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【NPJ通信・連載記事】高田健の憲法問題国会ウォッチング/高田 健

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総選挙の結果と市民運動の課題 安倍政権の改憲戦略に私たちはいかに立ち向かうべきか

2015年1月4日

(1)総選挙の結果について 与党圧勝の幻影

総選挙の結果、改憲を狙う安倍政権の自公与党に衆議院で改憲発議が可能な3分の2を超える議席を与えたことは、大変残念な結果であった。

投開票の翌日、一部の新聞には「自公圧勝 325議席」(読売)、「自公3分の2超 圧勝」(産経)などの見出しが躍った。しかし、「圧勝」という評価はミスリードだ。少し冷静に考えてみれば、そうではないことがわかるはずだ。

確かに自民党は291議席を獲得したが、公示前から4議席減らした。公明党と合わせて326議席になり衆院の3分の2(317議席)を上回ったが、議席数は公示前と同数だ。民主党は62議席から73議席へと増加し、共産党は8議席から21議席へ、2・6倍の躍進だった。社民党は2議席の現状維持、改憲派が多い維新は42から41へ減(2012年総選挙では維新の会は54議席)、改憲派の次世代の党は19から2へと激減した。そして改憲派が主導するみんなの党は選挙前に自滅した。また沖縄県では4つの小選挙区すべてで自民党が敗北し、政府が進める米軍普天間飛行場の「県内」移設を拒否する民意が再び示された。こうしてみると、改憲暴走の安倍政権とその他の衛星政党は重大な後退を余儀なくされたことがわかる。

投票率は選挙区52・66%、比例区52・65%で、戦後最低と言われた前回からともに6・66%低下し、かろうじて半数しかなかった。得票率では自民党は比例区で33・1%、選挙区で48・1%(連立与党の公明党支持者の票が大量に加わっている)、率の増減の結果は多少ばらつくが、得票数では自公両党とも選挙区、比例区いずれも減少した。議席占有率は小選挙区では自民党は48%の得票で75%の議席を得た。あえて絶対得票率をいえば自民党の比例区得票数1760万票は全有権者の17%にすぎない。小選挙区でも24・5%だ。

決して人ごとのように言うつもりはないが「棄権」、「無関心」の増大は今日の政治に対する不信の表明だ。メディアの多くが「アベノミクス解散」などと喧伝しながら、選挙の序盤から与党圧勝の予測を報じた責任も大きい。投票日の翌々日には大手のメディアの編集委員・解説委員ら(読売、朝日、毎日、日経、NHK、時事通信、日本TVなど)が安倍首相と寿司屋で2時間半にわたって会食し、手みやげをもらって帰った事実も、この国のメディアの底深い腐敗を物語っている。

安倍首相は解散権を駆使して、前回総選挙からわずか2年という時期に、野党の選挙準備が整わないうちにとばかりに与党の最も有利な時期を選んで、不意打ち解散をやった。にもかかわらず現状維持以下の結果であって、一部メディアがいう「圧勝」はどう考えても言い過ぎではないか。

(2)争点を明確にして民意を問わなかった安倍政権の欺瞞的な選挙戦略

公示前日の12月1日、いくつかの市民団体は参議院議員会館で「衆院選・争点は『アベノミクス』だけじゃない」と緊急記者会見を開いた。会見には日頃から秘密法廃止、集団的自衛権・改憲反対、原発、TPP、雇用、沖縄などの諸課題に取り組んでいる市民団体の有志が出席し、安倍政権が企てている「争点隠し」を批判した。そこに参加した筆者も、同席した皆さんが取り組む諸課題とともに、安倍内閣の「戦争する国」への道を拒否することも重要な争点だと主張した。

なぜ私たちはこういう記者会見を開いたのか。

共同通信によると、菅義偉官房長官が11月19日の記者会見で、集団的自衛権の行使容認に踏み切った7月の閣議決定や、12月10日に施行される特定秘密保護法の是非は次期衆院選の争点にはならない、「いちいち信を問うべきではない」と発言し、「何で信を問うのかは政権が決める。安倍晋三首相はアベノミクスが国民にとって最も大事な問題だと判断した」などと述べたことへの抗議だ。

