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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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台湾海峡危機を反核法律家としてどう考えているのか

2021年11月17日


 以下の文章は、2021年11月13日に開かれた日本反核法律家協会総会での私の特別報告の内容を一部修正したものです。
※なお、太字の用語は末尾の用語・図解説を参照してほしい。

1 今多くの国民にとっては、突然のように台湾海峡危機が武力紛争の危機として私たちに迫ってきているかのような印象を与えている。しかしこれは今突然始まったことではないのだ。2000年代以降台頭する中国に対抗するための我が国と米国の対中安保戦略、軍事戦略が作り出したものだ。

 私たちは事態を公平な目で見ておく必要がある。危機を作り出しているのは中国だけではない。米国と日本もその点では同罪だ。新ガイドライン、安保法制、30大綱は中国に対して軍事的脅威を与えることを目的にしている。日米同盟の抑止と対処力の強化、そのための我が国の防衛力の強化である。

2 今進行している台湾海峡をめぐる武力紛争の危機は本物だ。決して侮ってはいけない。万一の場合私たちの生存にかかわる。ここは本気で向き合わなければならない。

 反核法律家としては、核兵器使用のリスクの観点で考えておくべき問題である。それはこの危機が、核兵器が誕生してから、人類が経験したことのない核兵器保有国間での本格的武力紛争のリスクだからだ。これはどんなに強調しても強調しすぎることはない。

 冷戦時代の米ソ間では、核兵器使用をめぐり、様々な対話のルートと合わせて、複数の核軍縮条約が存在し、核戦争を回避する手段が存在した。それでも米ソの核兵器での対峙は「ダモクレスの剣」と比喩されていた。しかし現在の米中間ではそれすらないという危うさがある。

3 核兵器保有国間の本格的武力紛争のリスクは、どれだけ強調しても強調しすぎることはない。
 核兵器が誕生して以降、様々な核戦略が生み出されてきた。大量報復戦略 (ニュールック戦略)、対都市戦略、カウンターフォース戦略、相互確証破壊、限定核戦争論、最小限抑止、最近では「エスカレーション抑止のためのエスカレーション」がささやかれている。
 
 これらの核戦略は、いずれも核戦争はコントロール可能だ、核戦争でも勝利できるという「確信」を表している。しかしこれを編み出した者は、ごく一部の戦略家、軍人、研究者であり、彼らの頭の中にある「理論」に過ぎず、彼らは一度も核兵器による武力紛争を経験していない者たちだ。事柄の性質上、「理論」を検証できないのだ。検証できない「理論」は「仮定の理論」でしかないはずだ。

 したがって、実際の核兵器の応酬となれば、核戦略が本当に「理論」が意図したように機能するかは誰もわからないのだ。

 米ソ冷戦時代の1980年米連邦議会技術評価局が公表した「核戦争の影響 (日本語訳「米ソ核戦争が起こったら」岩波現代選書) の中で、直接核攻撃を受けなかったバージニア州シャーロッツビルを舞台にしたシナリオが描かれている。

 その中で、米大統領が全米の市民へ呼びかけるラジオ演説の一説が出ている。「 1 億の生命が失われはしたが、我が国はまだ、地上のいかなる国をも凌ぐ、物質的、精神的な蓄えを保有している。」と述べるのだ。

 核兵器を使用する政治家や軍人たちは、私たち市民が到底及びもつかないこともやろうと考えていることを物語っている。

4 話は台湾海峡をめぐる核兵器使用に戻ろう。米中間の武力紛争では核兵器の使用も視野に入れておかねばならない。2 つの書証を提供する。

 一つは、統合幕僚学校が作成して統合幕僚長へ提出した平成23年度指定研究「諸外国の最新の軍事戦略の動向に関する調査・研究」という大部 (600頁) の文書だ。これは統合幕僚長の通達により行われた研究で、実際の防衛力構築に寄与させるためのものである。

 この中で、中国による A2AD を打ち破るための米軍の作戦計画と戦闘方法を述べた個所があり、「中国は、通常兵器による攻撃に対する報復又は抑止のために核兵器を先制使用する可能性がある。」と述べている。この文書では、政府に対する提言として、集団的自衛権行使を求める等、その後の安保法制の源流ともいえる内容も含まれている。

