NPJ

TWITTER

RSS

トップ  >  NPJ通信  >  ワルシャワで想う「脆弱な花盛りの世界」

【NPJ通信・連載記事】色即是空・徒然草/村野謙吉

過去の記事へ

ワルシャワで想う「脆弱な花盛りの世界」

2023年7月31日

「戦争が廊下の奥に立つてゐた」渡辺白泉 (1939年)

―――――――――――――

 本年(2023年)5月30日から毎日快晴のワルシャワに滞在している。

 6月4日、1989年の共産主義体制崩壊後、50万人が参加したと言われる最大のデモがあった。

 外国人の私はデモに直接参加はしなくても、デモの歴史感覚を確認するために現場に行こうと思った。
が、なぜかホテルの部屋で、別の国の出来事であるかのようにぼんやりとテレビ画面を見ていた。

 デモには、かっての「連帯」の指導者・元大統領ワレサ氏や前欧州理事会議長兼元ポー ランド首相のトゥスク氏らが参加した。

 日本で2名の元首相級の人物が現政権批判のデモに参加することがありうるだろうかと、ふと思った。

Beata Zawrzel/Reuters.

 しかし1989年にポーランドの民主化を実現し、90年にポーランド大統領に選出されたワレサ氏も今は白髪の老人となった。 因みにトゥスク氏は令和3年 (2021年)、外国人叙勲で旭日大綬章を受章した。

 民主化以前の共産主義体制下、砂糖を手に入れるのも一苦労、悪質のガソリンのためか空気が臭くてやりきれなかった当時のワルシャワを経験している私は、もしデモの現場に行ったら、この国の名状しがたい複雑な歴史の流れに感じて涙が出たかも知れない。

 2022年2月24日、ポーランドの隣国である ウクライナへロシアが侵攻した。                     
そして、侵攻開始後の10日間で、ウクライナから105万人が国外に逃れ、そのうち最多の55万人がポーランドに入国したと言われる。(1)
 ポーランドの人口は約3800万人、ワルシャワ市の人口は約170万人だが、昨年4月時点で230万人のウクライナ避難民をポーランドが受け入れたとの情報もある。(2)
 隣国ウクライナの避難民230万人を、ポーランドは静かに受け入れていった。

 日本に突如、1万人の難民が中国や朝鮮半島からやってきたら、どうだろう。
 日本人は、隣国の困窮した避難民に、避難民の子供たちに積極的に援助の手を差し伸べるだろうか。

 1923年の関東大震災で、何か起こったか。
 日本の官憲主導の下に組織化された自警団らによって、それまで慎ましく暮らし ていたであろう朝鮮人、中国人、一部日本人を含めて数千人が虐殺された。
 この虐殺の方針を具体的に指示したのは、だれなのか。

 5月31日から6月14日までワルシャワに滞在したが、ロシア・ウクライナの紛争の影響で230万人の避難民をポーランドが “静かに” 受け入れていた、と感じたのは私の思い過ごしだろうか。 

* * *

 6月5日から澄み切った青空の下、ワルシャワ郊外のホリデイイン・リゾートホテルに滞在した。
 ここは、静かで平和な森の中のホテルであるが、ワルシャワ市内から車で約40分ほどの場所だ。

ホリデイイン・ ワルシャワ・ ユーゼホフの近くの川 (筆者撮影)

 6月8日はポーランドの聖体祭の祝日で、家族連れがホテルの近くの小さな川に訪れて、大人、子供、犬たちが思い思いに川遊びの休日を楽しんでいた。

 浅瀬の川はまだ冷たく、大人が水泳をすることはないが、水着を着た子供達は両親に目守られながら川遊びを楽しんでいる。

 川辺の木陰ではシーツを敷いて寝そべる人、トランプに興ずる家族など、ともかく自然の中に家族が静かに集う楽しみを味わっているといった風情である。

* * *

 ワルシャワの街のゆったりとした落ち着きは、ほとんどの住宅が豊かな樹木に囲まれて建てられているからだろう。
 そして、他の地域でもそうだろうがワルシャワでは、庭園はもちろん、一般家庭やホテルの部屋など、至る所に花が置かれている。
 いかにも観賞用に評価されるように飾られているのではなく、生活の一部として花があり、花自体も飾り気のない生活の花といった感じだ。
 
