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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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日米首脳共同声明は台湾問題の平和的解決を目指すものか?

2021年5月8日


1  4 月20日の衆議院本会議で、日米首脳共同声明に「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す。」と明記されたことを質問され、菅首相は、「当事者間の直接の対話によって、平和的に解決されることを期待するとの従来の立場を日米共通の立場としてより明確にするものだ。」と答えました。

 あたかも共同声明のこの一文により、日米が台湾問題の平和的解決にコミットするかのごとき説明を行ったのです。また共同声明に台湾が明記されたことにつき、「台湾海峡の平和と安定にとって意義がある。」と述べました。

 これらの菅首相の発言は、日米首脳共同声明は台湾有事において我が国が軍事的に関与することを約束するものではない、台湾有事を心配する必要はなく、日米は台湾問題の平和的解決を促すかの印象を与えています。

 しかしながらこのような評価は、事態の推移や情勢を誤魔化し、思考停止に陥らせるものです。菅首相は他方で、台湾有事の際に重要影響事態を認定するかという質問については、「一概に述べることは困難。」とはぐらかす答弁を行っているからです。

2 米中国交が正常化された1979年に米連邦議会のイニシャチブで制定された台湾関係法では、第 2 条 B 項 ( 3 ) において、米中国交正常化が台湾の将来が平和的手段により決定されるとの期待に基づくものであることを明確に表明する、と中国へくぎを刺しています。他方で台湾の自主防衛力を強化するため軍事支援をする規定を入れています。米中国交正常化が「同床異夢」であったことは、その出発点からの宿命のようなものといえます。

3 翻って我が国の国内法ではどうなのでしょうか? 確かに1969年11月佐藤・ニクソン共同声明で、台湾地域の平和と安全維持が日本の安全にとって重要な要素であるとしています。マスコミ報道で今回の日米首脳共同声明へ台湾問題が明記されたのは50年ぶりと述べているのはこれを指しているのです。

 当時の我が国には有事法制はありませんでした。沖縄施政権返還に伴い、安保条約が沖縄へ適用されることになり、在沖縄米軍基地の使用が事前協議の対象になるため、共同声明にはわざわざ「沖縄の施政権返還は、日本を含む極東の諸国の防衛のために米国が負っている国際義務の効果的遂行の妨げになるようなものではないとの見解を表明した。」と述べているのです。

 この意味は、台湾有事の際に米軍が日本の基地から出撃するにあたり、日本政府は事前協議において予め「NO」とは言わないことを約束し (在日米軍基地自由使用の保証) 、いざとなったら核兵器の持ち込みも容認するということです。有事の際の核兵器持ち込みは密約にしました。

 当時の日本政府が米国へ協力できることはここまででした。台湾有事で出撃する米軍への軍事的支援はできなかったのです。そのため1994年第一次朝鮮半島核危機の際に、米国が北朝鮮を攻撃しようとして1059項目の詳細な軍事支援を要請 ( 1 )  ( 2 ) した際に対応できなかったし、1996年台湾海峡第三次危機の際に米国が軍事支援を要請した時にもこたえられなかったのです。この経験がその後の有事法制の制定へとつながりました。

 その後1999年に周辺事態法ができ、2003年以降有事法制が制定され、さらに安保法制でこれがバージョンアップされました。その結果現在では重要影響事態認定による戦闘地域での米軍支援と米軍防護、存立危機事態での米軍との集団的自衛権行使、特定公共施設利用法による総力を挙げた米軍支援が可能となっています。

 1969年の共同声明で台湾問題が書き込まれたことと、今回の共同声明で台湾問題が書き込まれたこととでは、全く意味合いが異なっていることをしっかり押さえておくことが必要です。

 米国にとっての台湾関係法と我が国にとっての安保法制を比べた場合、こと台湾有事にあたって、どれだけの違いがあるというのでしょうか? 米国は台湾関係法第 2 条 B 項 ( 4 ) 、第 3 条 C 項により、事実上台湾防衛義務を負うことになりますが、我が国も安保法制と日米安保条約やその関連取り決め、政治的誓約 ( 2 + 2 での合意、日米首脳会談での合意など) により、事実上の台湾防衛義務を負うことになるはずです。

4 台湾有事で我が国はどのような立場に置かれ、どのような行動をとることになるのか、その結果はどうなるのか、この究極の問題に対して、菅首相は答えていないし質問をはぐらかしました。これは我が国の長年にわたる安保防衛政策の悪弊である、政治家が現実を見ようとしない、事実を隠す、意図を胡麻化す、その結果平和と安全について思考停止に陥ることになるのです。

 私たちはこのような悪弊を取り払い、しっかり現実を見定めた議論をすべきであると考えます。さもないと、私たちが気付かない間に「悪夢」ともいうべき現実、台湾への中国の武力侵攻に伴い、日米が共同して中国との戦争に入り、我が国領土へのミサイル攻撃が行われるという現実に直面することになりかねません。菅首相や岸防衛大臣に私たちの平和と安全を委ねるわけにはゆきません。

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