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【NPJ通信・連載記事】音楽・女性・ジェンダー ─クラシック音楽界は超男性世界!?/小林 緑

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音楽・女性・ジェンダー ─ クラシック音楽界は超男性世界!?
第48回 新聞投稿掲載という初体験と次回コンサートのご案内

2014年11月6日

I.新聞への投稿を初めて経験!

早や忘年会や年賀状の宣伝文句が躍る時節となった…であるのに、政情は相も変わらず、新年への希望や期待を逆なでするような、目を覆いたくなる惨状が続いている。いちいち取り上げる気力もないが、こうした現状を引き起こした根本的原因が、本来のジャーナリズム精神を放棄したマス・メディアの翼賛体制にあることは否定しようがない。何とかして欲しい…!

こんな苛立ちをどうにも抑えきれず、とうとう9月1日、日刊紙としては極めて珍しくまともな報道姿勢を取り続けている東京新聞―数年来我が家では本紙だけを購読している―の『発言』欄「ミラー」に投稿を試みて掲載された。“慰安婦”報道を巡る目下の異様な朝日バッシングが勃発する前のタイミングでもあったのでこれには触れることができなかったが、当時個人的に何より逼迫して恐ろしい事態と思わざるを得なかった辺野古の基地問題に絞って書いてみた。東京新聞はしかし、残念ながら朝日新聞などに比べて読者層が限られているようだ。そこで、今回はまず、この投稿記事を改めてNPJの読者の皆さんにご覧いただきたく思う。

600字という規定のスペースに何とかまとめて新聞社担当部へファクズ送信したのだが、一向に反応がなく、「あぁ、やっぱり没になったのかなぁ…」と諦めかけていた9月19日朝、新聞を取り込む係りのパートナーが「あれぇ、載ってるよ!」と素っ頓狂な声を挙げた。掲載が決まれば事前に何らかの打ち合わせがあるだろう、という予測が外れびっくり仰天!だが何はともあれ、元NHK経営委員として、この日本最大の報道機関が辺野古問題を全面的に無視し去っていることへの怒りと責任感に駆られての投稿行為が、形として残されたことに、ひとまず安堵した。

加えて、掲載から一か月半も経ているのに、おこがましくもここに再掲させていただくことに決めたのは、いくつか思いがけなくもありがたい反応に出会えたからである。まず、『世界』11月号収載の論文『「アベノミクス」化する社会』で経済評論家の内橋克人さんが、この投稿を一部取り上げてくださったこと。数年前に東京新聞夕刊のコラム連載(現“紙つぶて”)で、毎回氏の深く鋭い洞察、しかも品格ある文章に接してすっかりファンになっていたので、これには何よりうれしく心励まされた。もう一つ、高校時代の同年生だがクラスも違い個人的面識が全くなかった男性から、「東京新聞読みました…」と電話を頂いたこと。これをきっかけに今後連絡を取り合いましょう、と話がまとまったのだ。あちこちで繰り返しているが、こうした直接的ネットワークの広がりが、何にもまして効果的だし優先されるべきと信ずる私には、これまたわくわくするような出来事だった。

前置きがやたら長くなったが、以下、東京新聞“ミラー”への投稿原稿である:

「政府の”御用機関“と化したNHK」

2001年から7年まで2期6年間、NHK経営委員を務めた立場から、思い余って投稿する。ほかでもない、”公共放送”であるはずのNHKが、あたかも安倍政権の広報機関の様相を呈しているからだ。受信料払込み一時凍結、多方面からの会長辞任要求署名、元職員多数による辞職要求決議などにみるNHK組織と報道姿勢の劣化は、とても座視できない。

一例のみ挙げる。昨年来、臆面もなく憲法違反を重ねている現政権の「手口」のなかでも特に、目下辺野古で強行していることは、他国のどんな専制や非民主性も笑えないほどにおぞましい。本紙26日朝刊に拠れば、移設に向けたボーリング調査に命がけで抵抗するカヌーを海上保安庁が執拗に追跡・威嚇す剰警備、さらには民間警備会社まで抱き込み、現地の漁業者から報道関係より高額で漁船を借り出して抵抗する人々を分断しているという。

