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【NPJ通信・連載記事】ビーバーテール通信―カナダから考える日本と世界―

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ビーバーテール通信 第17回
 ガザの虐殺に手を貸さない
   ―北米の大学で広がる反戦キャンプ

2024年5月9日

 イスラエルによるガザ攻撃を止めるために、北米の大学で「エンキャンプメント」
(encampment)と呼ばれる抗議活動が広がっている。4月下旬からアメリカ各地の大学構内で、学生たちがテントを張って野営を組み、泊まり込みで戦争に反対し始めたのだ。

イスラエルの軍事行動に抗議する学生たちが占拠するビクトリア大学の一角。30余りのテントが張られていた = 写真はいずれも2024年5月4日、カナダ・ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリアのビクトリア大学で
(撮影はすべて溝越賢)

 2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃への反撃として始まった戦争は、ガザが壊滅的な打撃を受けて人道危機に陥り、死者が3万4千人を超えても、終わる気配がない。その多くが民間人で女性と子どもであることは、国際法で禁じられた「ジェノサイド」(特定の集団に対する大量虐殺)に限りなく近づいている。これを書いている5月5日現在、イスラエル政府は戦火を逃れてきた約120万人が密集しているガザ北部の町ラファへの地上攻撃を公言している。戦争が始まって以来、停戦を求める集会やデモをキャンパス内外で開いてきた学生たちは、大学を、世論を動かそうと24時間の座り込みを決めた。コロンビア大学、ニューヨーク大学、ハーヴァード大学、イエール大学、シカゴ大学、スタンフォード大学、カリフォルニア大学ロサンジェルス校(U C L A)、テキサス大学オースティン校、ノースカロライナ大学チャペルヒル校、ペンシルヴェニア大学、ノースウエスタン大学など、44以上の大学で、色とりどりのテントが立ち並び始めたのだ。

 この学生たちの同時多発的な運動は、カナダでも瞬く間に伝播した。トロント大学、ブリティッシュ・コロンビア大学、マギル大学、そして私が勤めるビクトリア大学でも、春学期の試験期間が終了すると同時に、反戦キャンプが一夜にして立ち現れた。ビクトリア大学の図書館前の芝生の広場にテントが設営されて3日目の5月4日、若者たちに会いに行った。

学生たちがテントを張るのは、ビクトリア大学の中央部にある芝生の広場。後方に見えるのは図書館

 学生たちが自分で名付けた「People‘s Park UVic」には、1―2人用の小さなテント30ほどが肩寄せ合っていた。周囲は木枠を並べた低いバリケードで囲まれ、ダンボールや布に書かれた様々なメッセージが目に飛び込む。「恒久的な停戦を」「パレスチナに自由を」「カナダはジェノサイドに加担している」「フェミニストはパレスチナとともに立ち上がる」「先住民族学生はパレスチナを支援する」

 5月のビクトリアはまだ薄ら寒い。その日は朝から一雨降ったので、学生たちも何となく寒そうにキャンプ内のあちこちで話し込んでいた。「受付」と表示してあるテントにいる人たちに声をかけると、すぐに「メディア担当」の一人を呼んで来てくれた。近くには医療用のテントもあって、役割分担が決められているようだ。

 私は4年前に、よく似た経験をしたことを思い出した。B C州の先住民族ウェッツンウェットゥンの居住地域を通過するガスパイプラインの敷設に反対して、カナダ中の先住民族の人たちが鉄道線路のあちこちを占拠する運動が展開された。当時、オンタリオ州キングストンに住んでいた私は、近くでモハーク族の人たちが線路上に構えたキャンプを訪ね、この連載で報告した (第3回シャットダウン・カナダ)。あの時もテントが張られ、人の出入りが管理され、参加者が役割を分担する自治空間が生まれていた。