第2次安倍政権の2年間はこの国の前途に関わる重大な政策が、まさに議会での圧倒的多数の力を背景に強行された。総選挙で信を問うべきはこれらの問題だった。

しかし、安倍首相ら与党はこの総選挙を「アベノミクス選挙」などと呼んで「争点隠し」ともいうべき選挙戦術に出た。

選挙戦最終盤の12月12日、この衆院選を分析して与党支持派の「産経新聞」はいみじくもこう書いた。「(安倍首相は)全国遊説ではデフレ脱却に向けたアベノミクスの意義に多くの時間を割き、憲法改正を訴えることはほとんどない。与野党議員が、憲法改正をめぐり正面から論戦を挑む場面もなきに等しい。果たしてこれでよいのか。……自民党は、衆院選の政権公約(マニフェスト)では論点の明記を見送った。3分の2に手が届くまたとない好機に、あえて憲法論議に火をつけるのは得策ではないという判断なのか。昨年夏の参院選公約には、党の憲法改正草案に基づき「国防軍の設置」など10の論点を挙げただけに残念だ」と。朝日新聞の調査では、公示後74回の演説中、集団的自衛権という言葉を使ったのは、わずか13回で、後半戦の5日間は1度も使わなかったという。

安倍晋三首相は12月14日、テレビ番組の司会だった池上彰氏から「集団的自衛権のことはあまり触れなかったのではないか」と問われると、「そんなことはありませんよ。テレビ討論会でもずっと議論したじゃないですか」とむきになって反論した。

そして、安倍首相は15日、報道に対して、閣議決定した集団的自衛権の行使容認を含む安全保障法制の整備について「しっかり公約にも明記し、街頭でも必要性を訴えた」と語り、有権者の理解を得られたと強調し、「支持をいただいたわけだから、実行していくのは政権としての使命だ」と述べ、来年の通常国会で関連法案の成立を期す考えを強調した(12月15日、毎日新聞)。

この「説明した、理解が得られた」との安倍発言は大うそだ。集団的自衛権の問題は、産経や朝日が指摘するように安倍首相の街頭演説ではほとんど触れられることがなかった。実際、各種の世論調査でも集団的自衛権の行使に理解を示す回答は少数だ。

(3)「戦争する国」の実現を目指す第3次安倍政権

安倍首相による今回の抜き打ち解散の狙いが、明文改憲の着手まで射程に入れた長期政権の座の確保にあったことは疑いない。安倍首相の念願は、これによって「日本を取り戻す」ための「戦後レジームからの脱却」(歴史修正主義)をはかり、米国と肩をならべて、グローバルな範囲で「戦争する国」を実現することにある。そして、安倍首相は自らの任期中に明文改憲に着手し、歴史に名を残したいと切望している。その明文改憲は第9条からが無理であれば、緊急事態条項の導入と環境権などの加憲から始めてもいいと考えている。

自民党は総選挙で「この道しかない」というスローガンを掲げた。これは元祖・新自由主義のサッチャー元英国首相の「ゼア・イズ・ノー・オルタナティブ」(他に道はない)のキャッチフレーズの一周遅れのパクリだ。安倍首相はアベノミクスこそそれだと言いたいわけだが、サッチャリズムと同様に、すでにその破綻が各所で噴き出している。破綻が決定的になる前に総選挙を行い、3分の2議席を維持したかったわけだ。この点でのみ安倍首相は目論見をはたした。

自民党が小選挙区で手に入れた議席は公明党の選挙協力なくしてあり得ないものだ。自民党は過半数を遙かに上回る議席を確保したとはいえ、「戦争する国」の道に消極的な公明党と手を切ることができないという解のないジレンマを抱えている。第2次安倍政権で内閣法制局長官の首をすげ替えるという禁じ手まで使い、5月15日には安保法制懇の集団的自衛権行使の全面的な合憲化という答申を引き出しておきながら、7月1日の閣議決定では事実上は無限定だという指摘はさておいて、行使の「限定容認」というところに止まったのは自公連立政権を維持するための苦肉の策だった。

