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連載 石田雄 ― 軍隊体験者が次の世代に遺したいこと
第1部 もう一度戦争を始めないために
第4回 持続的な平和的な生活を草の根から世界へ

寄稿:石田雄

2014年12月23日

幕末に開国してからの日本は、ひたすら富国強兵によって、先進帝国主義諸国に追いつこうと努力し、その結果は15年余りの戦争の後に敗戦に終わった。戦後は平和憲法の下で、経済成長によって先進諸国に追いつき、追い越すことをめざして、世界第二の経済大国となった。しかし、1990年代初めのバブル崩壊後は成長の鈍化と財政危機だけでなく、少子高齢化による構造的な危機に直面しているともいえる。

■愛国心は悪いのか

このようにして、日本社会はかつて持っていた自信を失っているように見える。今の若者はバブル崩壊後の「失われた20年」といわれるそうした状況を当たり前のものとして、受け止めている。そうした中、私と話しがしたいとやってきた高校生が、私が述べた愛国心強化への危惧に対して、「愛国心というのは悪いものなのですか?」という質問をした。それに対する私の答えは「日本の歴史の中で何を誇りとし、何を反省すべきかによる」というものであった。

平和憲法を持った日本は、70年近く自国の軍隊が海外で1人も殺すことがなかったということは誇ってもよいことといえるだろう。しかし、他方で1950年代の朝鮮戦争の特需で経済を復興させる足がかりをつかみ、1960年代から70年代にかけてのベトナム戦争の時にも直接戦闘には参加しなかったが、国内の基地が利用され、ナパーム弾の生産などで企業が利益を上げていた。その意味では、加害に荷担していたといわなければならない。それだけでなく、過去の戦争の被害者から現在に至るまで補償を求められているという形で加害者としての責任が問われている。

このような視点から見れば、こうした加害の事実を否定し、それを忘れないことを「自虐史観」として非難する形で排外的ナショナリズムを強めようとする愛国心ははなはだ危険だといわなければならない。また日本の自信喪失を再度の経済成長で克服しようとするのも見当違いの目標というべきだろう。なぜなら、GDPで日本を追い越した中国も、今日では格差の拡大など様々な困難に直面しており、経済成長をめざすことの限界は明らかになっているからである。

■成熟した社会の課題

日本だけでなく、少子高齢化に直面した成熟社会の課題は、もはや経済成長にはなく、持続的で幸福感を持てる社会の形成、維持ではなかろうか。自然環境を破壊し、地球温暖化を招いた従来型の経済成長を続けることは不可能であり、次の世代への責任を考えれば、許されることではない。スローライフが求められたり、幸福指標が注目されるようになったのもそれらが背景にある。

ダムのような灰色のインフラによるのではなく、森林の育成と里山再生による緑のインフラによる治水は、川が流れ込む沿岸の漁業の育成に役立つ。このような里山と里海を結ぶ自然再生による持続的発展がすでに現実的な構想となっている。

この新しい課題に答えるためには、これまでのように中央主導の効率中心の経済構造自体を改める必要がある。草の根から新しい構造を作り上げなければならない。それに取り組んでいる具体例として、財政危機と少子高齢化で自治体が消滅するのではないかという危機に直面した島根県隠岐の海士(あま)町を取り上げる。

存亡の危機に直面していた海士町は「地産地商」(地消ではなく、外に商品として出す)をめざし、サザエカレーや岩ガキ、隠岐牛というブランド商品を創り出すことで、産業振興に努めてきた。

■交流による活性化

とりわけ注目に値するのが若者活動家を外から入れたことである。「若者」「馬鹿者」「よそ者」がいれば、町は動くという山内道雄町長(2002年就任)の信念の下に、商品開発研修生を外から招いた。そのような様々な努力の結果、3年間で78世帯が増え、年間出生数も10人から15人に増加した。

そのほか町内町外半数ずつの小中学生によるアドベンチャーキャンプや未就労者の若者を招いた若者島体験塾などを開いた。これによって、外から呼び寄せた若者との交流を深めるだけでなく、人間力推進プロジェクトで真の豊かさを見つめ直した海士中の中学生が一橋大学で講義するという形で、島外に出て交流に努めている。さらに、外国人学生にホームステイをさせるという国際交流は、国境の島という意識にも支えられた試みである。

海士町の取り組みは課題先進地として、将来の日本が直面する少子高齢社会、成熟社会が直面する課題を先取りして、その解決の方向を見出そうとする努力にほかならない。それは同じような課題意識を持った有能な若者をひきつける魅力となり、そこで作られた若さと自然と人の絆が新しい希望を生み出している。こうして海士町は離島としての不利さを人の利によって、むしろ地の利に転じ、離島から日本を変え、さらには国外からの人とも交流することで、世界を変えようとしている。

■危機から希望へ

確かに今、私たちは戦争に向かうかどうかの岐路に立っている。その危機には長い歴史的な背景もある。それだけに、危機克服の課題は困難で重い。しかし、他面では、これまで見てきたように、その危機を乗り越えようとする積極的な要素もさまざまに存在する。主権者である私たちが何とか力を合わせて、この危機を克服し、平和志向の日本を草の根から創り出すことによって、世界のすべての人たちの平和的生存権を尊重する方向への流れを少しでも強めていけることを願っている。あとは強い意思と行動力でのみだ。(第1部完)

筆者近影

筆者近影

 

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