 運動の形態だけでなく、歴史的にもパレスチナの置かれた状況は、土地を奪われたカナダの先住民族の状況と重ね合わせてよく語られる。第3回で述べたセトラー・コロニアリズム(settler colonialism, 入植者植民地主義)の問題だ。カナダの先住民族がヨーロッパからの入植者たちに徐々に土地を奪われ、やがて入植者たちがつくったカナダ政府によって「リザーブ」と呼ばれる先住民族区域に押し込められて隔離されたプロセスは、1948年のイスラエル建国によって故郷を追われたパレスチナの人々とまったく同じではないが、類似する。元々暮らしていた土地から武力によって追い払われ、「劣った人種」として境界線を引かれ、現在もセトラー社会との途方もない経済的な格差に苦しみ、移動の自由や教育、就業などの権利を奪われている現状は、何より一致している。

 ビクトリア大学は先住民族との関係を改善し、教育内容も先住民族化する(Indigenization)方針を掲げているので、授業でも先住民族の知識を取り入れたり、先住民族の教育法に学んだりすることが奨励されている。そのためか、学生たちもガザ攻撃を2023年10月7日に始まった問題ではなく、1948年のイスラエル建国やその後国境を接するアラブ諸国と繰り返された中東戦争、あるいはそれ以前にさかのぼってイギリスの委任統治やユダヤ団体との密約から生み出された問題として理解している人が多い。

 私自身も授業で、イスラエルがユダヤ人とパレスチナ人を区別する身分証明制度を持ち、国際法に違反して占領しているヨルダン川西岸地区(West Bank)にコンクリートの壁や検問所を設置してパレスチナ人の移動を阻害してきたことを、監視社会や国際犯罪の視点から取り上げてきた。イスラエルのパレスチナ人抑圧政策は近年、国連でも「アパルトヘイト」と呼ばれている。南アフリカの白人入植者政府が黒人を弾圧してきた悪名高い人種隔離制度は、1990年代に地球上から消え去ったはずが、イスラエルで再建されていたのだ。このことは、なぜアパルトヘイトを経験した南アフリカが昨年末、イスラエルがパレスチナ人に対して虐殺を行っているとして、国際司法裁判所(オランダ・ハーグ)に訴え、即時停戦を求めたのかと深く関係している。

 キャンプの周りに張り巡らされたメッセージの多くに、カナダの先住民族とのつながりが読み取れるのは、カナダの大学の特徴かもしれない。「タートル・アイランド (カナダの先住民族名) からパレスチナまで 占領は犯罪だ」一際大きく書かれた訴えの意味するところは、この歴史的な背景を知らないと分かりにくいだろう。だが、現在もグローバルな規模で続行する植民地主義の不正義を知らせたいという願いがこもっている。

 メディア担当の女性は、パレスチナ出身の学生がインタビューに応えるが、今は少し疲れているので、午後に出直してもらってもいいか、と私に尋ねた。昨日は大学側がキャンプに対して大学の管理規定に違反するのでテントを撤去するようにと通知し、大学のセキュリティー要員と思われる人物が図書館の屋根の上からキャンプを偵察していたという。キャンプの周辺は静まり返って平和そのものだが、監視の目は日に日に厳しくなり、体を張って泊まりこんでいる参加者たちの緊張は高まっているようだ。

 アメリカでは先週から、知性で名をはせる有名大学がキャンプを撤去するために警察を構内に入れ、力ずくの逮捕が始まった。ニューヨーク市警はコロンビア大学で100人以上を逮捕し、テキサス大学では警棒を下げた警察官が座り込みの参加者たちを捕まえては警察車両に押し込み、ペッパースプレーやスタン手榴弾を使用して支援者たちを追い払った。U C L Aではイスラエルの支援者たちがテント村に押しかけて対立したため、大学がキャンプに解散を要求し、拒否して残った200人が逮捕された。女性と子どもが大量に殺されている残酷な戦争に、いても立ってもいられず平和的に抗議しただけで、5月3日までに全米で2300人以上が逮捕された。それだけでなく、コロンビア大学は参加した学生の卒業を許可しなかったり、停学処分にしたりする場合もあると脅している。表現の自由の王者を自負する米国で、学問の自由を掲げる大学がここまで過剰な弾圧をすることに、新聞などで批判の声も上がっている

 カナダでも、マギル大学がモントリオール警察に介入を依頼し、物議を醸している。一方で、マギルの学生二人がキャンプ村の存在によって身の危険を感じるという理由で、ケベック州の裁判所に介入を求めたが、裁判官は身の危険が証明されていない、として訴えを退けた。