 もう一つは、2019年に米戦略予算評価センター (CSBA) が発表した「TIGHTNING THE CHAIN」という論文だ。この論文は、中国の A2AD を打ち破るための軍事戦略・戦術として「海洋プレッシャー戦略」「インサイド・アウト戦術」を提唱している。すでに米軍はこれを実行しようとして、海兵隊の遠征前方基地作戦 (ESBA)、陸軍のマルチドメイン戦闘 (MDB) を実行する態勢を着々と作っている。南西諸島へ配備されている陸自ミサイル部隊はこれと共同作戦を取る仕組みだ。日米共同軍事演習はこの作戦を実行するために行われている。

 この論文は、「もし (中国による) 武力攻撃が先制的に行われた場合、米国と同盟国の指導者たちは、中国軍の前線にある攻撃戦力に厳密に限定した反撃をするのか、それとも、広範囲に中国内陸部を含む中国本土の後背部にある標的を攻撃するのか決心しなければならない。純軍事的に見れば、あらゆる戦力やその移動の中心となるインフラを攻撃することは常に有利になるからだ。その場合「核戦争の影」の下でのエスカレーションのリスクを冒すことになる (井上仮訳)。」と述べている。

5 さらに米中核戦争の敷居を低める動きに我が国がかかわろうとしていることを強調しなければならない。
 2019年 2 月トランプ政権は INF 条約から脱退通告をしたため条約は同年 8 月に失効した。その動機は明らかだ。中国がアジア太平洋地域で米軍と対抗する戦力の中心は、中距離ミサイル戦力であり、米国はこれを全く保有できなかったからだ。

 米国は日本列島を含む第一列島線上に地上発射型の中距離弾道・巡航ミサイルを配備しようとしている。おそらく数年後には配備される可能性が高い。これらは非核・核両用とみられている。ミサイルの形状からはどちらか判断不可能である。むろん NCND 政策があるため、配備されるミサイルが核弾頭であるか一切明かされない。おまけに日米間には核兵器持ち込みの密約が現存している。

 核兵器使用政策の常識から考えてもわかることだが、中距離ミサイルで攻撃される中国は、着弾するまでは通常弾頭か核弾頭かはわからない。そうなれば、ミサイル発射警報があれば、核ミサイルで反撃することを迫られる。

 そして核兵器を使用するであろう。そうしなければ、「虎の子」の核戦力を、みすみす使う前に壊滅させられるからだ。

 わが国が保有しようとしている敵基地攻撃能力の柱に、地上発射中距離ミサイルがある。12式対艦ミサイルは射程200キロから900キロに伸延され、さらに1500キロまで伸延される。島嶼部対処用と称する弾道ミサイルの一種の超音速滑空ミサイル、極超音速巡航ミサイル開発を進めている。我が国の敵基地攻撃能力は中国本土を標的にしている。これも中国による核兵器使用の敷居を低下させるのだ。

6 米国による中距離ミサイルの日本配備は、反核法律家協会として決して許してはならないことだ。しかしながら、現在の我が国の中で、このことの危険性はほとんど議論もされていないし、認識すらされていない。
 米中武力紛争の危機は、そのまま核兵器使用の危機にもなる。しかも主要な標的は我が国領土だ。
 

用語・図解説
接近阻止領域拒否 (A2AD)
 接近阻止 (Anti-ACCESS) 領域拒否 (Area-Denial) の略称。「接近阻止」とは、敵対的な戦力が作戦地域に入ることを妨げること、「領域拒否」とは作戦地域における敵対的な戦力の行動の自由を制約すること。
 台湾海峡での中台武力紛争で、台湾を防衛しようとする米軍に対して中国軍が採ると米軍が想定している中国軍の軍事作戦の米側の呼称。
 第一列島線の西側に米軍の進入禁止区域を作り、第二列島線との間での米軍の軍事活動を妨げる軍事戦略。

