戦争の終結と平和条約締結、日朝、米朝の国交正常化という脅威の根本を解決することが日本の戦略的北朝鮮政策にならなければなりません。
 日本には米国と違う独自の北朝鮮問題があります。ピョンヤン宣言で解決を図ろうとした諸懸案―過去の清算、在日朝鮮人の法的地位、拉致問題などです。

19 北朝鮮は米朝関係の正常化を進める過程で、核兵器と弾道ミサイル計画の廃棄に対して、体制の保証を求めています。体制の保証には政治的保証、軍事的保証、経済的保証があると思われます。
政治的保証には、国交正常化、相互に大使館、領事館の設置、朝鮮戦争の終結とそのための平和条約締結が中心になるでしょう。

 軍事的保証としては、米国が北朝鮮にたいして核兵器を使用しない、軍事攻撃をしないという消極的安全保障の誓約と不可侵の誓約、在韓米軍の扱い、米韓合同軍事演習の中止が中心になるでしょう。もっとも在韓米軍については先代の金正日は撤退を求めないと表明したことがあり、必ずしも連動するものではないかもしれません。

 経済的保証には、経済制裁解除、テロ国家指定解除、米国資本の導入、金融・経済・技術支援が中心でしょう。

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