ところが本来トップニュースであるはずのこの暴挙を、NHKは報じない。「政府が右と言えば左には行けない」と言い放つ会長と気脈を通じた首相の、まさに思惑通りの展開だ。そもそも会長の任命責任を持つ経営委員会はなぜ動かないのか。加えてヘイトスピーチ顔負けの問題発言が止まない百田委員、国会内の戦争反対女性集会で「私は安倍首相の応援団です」と名乗り出た長谷川委員…他の現委員は同僚のこうした言動をどう見ておられるのだろう。私としては過去の委員経験者の間からも、さらに積極的な働きかけが起こることを切に期待したい。

以上、私の原文通りだが、掲載時のタイトルは「NHKの行方心配に」と、かなりトーンが和らぎ、本文の字句もわずかながら変えられていたことをお断りしておく。

II.次回コンサートのお知らせ

さて次に、私の“本業”にからむコンサートのお知らせもしておきたい。

とりもなおさず出来上がったチラシ表紙をご覧いただこう[図版]。「津田ホ-ルで聴く女性作曲家・第5回」である。いつものように、A3版表裏、4ページから成るチラシだが、ここに添付した表紙ページには、必要最低限の情報は盛り込んであるはず。とにかく、2015年1月9日(金)19時開演、料金3000円、津田ホール…これのみしっかりご記憶いただきたい。

そしてご覧になってまず、「平等と自由を求めた女性作曲家たち」というコンサート・タイトルに「なに、これ!?」とびっくりしてくだされば こちらとしては何よりうれしく、また狙い通りといえる。クラシックの作曲家といえば、実社会の軋轢とは無関係に、神がかりの霊感に導かれる天才という誤解がはびこる中、女性の作曲家がいたというだけで普通には驚くところ、しかもその彼女たちが平等やら自由やらといったとりわけ政治的言葉と結び付けられるなんて、本当に“あり”?こんな疑問が、なにより湧き上がって欲しいからだ。

もちろん答えは“大あり”!取り上げた5人の女性がどのような問題に直面したかについては、チラシ3ページ目に簡単に説明してある。(チラシ全体がお要り用の方は、どうぞunknownmusic@view.ocn.ne.jpにご連絡いただきたい。)今回は見送った女性でも、すでに本連載で紹介したエセル・スマイスやアガーテ・バッケル=グレンダールなど、平等のもっともわかりやすい目標と考えられる女性の参政権獲得のための合唱曲を書いた女性たちがいたことも思い出していただきたい。

今回はしかし、私自身がまだ一度も取り上げていない女性に焦点を当てることを意識した。「津田ホールで聴く女性作曲家」というコンサート・シリーズをこの5回目で打ち切らねばならず、そのためにも一人でも多くの女性作曲家の存在を、この素晴らしいホールで紹介しておかなければ、との想いがあったからである。来年3月いっぱいを以てホール閉鎖の決断を下した津田塾大学にどのような事情があったのか、まったくわからない。だがJR中央線の千駄ヶ谷駅前という最高の立地、加えて日本の女子教育史に凛と輝く津田梅子の名を冠する優れたホールで行う女性作曲家の最終回であればこそ、梅子が臆することなく掲げた女性の解放と自立という精神に即したコンサートとしたい、いや、どうしてもしなければ…

このことに私が強くこだわる理由は、ほかでもない、現政権の恥ずべき女性政策や、全国の各種自治体の会議における女性差別発言の連発に、喩えようもない危機感と恐怖を覚えているからなのだ。さらには投稿で取り上げた沖縄問題に加えて、原発、秘密保護法、集団的自衛権、TPPなど、どこから見ても既成の利権構造にしがみつく男社会の弊害としか思えないこの閉塞状況は、女性視点で全面的にやり替えるほかない。もちろん、この「女性」とは、あらゆる相の弱者と言い換えなければなるまい。アベとおともだちの閣僚や経営委員、企業家などの「名誉男性」化した“おっさん女性”は問題外である。貧窮者、高齢者、子供、外国人、難民とされる人々、地方、人間以外の生ける存在などなど…こうした支配勢力の驕りの犠牲者の半数は、間違いなく女性なのだから。だからこそ、世界中の「弱者すなわち女性」に焦点を当てることから、少しずつでも世直しをしていきたい…今回のコンサートを、一音楽人からの精一杯のメッセージと受け取っていただければ幸いである。

1月9日チラシ

 

 

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