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連載 石田雄 ― 軍隊体験者が次の世代に遺したいこと
第1部 もう一度戦争を始めないために
第2回 沈黙のらせんを起こさないようにする

寄稿:石田雄

2014年12月6日

かつて日本が戦争に向かう過程において、一番決定的だったのは「沈黙のらせん」が起こったことだった。一度戦争が始まると、多くの人は、それに反対するのは「非国民だ」と非難されることを避けるために、沈黙してしまった。そして、ひとりが沈黙すると、他の人も同じような恐れをいだいて、黙ってしまう。こうして、戦争に反対する声が消えてしまったのである。

■自分の考えを発言する勇気を

今日の日本では言論の自由があるので、その心配はないといえるだろうか。前回も述べたように、すでに今でも「そんな政治的発言は載せない方が安全だ」という形で、自治体の広報誌にも自主規制の傾向が見られる。他方ではNHKの会長に、「政府が右といっているのに、左というわけにはいかない」という人物を任命して、政府の広報機関にしようとする動きがある。そのほか、週刊誌も販売数を増やすために、「売国奴」や「非国民」への非難を大きく扱っている。言論の自由が建前としてあっても、実際のジャーナリズムの世界でそれが十分に生かされているとはいえない。

そうだとすれば、大切なのは主権者である国民一人ひとりが自分で考え、判断し、考えをはっきりという勇気を持つことだ。そうしないと、ヘイトスピーチはおかしいと思っていても、黙っていることで、その影響力はさらに大きくなり、道理のない憎しみが沈黙を一層拡大させることになる。もちろんひとりで反対するのには勇気がいる。しかし、誰か他の人と話しをしてみると、多くの人が自分と同じ不安を持っていることに気づく。とくに自分の属している組織の中ではなかなか言いにくくても、組織外の人と話すことで自信を得て、組織そのものを動かすという場合もある。

3・11の原発事故の後、NHKのスタッフが外部の研究者と協力して、いち早く放射能の汚染状況を明らかにして、番組を作ったことがある。番組は『ネットワークでつくる放射能汚染地図』としてシリーズ化されたが、NHKのディレクターやプロデューサーが社外の専門家に話すことで、連鎖的に協力の輪が広がっていった。現在の状況に危機感や不安を抱く人はあちこちに存在しているので、そうした人たちとつながることで自分自身も自信を持つことができるし、つながった相手も同じように声を出す勇気を得ることができる。

■既成事実の重さにどう抵抗するか

むずかしいのは既成事実の重さに抵抗することだ。1932年上海事変のきっかけになったのは上海で日本人僧侶が中国人に殺されたことだった。それで日本政府は軍を増強し、中国軍と戦闘になったが、その殺人事件は日本軍が工作して、やらせたものだった。しかし当時はその事実は判明しておらず、軍と政府は世論の支持を得て、上海事変を拡大させていった。そのように戦線の拡大は常に既成事実の積み重ねによって、行われてきた。

今日でも、沖縄・辺野古への基地建設は決まったことだから、やらなければならないと政府はいう。しかし、その決め方がどうだったのか。普天間基地からの移転によって、基地は大きく強化されることになることが日本の選択として、ましてや沖縄にとってよいことなのか。政府は「過去のこと」だということに対して、こうした問いかけを常にしていくことが必要だ。そして、その中で、よりよい選択を探していくことが既成事実の積み重ねに抵抗していくことになる。

既成事実を問い直すために、必要なのは権力から遠くにあって、犠牲を強いられる人たちの意見の尊重である。いうまでもなく、安保体制(基地問題)については、日本の0.6%の面積しかないにもかかわらず、全国の米軍基地の4分の3が集中している沖縄の声が尊重されなければならない。その際、沖縄では安保体制を支持する世論は全国の十分の一であることも見ておく必要がある。

既成事実を問い直すことなく、逆にその重みを利用するのは、それによって失うものはなく、むしろ利益を得る権力の側である。過去に戦争の拡大という既成事実を利用したのは、直接殺人を命じられる兵士の意見、そして意見をいうことは難しいが、その武力行使によって殺される民間人の立場を考えることのない指導者たちであった。戦争末期、「一億玉砕」を命じた軍の司令官達は長野県松代の地下壕に入って、命令を下すことになっていた。

■権力からの発信への批判

このような過去の事例をみれば、思想・言論の自由を考える時、とりわけ権力からの発信に対し、あるいは政府の決定に対する批判が必要だ。どのような権力も批判されないと腐敗する。とりわけ軍事に関することは秘密にする必要があるという理由で、特定秘密保護法のように情報に統制がかけられる。そのため、放っておくと、知らない間に新しい兵器が購入され、それが隣国を刺激して軍備拡張競争になり、国際的な緊張を高める結果にもなる。 原発についても、それが核武装のための潜在力として開発されたことは、非公開だった1969年の外務省文書で明らかになった。

このような戦争に向かう軍事化に、どうしたら言論の力で歯止めをかけることができるのだろうか。一度武力紛争が起こり、自衛隊に死者が出たりすると、敵を憎悪することに反対するのが一層困難になる。そのため、武力紛争になる前に勇気を持って、反対の意思を表すことが求められる。

その場合、意見をいうことがむずかしい、犠牲者たちの声に、どのようにして耳を傾けるかが大きな課題となる。軍事化はその過程において、すでに犠牲者を生み出している。基地の存在にともなう事故や犯罪(その処理は日米地位協定により、日本の裁判によらない場合が多い)によって、様々な被害を被っている人が多数存在する。これに対しては、殺人効率増大を主な任務とする軍事組織そのものを問い直すことが必要となる。憲法9条を持つ日本の主権者として、私たちすべてがこの課題にどう取り組んでいくのか、それは原爆の被害をうけた日本人として、真剣に考えなければいけないテーマである。(続く)

石田 雄(いしだ たけし)

1923年6月7日生まれ。旧制成蹊高校から旧東北帝国大学法文学部に進学、在学中に学徒出陣し、陸軍東京湾要塞重砲連隊へ入隊。復員後、東京大学法学部を経て、東京大学社会科学研究所教授・所長、千葉大学法経学部教授などを歴任。著書多数。

筆者近影

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