 しかし、ワルシャワの森と花のある生活空間の背後には、複雑な歴史的経験が重層していて、そのような前提でポーランド人の人間関係が育てられているようだ。

***

 どの国民にも特有の好悪の感情があるが、日本人は独特の好悪の感情で人間関係を維持しているようなところがある。そして、日本人の特殊な行動的判断は、山岳列島日本が地政学的に孤立的である歴史的基盤に由来しているように思う。

 沖縄の人々は別として、日本人一般に “戦争体験” がない。
 概して戦争体験とは、異宗教・異言語の外国兵が自分の国の市街地へ陸路で攻め込んでくる状況の歴史的体験である。

 そのような状況では、自国民を守るために兵士と市民が共闘して敵に対抗するから、軍隊は自国民を守ってくれる組織であることで国民に信頼されている。

 しかし、日本の歴史上、外国兵が大挙して日本列島に侵入し、主要都市に攻め込んできたような体験と記憶が、幸いなことに有史以来、日本人には一度もない。

 1274年と1281年の元寇 (蒙古襲来) も、当時の日本国民一般に “戦争体験” を与えていない。

 1600年、全国の主だった戦国大名が東軍と西軍に分かれ、日本の支配者が決まる「関ヶ原の合戦」は、濃霧の中一日で決着したという。異民族との戦いを基本とした易姓革命の中国ならいざ知らず、「関ヶ原の合戦」は「天下」分け目の戦いではない。           

 過酷で長期に渡るヨーロッパの戦争比べれば、当時の武士たちに兵站の重要性の認識はなかっただろうし、当時の国民にも“戦争体験”はなかった。

 1945年、米軍は広島と長崎への原爆投下し、東京大空襲では上空の爆撃機から焼夷弾を落下させたが、日本人は被爆体験はあるが  “戦争体験”  はない。

 そういう意味で、東アジア大陸に侵攻していった日本兵には、外地における “戦闘と殺害の体験”  はあったが、日本国内において自国民を守るために侵入してきた敵兵と戦った “戦争体験” はない。

 現在のワルシャワに住む戦後の若者たちにも直接の戦争体験はないが、ワルシャワの歴史とワルシャワの人々の深層心理には戦争体験が重層していることを現在でも感じることができる。

ワルシャワ市にある「無名戦士の墓」。常時、交代で警備員が直立している。(筆者撮影)

警備員の背後には常に「永遠の炎」が灯されている (筆者撮影)

 第二次世界大戦でドイツに占領され、そのあと再びソ連の共産主義体制の支配下にあったポーランドは、それ以前の歴史においても戦争に次ぐ戦争の歴史である。

* * *

 今回ワルシャワに滞在し、現在ホリデイインのホテルにいて、改めて日本人と異なるポーランド人のいわく言い難い濃密な家族関係を感じている。

 たとえば、離婚した男女が、それぞれ新しい好意を寄せるパートナーを得ても、子供のことなど何かの機会があれば一緒に食事をするような関係がポーランド人社会では認められているようだ。

 つまり、通常の家族単位を超えて、それを超えた広がりのある家族関係が国全体に生きているのかも知れない。

 そして樹木に囲まれた住宅に住む家族の生活に、本当によく溶け込んでいるのが犬との同居生活である。

 犬のいないポーランド人の家庭生活は考えられないといった感じである。
 東アジアやアフリカなどにおいて、犬が人間の家族の一員として生活している状況を寡聞にして知らない。

 孫と犬を中心に家族関係の価値観が共有されているポーランドの社会において、街中で全く面識のない二つの家族が会う機会があれば、孫と犬を話題に挨拶を交わし、本当に楽しく会話が弾む。

