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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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敵基地攻撃能力保有論の行方 4

2020年10月17日


9 軍事技術的な視点から
 敵基地攻撃能力といっても軍事的には極めて困難であることは言うまでもありません。とりわけ弾道ミサイルについては、平時には堅固なサイロや山腹をくりぬいたトンネル内などに保管されており、これ自体を通常兵器で攻撃破壊することは極めて困難です。米軍もそのために地中貫通核爆弾のようなものを開発したのですから。

 車両に搭載されて発射できる弾道ミサイルは、いったん格納庫から出てしまえば、早期に発見して破壊することなど不可能に近いものです。仮に移動中のミサイル搭載車両を発見して攻撃を仕掛けたとしても、標的は移動しているのでそれを確実に破壊することは不可能です。上空から偵察ドローンが発射機の移動を常時監視し、その位置情報をリアルタイムで攻撃機やミサイルへ送信し、ミサイルの飛行軌道を標的の移動に応じて変化させることができれば可能でしょうが、これは実際には不可能です。

 偵察機が発見した車両が移動式ミサイル発射車両であるのかそれともタンクローリーであるのかの識別もむつかしいです。湾岸戦争で行われたスカッドハンティングでは、「神の目」と称された最新鋭の偵察機 (JSTARS) を投入したのですが、破壊されたとするランチャー (移動式発射機) 100基余りは、実際にはほとんどがデコイ (敵を欺騙するための模型) やタンクローリーであったと報告されています。
 ※「大量破壊兵器を搭載した弾道ミサイルの脅威下における専守防衛の在り方」防衛研究所平成16年度特別研究より

 仮に我が国が攻撃を行ったとします。それに対して被攻撃国はわが国へ全力で反撃するかもしれません。それには核弾道ミサイルが含まれるかもしれません。いくらミサイル防衛があるといっても、全弾撃ち落とすことなど不可能です。ましてや、大気圏内の低層を音速の 5 倍以上の高速で飛行する極超音速滑空ミサイル (HGV) であれば、現在のミサイル防衛では迎撃はほぼ不可能です。この種のミサイルでは、中国は中距離ミサイルDF17 (非核) を保有していますし、ロシアはアバンギャルド ( 2 メガトン核弾頭) を保有しています。北朝鮮も弾道軌道ではなく飛行軌道を変化させる弾道ミサイルを保有している可能性があります。

 日本が攻撃する敵国が北朝鮮であれば、我が国による攻撃により北朝鮮は韓国へも攻撃を開始し朝鮮半島で第二次朝鮮戦争となるでしょう。この場合、わが国には事態をコントロールすることは不可能です。我が国による北朝鮮への敵基地攻撃により、最大の被害を受けるのは日本ではなく韓国なのです。

 中台武力紛争で日本が米軍支援の一環として敵基地攻撃をおこなえば、我が国は沖縄を含む全土が中国の中距離核弾道ミサイルの射程圏内になっていることを忘れてはいけません。

 敵基地攻撃は軍事技術的に困難であるばかりか、いったん開始してしまえば、我が国自身への本格的な武力攻撃となり、再び甚大な戦争の惨禍を被る結果になることは明らかです。

10 我が国を取り巻く核兵器の状況と敵基地攻撃能力保有
 2020年 8 月 4 日自民党提言では、敵基地攻撃に必要な装備については政府に下駄を預けた格好です。2009年 6 月と2010年 6 月の新たな防衛計画大綱への自民党提言は、敵基地攻撃能力のために必要な装備として、中距離弾道ミサイルと長距離巡航ミサイルを挙げていますが、自民党提言はこれらに言及していません。

 ではこれらの装備を我が国が配備したらどうなるでしょうか。2020年 6 月 2 日プーチンが署名して公表されたロシアの新核ドクトリン「核抑止政策の基礎」では、ロシアの核弾道ミサイルは警報下発射態勢に置かれ、ロシアの核戦力が対抗するものとして、仮想敵国によるミサイル防衛システム、短・中距離巡航ミサイル、弾道ミサイル等の配備を挙げています。つまり敵基地攻撃能力を持つ日本はロシアの核戦力の標的に入るということになります。

 さらにロシアが核兵器を使用する場合として、「ロシア、その同盟国を攻撃する弾道ミサイル発射がされたとの信頼のおける情報を得たとき」を挙げています。これが警報下発射態勢です。この場合ロシアの敵国が発射する弾道ミサイルが核弾頭か非核弾頭かは問われていません。

 つまり、我が国が敵基地攻撃能力のため、中距離弾道ミサイル、長距離巡航ミサイルを配備すれば、ロシアは日本を核兵器の標的にし、日本が敵基地攻撃としてロシアへ向けて弾道ミサイルを発射すれば、即座に核弾道ミサイルで反撃するというのです。