遠征前方基地作戦 (Expeditionary Advanced Base Operation EMBO)
 中国との武力紛争を想定して海兵隊が進める新しい戦闘方法。
 2021年 4 月に海兵隊司令官が発表した海兵隊改編構想である「フォース・デザイン2030」の中で、海兵隊の新たな戦闘概念として「遠征前方基地作戦」と「沿岸海兵連隊」の編制が示された。
 「遠征前方基地作戦」は、第一列島戦場の島嶼部へ事前配備された、歩兵、ミサイル部隊、防空・対空監視・兵站 (弾薬、燃料など) 部隊を備えた比較的小規模部隊により、中国軍との戦闘領域内で中国軍の海上、航空戦力を攻撃し、味方による海上・航空優勢確保を図り、中国軍による A2AD を突破する。
 「フォース・デザイン2030」は、「EMBO の眼目を『海において、海から、また、地上から海に対して戦い』、かつ、『敵の長射程火力の射程内で作戦し、残存し続ける』ことにある」とする (以上引用個所は、「米海兵隊の作戦構想転換と日本の南西地域防衛」-笹川平和財団論文 山口昇著-より)。
 EMBO を担う海兵隊部隊は沿岸海兵連隊で、沖縄に司令部がある第三海兵遠征軍の下に新たに 3 個連隊が編成される予定で、その内 1 個連隊が沖縄へ配備されると予想されている。
 EMBO は米陸軍の MDB と共同した作戦になり、陸自が奄美大島、宮古島へ現在配備し、2023年度までに石垣、沖縄本島勝連駐屯地へ配備される対艦、対空ミサイル部隊とも敵基地攻撃を含む共同した作戦行動をとる。

マルチドメイン戦闘 (Multi-Domain Battle MDB)
 中国軍との戦闘で米陸軍が採用する新しい戦闘概念。これまで陸軍は敵の地上兵力を相手にしていたが、MDB では、対艦ミサイル部隊、対空ミサイル部隊、中距離ミサイル部隊、電子戦部隊を伴って島嶼部に前進配備される比較的小規模部隊が、敵衛星機能を阻害、中国本土をミサイル攻撃、中国海上戦力を攻撃、中国空軍機を攻撃、敵のレーダー、通信を妨害するなど、海・空・宇宙・電磁波という多領域 (マルチドメイン) での戦闘を行い、味方による海上・航空優勢を確保する作戦に寄与するもの。
  図 1 は米太平洋陸軍公式フェイスブックに出ている MDB のイラストレーションであり、上記の MDB のイメージを示している。


米太平洋陸軍公式フェイスブックより
 
 
海洋プレッシャー戦略・インサイド・アウト戦術
 中国軍による台湾への軍事侵攻に伴って遂行される接近阻止・領域拒否に対抗する米軍の戦略・戦術。
 対空・対艦ミサイル部隊と電子戦部隊を伴う第一列島線上の島嶼に事前展開する比較的小規模の陸上部隊 (陸軍と海兵隊地上部隊) と、第一列島線内 (西側) に分散した海上戦力、潜水艦戦力 (地上部隊を含めてインサイド戦力) により、第一列島線内での中国軍の海上・航空優勢を阻害し、第一列島線を越えて西太平洋に進出しようとする中国海上戦力の海峡通過を阻止し、中国軍の作戦を複雑化させ、その戦力を消耗させて台湾への軍事侵攻を阻止する作戦構想。島嶼へ配備された陸軍によるマルチドメイン戦闘 (別項参照) と海兵隊陸上部隊による遠征前方基地作戦 (別項参照) とを連携させる。
 島嶼へ配備された部隊は、攻撃位置をしばしば変更し、島嶼間を移動して中国軍からの攻撃を防ぐ。島嶼部への兵站補給を重視する。島嶼部へ F35B や C130H が離発着する簡易滑走路、小型補給艦が離着岸できる港湾施設、弾薬・燃料庫などの兵站施設を設置する。
 第一列島線の外側の米増援部隊や米本土の戦力 (アウトサイド戦力) により、インサイド戦力を支援する。在日米軍基地の米軍戦力はアウトサイド戦力に位置づけられる。

NCND ( Neither Confirm Nor Deny)
 米国が同盟国へ核兵器を配備、持ち込む際に、核兵器の存在を肯定も否定もしないとする政策。実際にはNATO諸国へ配備されている戦術核爆弾の存在は隠していない。主として日本への核兵器の持ち込みに関して適用されていると思われる。

 図 2、図 3、図 4 は、海洋プレッシャー戦略、インサイド・アウト戦術を提唱する、米国防総省と関係の深い「戦略予算評価センター (CSBA) 」論文「THIGTENING THE CHAIN」からの引用。