10月8日に決定した日米軍事協力の指針(ガイドライン)の再改定に向けた日米当局による中間報告は、安倍内閣が強行した集団的自衛権行使容認の「閣議決定」を「適切に反映」させるとして、「日米同盟のグローバルな(地球規模の)性質」を強調して、従来の周辺事態という限定を削除し、自衛隊の海外派兵について地理的制約を全廃した。そして平時から緊急事態まで切れ目のない協力を確保するとして「戦闘地域」での米軍支援も可能とした。

こうした閣議決定の具体化の日米合意は、公明党が容易に容認しがたいものであり、その後、日米ガイドラインの改定のスケジュールが難航し、戦争関連法制の改定・策定の作業が大幅に遅れている大きな要因もここにある。

国家安全保障会議(日本版NSC)体制の確立や秘密保護法の施行など体制面での「戦争する国」の準備が進み、軍事力の面でも頻繁にくり返される日米間などの合同軍事演習や、強襲揚陸艦、オスプレイの導入とヘリ搭載護衛艦などの配備、水陸機動団の準備など海外で戦争の出来る能力を備えた自衛隊づくりが進みながら、肝心の日米ガイドラインや戦争法制の制定が公明党との不協和音でつまずいている。

安倍晋三首相は衆院選の結果を受け、自公両党で改憲発議に必要な3分の2以上を確保したことを踏ま集団的自衛権行使容認の閣議決定に反対の声をあげる市民(2014年7月1日、官邸前 ?レイバーネット)え、「最も重要なことは国民投票で過半数の支持を得なければならない。国民の理解と支持を深め、広げていくために、自民党総裁として努力したい」と述べ、憲法改正に重ねて意欲を示した。

しかし、日米両政府は防衛協力の指針について、当初合意していた年内の再改定を来年に先送りすることを発表し、ガイドライン再改定は2015年の大型連休明けとなる見通しになった。その原因は日本側で集団的自衛権の行使容認を反映した安全保障法制をめぐる政府・与党内の調整が停滞していることだ。連立政権内に矛盾を抱え、米国との国際公約もあり、安倍政権は容易でない板挟みの事態に陥っている。

閣議決定に対応して見直しが必要な戦争関連法制の中には、(1)自衛隊法、(2)防衛省設置法、国家安全保障会議(NSC)設置関連法、(3)武力攻撃事態法、国民保護法、特定公共施設利用法、米軍行動円滑化法、外国軍用品海上輸送規制法、捕虜取り扱い法、非人道的行為処罰法、(4)周辺事態法、船舶検査活動法、(5)国連平和維持活動(PKO)協力法、国際緊急援助隊法、海賊対処法などなどがある。「国際平和協力」を目的とした自衛隊の海外派兵に関する立法は、従来は目的・対象を限定した時限の特別措置法で対応してきたが、新法(派兵一般法・恒久法「国際平和協力法・仮称」)の策定も実施する可能性がある。

渋る公明党を屈服させ、政府の思惑通りに連休明けに戦争関連法制が上程されるとしても、前途は容易ではない。10数本の重要法制の改正を伴う法制を「一括法」でやるという話が早くから出ているが、連休明けになると、通常国会の残り期間は約1ヶ月半しかない。会期の延長があったとしても、これだけの膨大な法案を処理するには、2013年末の秘密法強行採決の再現とならざるをえないだろう。審議期間の面でも、一括法案という法制処理の面でも、それが容認されるなら議会制民主主義を破壊する暴挙に他ならない。第2次安倍政権の序盤に立憲主義破壊の憲法96条改定論が浮上して大多数の世論に粉砕されたように、この暴挙は世論に火を付けることになることは明らかだ。