 日本でも犬をペットとして飼っている家庭は多いだろうが、社会全体が、子どもと犬に優しいわけではないだろう。犬を部屋に入れて良いホテルが、日本にどれくらいあるだろうか。

 今回、ホリデイインホテルに子犬三匹をともなって家族で滞在した。
 持参した犬用のペットシーツを部屋の片隅に置いたが、犬たちはマナーを常に守ってくれない。
 時々、部屋のカーペットのあちこちに大小の排泄物を落とし、大用は当方で適宜取り除くが小用はどうしようもない。ホテル側はこのことを前提としてペットを受け入れているから、なんの注意もない。

 ホテルのレストランでは入り口に子どもの色鉛筆と画用紙などの遊具が置いてあり、犬を連れてきても問題ない。
 ウチとソトを区別する日本の家屋と西欧の住宅の違いが影響しているのかも知れないが、ポーランドではとにかく子どもと犬に優しい社会を感じる。

 ポーランド航空の機内でも、ポーランド人の客室乗務員は子どもを見ると自然に笑顔になる。

* * *

 40年近い付き合いがあるポーランドであるが、なぜ今回、ワルシャワの人々の日常的家族生活について、特別な感想が湧いたのだろうか、と自分自身、訝しく思っている。

 なにか異様な思想が世界を覆い始めていて、今まで平凡だと思っていた家族という人間の絆の貴重な価値に敏感になっていたのかも知れない。

 おそらく、“夫婦と子供とおじいちゃんかおばあちゃんに加えて犬がいる” 平凡な家族生活の価値観、それが、なにか知れない大きな世界史的な人類設計思想によって脅かされようとしているように感じられるからだろうか。

 さまざまな外国の政府にも介入していくような深層の支配組織 (Deep State) が、国境を超えて (グローバルに) 、数十年にわたる長期計画のもとに地球的規模の再構築 (Great Reset) を目指している、というのは陰謀論なのだろうか。

 やがて世界自体の意味が、オーウェルの『1984年』でいう Oldspeak (旧言語) からNewspeak (新言語) に変換され、自然語がAI言語にとってかわられ、人間の脳細胞も設計されてゆくのだろうか。

 現在進行している特殊なグローバリズムは、金融主導の社会システムとして具体化された新自由主義であり、最近では  “一切を絡めとる資本主義  (Inclusive capitalism)  連合”  を推し進める リン・フォスター・ド・ロスチャイルド (エベリン・ド・ロスチャイルドの妻) とローマ教皇との協働がニューヨークタイムズ誌で紹介された。(3) 

 ロスチャイルド家とヴァチカンとは長く深い関係があるが、いよいよ表舞台に現れてきたのだろうか。
 ロシアの侵攻によるウクライナ紛争が、複雑なようで古典的戦争ビジネスに見えてくる。

 戦場化されたウクライナの国民と、前線に送られているウクライナとロシアの兵士たちを想う時、欧米の政治指導者たちや戦争に関わって利潤を得ている人々は、いったい平和を望んでいるのだろうか。

 どうしてヨーロッパでは、各国が愛の宗教を掲げながら戦争に次ぐ戦争をするのだろうか。(4)

 ワルシャワに滞在して、スピーカーの出す音楽の音もなく、大きな声を出す人もなく、小さな川辺に静かな安らぎを楽しむ普通の家族が、これほど限りなく愛おしく思えたのは生まれて始めてである。

* * *

 ポーランド出身のブレジンスキーは1972年、「脆弱な花盛り―日本の危機と変化  (The
Fragile Blossom: Crisis and Change in Japan) 」を出版したが、世界の大変革の中で、日本という「脆弱な花盛り」は、静かにナヨナヨと萎びていくのだろうか。