 中国の核兵器にも大きな懸念が生じています。これまで中国の核兵器は即応態勢下にはなく、先制核攻撃もしないと信じられてきましたし、中国が公表する核政策もそうでした。

 安全保障や核ミサイルの専門家である中国軍退役将校が 5 月12日に政府系雑誌へ発表した論評の中で、核攻撃への対応時間は数分まで短縮され、早期警戒システムにより (敵弾道ミサイルが) 着弾前に核兵器で反撃する能力がある、と述べたとの報道がありました (中国新聞2020. 8. 3) 。中国核戦力が即応態勢にあり、警報下発射も可能であるというのです。これについて軍事問題研究者の田中三郎氏は、この論評は事実であろう、と述べています。

 そうであれば、我が国が敵基地攻撃を中国へ向けたとすれば、中国軍は即座に核弾道ミサイルで我が国を攻撃するという態勢にあることを示しているのです。

 INF条約が昨年 8 月に失効しましたが、米国は中国・ロシアを想定して我が国を含む西太平洋や北東アジアへ中距離弾道ミサイル、海洋発射核巡航ミサイルの配備を計画しています。これらの中距離ミサイルはまさに敵基地攻撃のためですが、それらが我が国へ配備され、我が国から発射されることになれば、自衛隊も共同作戦行動をとる以上、我が国が保有する敵基地攻撃のための装備やそのための自衛隊部隊も使用されるでしょう。

 そうなれば、我が国はロシアや中国からの核攻撃を想定せざるを得ない事態になります。米国と中国との本格的武力紛争は、台湾海峡をめぐる中台武力紛争や、南シナ海での米中の偶発的軍事衝突からの進展が考えられています。日米による敵基地攻撃は、わが国だけではなく周辺諸国を巻き込んだ核戦争も想定しておかなければならない事態です。

 敵基地攻撃能力を保有することは、我が国の平和と安全のみならず、北東アジア地域の平和と安全にとって極めて危険なことです。

11 敵基地攻撃能力保有論の行方
 共同通信社が 8 月に実施した世論調査の中で、驚くべき結果が報道されました。敵基地攻撃能力について、保有すべきが46.6%、保有すべきではないが42.3%であったのです。国民の半数は保有してもよいとの意見であり、反対意見と拮抗しているのです。危うい世論状況です。

 おそらくは多くの国民は、北朝鮮脅威論、中国脅威論とイコールとして理解していると思われます。敵基地攻撃がどのようなもので、我が国や国民にどのような影響を与えることになるのかということが、いまだ十分理解されていない結果です。脅威論とそれに対抗する抑止力論は私たちの思考を停止させてしまいます。

 憲法 9 条は、いわば日米同盟と自衛隊という「暴れ川」をコントロールしている堤防のようなものとすれば、すでにその堤防を川の流れが溢水している箇所がいくつもあるという状況です。しかし堤防はまだ破壊されていません。

 自民党提言は、憲法、国際法、専守防衛の範囲内で敵基地攻撃能力を保有すると述べているので、明文改憲を前提にしたものではないでしょう。しかしこれが憲法9条と専守防衛を否定するものであることは明らかです。

 敵基地攻撃能力を保有することは、我が国の抑止力、対処力を向上させて我が国の平和と安全を高めることになるのか、それとも逆にわが国の平和と安全を脅かし、我が国と周辺諸国を武力紛争に巻き込むことになるのかという選択が問われている問題です。

 敵基地攻撃能力を保有しようとすれば、膨大な軍事予算が必要になります。すでに来年度防衛予算の概算要求は金額を示さない事項要求を含め 5 兆5000億円に迫っており、事項要求が予算化されればさらに数千億円増えると言われます。これは本予算レベルの話ですが、毎年補正予算で防衛費が4000億円程度は上積みされていますので、最終的には来年度の防衛費は 6 兆円に達することも十分あり得ます。このことは、将来の財政破綻を招くだけでなく、さらなる消費税増税、社会保障費、教育費など国民生活に直接かかわる予算が削減される結果になります。

 敵基地攻撃能力保有に向けた急速な動きに対して、私たちは敏感にかつ迅速に反対世論を形成しなければならないと考えます。安保法制や特定秘密保護法を廃止して、溢水している堤防をかさ上げする、防衛予算の削減や自衛隊の縮小を求める、核兵器禁止条約の敵津・批准を求める、朝鮮半島の非核化や北東アジア非核地帯の創設を求めるなどは、いずれも憲法 9 条のという堤防を補強するものです。私のこの文章が少しでもそのお役に立てれば幸いです。

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