インタビューに答えるパレスチナ出身のマースさん。監視を避けるために、サングラスとマスクで撮影に応じた。「日本の人にも学生たちの抗議のことを知ってほしい」と話した

 私が午後にテント村に出直すと、「マース」と名乗るパレスチナ出身の若者がインタビューに応えてくれた。ビクトリア大学政治学部の卒業生で、昨年10月から停戦を求める運動に参加しているという。「自分たちは大学がイスラエル軍の支援につながる事業から手を引くようにずっと求めているけれど、大学側の反応は乏しい」と残念そうに語った。学生たちはビクトリア大学が、イスラエル軍の潜水艦や戦艦を長い間製造してきたティッセンクルップ海洋システム社に研究スペースを貸与していることを突き止め、貸与をやめるように求めている。ティッセンクルップは、軍需産業で有名なクルップ社が、同じくドイツの重工業コングロマリット、ティッセン社と1999年に合併して発足し、造船会社を買収してつくったのが子会社・海洋システムだ。またロッキード・マーティンやボーイングなど主要な軍需産業に投資する資産運用会社ブラック・ロックや、地上戦の武器やドローンを製造するイスラエルの軍事電子技術会社エルビット・システムズに投資するスコシア銀行との関係も断ち切るように要求している。

 社会的な問題をつくりだす企業への投資をやめることは「divest」(investの反対語)と呼ばれ、各大学のキャンプ・コミュニティが掲げる要求としてほぼ共通している。この場合は戦争を止めるために、戦争から莫大な収益を上げている企業への投資をやめることだが、気候変動をくいとめるためなら石油会社との、児童労働をやめさせるためなら衣料メーカーとの取引関係を断ち切るよう、大学や政府に求める運動は幅広く取り組まれている。実は日本の学生たちも、子会社を通じてエルビット・システムズと協力関係を結んでいた伊藤忠商事に取引の停止をはたらきかけ、伊藤忠は今年2月に関係の終了を発表している。投資の引き上げは、虐殺に手を貸さない、貸させないための有効な手段なのだ。

 マースさんは私に、イスラエルの違法占領をやめさせ、パレスチナに恒久的な平和をつくるための「B D S」を教えてくれた。私は最初、Kポップの人気グループのことかと思ったが違った(私がそう言うとマースは笑った)。Boycott (不買)、 Divestment (投資の取りやめ)、 Sanction (制裁)だ。「大学はティッセンクルップ海洋システムへのリースを終了せよ」「大学はガザの学校を爆撃することに資金を提供している」といったキャンプ周辺のメッセージは、このことを指していたのだ。

テントの周囲はパレットと呼ばれる荷物運搬用の木製の台で囲われ、抗議のプラードや横断幕が掲げられていた

 People‘s Park UVic の若者たちは、大学側との公の対話を求めている。「自分たちは、大学がいかに戦争に加担しているかを人々に知らせるためにここにいる。大学はそれを学生や親たちに知られたくないから、キャンプの撤去を求めているのだと思う」とマースさんは話した。対話の閉ざされた社会は息苦しく、よりよい未来を、特に若者たちが生きたいと思う未来をつくる機会を封じてしまう。国際司法裁判所の勧告を無視してイスラエル政府がガザで続行する虐殺を止めるために、学生たちはなんの見返りもなく、ただ全身で異議を申し立てている。この知性と行動力を、警察の暴力で封じるのが教育者の仕事だとしたら、大学の意義はいったいどこにあるのだろうか。

〈了〉

 

【プロフィール】
小笠原みどり (おがさわら・みどり)
ジャーナリスト、社会学者、元朝日新聞記者。
アメリカの世界監視網を内部告発したエドワード・
スノーデンに2016年 5 月、日本人ジャーナリストと
して初の単独インタビュー。
18年、カナダ・クイーンズ大学大学院で監視研究
により社会学博士号を取得。
オタワ大学特別研究員を経て、2021年からヴィクトリア大学教員。
著書に『スノーデン ・ファイル徹底検証 日本はアメリカの世界監視システムにどう加担してきたか』(毎日新聞出版) など。

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