彼が指摘する「脆弱性」の根拠は、

 1. 日本の地政学的な位置
 2. (領土を含む) 直接統制下にある物的資産の不足
 3. 真の内的自信の欠如

である。
 1.と2. については物理的事実であるが、問題は 3.の「内的自信の欠如」である。

 「脆弱な花盛り・日本」の日本人は明治維新以来、東洋文明の意義を軽視し、西欧文明の情念の深い理解もないままに、「内的自信の欠如」を深く自覚しないままに、 「ジャパン・アズ・ナンバーワン (Ezra F. Vogel : Japan as Number One: Lessons for America, 1979)」に浮かれてしまったのではないか。

* * *

 この問題の直近の淵源は、明治維新期における、西欧における戦争の実態の無理解、神仏分離・廃仏毀釈、上面の一神教的政治理念の導入などに起因するだろう。

 それが「真の内的自信の欠如」の原因ではないのか。

 結果は、大学教育で、戦争の実体を深く学ばない、物事を歴史的に深く考えない多くの与野党の政治家たちが育てられてしまった。

 だからといって、西欧の政治が普遍的に優れているわけではない。
西欧先進国による世界の植民地の歴史は、おぞましい光景に満ち溢れている。

 それでも今日まで日本が発展してきたのは、徳川期までに築かれてきた日本の勤勉の伝統であり「和の心・曖昧の美学」のお陰である。

 「脆弱なる花盛り」は日本の光景であるが、一切は縁起的に連動しているのだから、実は世界全体が「脆弱な花盛り」のように見えてくる。

* * *

 明治維新以来、“戦争体験” の欠如した為政者らと彼らに指導された軍人たちと知識人らは、国民を守るための軍隊であることの基本的認識を欠如し、日清戦争を始め、日露戦争に関わり、「五族協和」の理想を掲げつつ、“アヘンに毒された満州” を支配し、日中戦争・太平洋戦争へ突入していった。

 子供と犬と、水と樹々を育んでいる郷土を、限りなく愛おしみ大切にすることが施政の根本ではないのか。
 そのための経済的安定ではないのか。

 金融的支配力自体が目的化した経済発展の典型的悪例が、西欧で高学歴の知識人たちによって築き上られてきた闘争史観にもとづく戦争経済である。 

 1939年、戦争が日本の家の「廊下の奥に立つてゐた」。

 2023年、自由と平等という二つの仮面を交互に被る妖怪が世界中のどこの家にも立っている、のではないか。

( 2023年7月18日・記 )
――――――――――――
(1)「3800万人の国に960万人が流入――ポーランドがウクライナ避難民受け入れに成功した理由」
「侵略開始直後、ポーランド避難民をめぐる状況は危機的となった。10日間で、ウクライナから105万人が国外に逃れ、そのうち最多の55万人がポーランドに入国した。ポーランドは官民挙げて対応に当たった。・・・だが、私が取材した範囲では避難民受け入れに大きな混乱は見られなかった。・・・クラクフの民間支援団体が運営する住居斡旋施設でも、多くのポーランド人学生がボランティアとして働いていた。至る所にウクライナ国旗が掲げられ……」
新潮社Foresight:執筆者:三好範英 2023年3月1日 
(2) 2022-04-12: Daily Caller: EXCLUSIVE: Poland Took In 2.3 Million Ukrainian Refugees.
(3) The New York Times ; CORNER OFFICE:The Mogul in Search of a Kinder, Gentler
Capitalism.
Lynn Forester de Rothschild, founder of the Coalition for Inclusive Capitalism, believes change
will come when hedge fund billionaires and Pope Francis work together. By David Gelles
/ May 15, 2021.
(4) 【NPJ通信・連載記事】色即是空・徒然草 (7)「なぜ、欧州では継続的に戦争が起こるのか」

 

こんな記事もオススメです!

米中露三大軍事大国に囲まれた日本ー「1984年」の全体主義世界における日本の立場 ー*

馬鹿げたウォーゲーム

防衛力抜本強化予算 = 5年間43兆円を上回る軍拡の兆し

国立大学法人法成立 : その先に見える景色と私たちの課題