 図 2 はインサイド・アウト戦術の概要を示している。点線で示す第一列島戦上の島嶼部にミサイル部隊と地上兵力 (水陸両用部隊) を配備し、その西側の海域に海上戦力、潜水艦戦力を配備、その東側の西太平洋上にアウトサイド戦力が控える。必要に応じて米本土 (図では CONUS と表記) から戦略爆撃機が中国本土を攻撃する。


2019年 CSBA 論文「TIGHTENING THE CHAIN :IMPLEMENTING A STRATEGY OF MARITIME PRESSURE IN THE WESTER PACIFIC」
FIGURE 4: INSIDE-OUT DEFENSE OVERVIEW
 
 
 図 3 は、島嶼部へ前進配備された陸上兵力の防護と攻撃に対する持久性を維持する方法を示す。赤色が敵軍、青色が米軍を表す。中国軍によるスタンド・オフ攻撃を受ける島嶼部配備の地上兵力が、移動やカモフラージュ、IAMD や警戒監視システムの下でのミサイル発射、兵站補給などを表している。

2019年 CSBA 論文「TIGHTENING THE CHAIN :IMPLEMENTING A STRATEGY OF MARITIME PRESSURE IN THE WESTERN PACIFIC」
FIGURE 6: MEASURES TO IMPROVE RESILIENCY OF INSIDE FORCES
 
 
 図 4 は、九州から琉球列島、フィリピンなど第一列島線上に配備を想定する短・中距離対艦・対空ミサイル、中距離対地巡航ミサイル (トマホーク) の射程を示す図。これにより中国本土へのミサイル攻撃や中国海軍戦力を阻止する作戦を遂行する。奄美大島を含む琉球列島へ配備されている陸自ミサイル部隊の作戦構想と重なる。

2019年CSBA論文「TIGHTENING THE CHAIN: IMPLEMENTING A STRATEGY OF MARITIME PRESSURE IN THE WESTERN PACIFIC」
FIGURE 5: OVERLAPPING COVERAGE OF GROUND-BASED SEA-DENIAL SYSTEMS
 
 
 図 5、図 6 の解説
 図 5 は、米海軍協会月刊誌「プロシーディングズ」に掲載された論文「ISLAND FORTS (島嶼の要塞化-井上仮訳)」の図である。丸印の位置に中距離ミサイルを配備する。地図上からは対馬、馬毛島、奄美大島、沖縄本島、宮古島又は石垣島、与那国島へ配備を想定していると思われる。これにより、中国海軍戦力を第一列島線の西側へ閉じ込める (西太平洋への進出を阻止する) という作戦構想。

     米海軍協会月刊誌PROCEEDINGS 2019.1「ISLAD FORTS :
     LAND FORCES HAVE VALUE IN AN AIR-SEA BATTLE」
     FIGURE1Possible Launcher Site Locations

 
 
 図 6 は、戦略予算評価センター (CSBA) の論文「LEVELING THE PLAING FIELD」の図である。INF 条約により中距離ミサイル保有をできなかったため、西太平洋地域での中距離ミサイル戦力で中国軍に圧倒的優位を許した米国が、INF 条約脱退後我が国を含む第一列島線上に地上配備中距離ミサイルを配備して、中国軍による台湾進攻を阻止するという作戦構想を提唱。
 グアム配備ミサイルは、中国本土の内陸部にある中国軍衛星攻撃基地を標的にし、沖縄本島や先島へ配備されるミサイルは、中国本土の宇宙監視施設や台湾へ侵攻する中国揚陸部隊を標的にしている。

2019年 CSBA 論文「LEVELING THE PLAYING FIELD :REINTRODUCING U.S. THEATER-RANGE MISSILES IN A POST-INF WORLD」
FIGURE 7: THEATER-RANGE MISSILES IN A POTENTIAL CONFLICT WITH CHINA
 
 
 図 7 の解説
 PHP 総研雑誌「VOICE」掲載の論文「日本の『抑止力』とアジアの安定」(岩間京子、村野将著) の中で「日本が保有すべき打撃力の在り方」として示す図。潜在的な標的となりうる中国軍の軍事施設・重要拠点 5 万か所のうち、約70%が沿岸から400キロ地点以内に集中しているとして、日本が射程2000キロの弾道ミサイルを持てば、これらを射程に収められと説明する。政府、自民党が検討している敵基地攻撃能力を理解するうえで興味深い図である。

   2021年 9 月 PHP 総研 Voice 論文「日本の『抑止力』とアジアの安定」より

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