(4)私たちは安倍政権の企てに対して如何に闘うべきか

2013年の特定秘密保護法案に反対する運動は、その稀代の悪法の上程という事態が運動圏の人々を緊張させ、広範な共同行動を実現させた。東京でその中心を担った「秘密保護法」廃止へ!実行委員会には新聞労連、平和フォーラム、5・3憲法集会実行委員会、秘密保護法に反対する学者・研究者連絡会、秘密法反対ネットなどが、政党との連携の違いや労働組合のナショナルセンターの違いなどを超えて幅広く結集した。

つづいて安倍政権による集団的自衛権の憲法解釈の変更に危機が迫ってきていた2014年の冒頭からは、さまざまな団体が反対の動きを強めた。まず、大江健三郎さんなど文化人を呼びかけ人にし、平和フォーラムなどが軸になって、「戦争をさせない1000人委員会」が発足した。つづいて、5・3憲法集会実行委員会などに結集していた市民諸団体の呼びかけで首都圏の137の市民・民主・労働団体などが結集し、「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」が立ち上がった。5月末には全労連などを軸にして、共産党系の「戦争する国づくり反対!憲法をまもりいかす共同センター」が再編・再発足した。このいずれもが2014年の通常国会・臨時国会の時期に於いて、安倍政権の暴走に反対する大きな運動を形成する母体となってきた。そして、これらの諸ネットワークは出自や経過から来る違いを乗り越え、中央段階でのとり組みで次第に共同行動を強め、その積み重ねの上に2014年末には「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」を結成した。この総がかり行動実行委員会は、第3次安倍内閣の下での2015年の通常国会で、ガイドライン改定や戦争関連法制の策定に反対する連続的な国会行動や、新聞意見広告への共同のとり組みなど、従来の枠を超えた大きな展開を準備しつつある。また、5月の憲法記念日には「戦争・原発・貧困・差別に反対し、憲法を実現する5・3大集会」(仮称)をさらに広範な諸運動と協力して、安倍内閣の暴走と対決しながら開催しようとしている。

これら運動圏の共同の努力は歴史的な意義があり、安倍内閣の戦争する国、改憲暴走の危険に対決するための、この数十年、実現し得なかった画期的な共同行動になりつつある。この総がかりの共同の運動を全国各地の草の根での共同行動の展開にまで押し広げることこそ私たちの課題だ。

この1年余の共同行動の形成の努力の教訓をあえていえば、大目的の実現のための共同で覇を求めないこと、1党1派のヘゲモニーによる「同心円」的な共同を目指すのではなく、さまざまな勢力の対等な共同(同円多心)のネットワークを実現することだ。その過程での真に運動の前進に有効なヘゲモニーは目的の達成に向けた誠実な努力の結果、付随してくるものだ。そして、この共同は個別課題の「1点共同」に限る必要はない。安倍政権の改憲暴走に反対するいくつかの課題を含む共同が成立するなら、それは歓迎すべきことだ。

たしかに安倍政権は国会での改憲発議することが可能なほどの議席をもっている。しかし、その帰趨を決定する力の根源はそこにあるのではない、国会外の民衆の力、この力こそがこの国を「戦争する国」にするかどうかの選択を左右する決定的な力だ。2014年に実現した広範な共同行動の態勢はその保障だ。この力が国会内で少ないとはいえ、改憲反対のリベラルな議員勢力を共同させ、安倍の道に抵抗し、阻止する院内のたたかいにも影響を与えることができるに違いない。

私たちはあきらめない。あきらめない限り究極の敗北はない。

その手段はなにか。この間の憲法改悪反対や脱原発の市民運動の中でリーダーの役割を担ってきた作家の大江健三郎さんは「私らに何ができるか、私らにはこの民主主義の集会、市民のデモしかないんです」(2011・9.19 明治公園の脱原発集会で)と言った。

中国の作家魯迅の短篇小説『故郷』(1921年11月)にも同様の記述を見ることができる。「思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」(ちくま文庫『魯迅文集』竹内好・訳)(「私と憲法」164号所収 高田健)

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