【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭
ホタルの宿る森からのメッセージ第29回「虫さん、こんにちは(その3)」
▼「猛襲」とも思える虫の群れ
熱帯林には、邪悪で、グロテスク、巨大で、けばけばしく、あるいはエキゾチックな昆虫がいるはずだという固定観念。おまけに、多くの昆虫は毒や病原菌をもっていて、虫に刺されるだけで恐ろしい風土病のようなものにかかるのではないかという先入観。
確かに森の中では、虫の数はすごい。ときに“猛襲”を受ける。蚊だけではない。われわれに不愉快な思いをさせる虫の種類も多い。ミツバチ、ハリナシバチ、フィラリエバエ、ツェツェバエ、チョウにシリアゲアリ、そしてブユ。ものを調理している最中にミツバチ、汗をかけばこれまたミツバチやハリナシバチの大群。そして、水場に行けばブユ。キャンプ地で座っていればさまざまな種類のアリの大群。ウンモー、何かオレが悪いことしたかよ!とついどなりたくなる。
しかし思い当たることは当然のことながらない。たった一つのことを除けば。それはわれわれが森へ「侵入」していること。だから仕方ないのだ。この森で生きている彼らはわれわれに嫌がらせをしているのではない。森の中に侵入してむしろそこの野生生物に不愉快な思いをさせているのは、逆にわれわれ自身なのだということは忘れてはいけない。だから、彼らも襲ってくる。
とはいえ、我慢の域を超えそうな昆虫もいないわけではない。そのとき、それをどう受け止めるのか。
▼サファリアリ
褐色のアリ。大きい兵隊アリで最大長1.5cmくらい。しかしひとつのグループは大群をなす。その縦隊列はいつまで見ていても終わりがみえない。一説によると数百万という個体の集まりだ。兵隊アリが守る中、働きアリが幾万と移動していくのだ。肉食の凶暴なアリである。死肉あさりだけでなく、生きている小形動物も集団で殺すことがあるという。大群で襲い、窒息死させ、その死体を食べるというのだ。
もちろんわれわれもサファリアリの猛襲を受けるときがある。ひとつは森を歩いているときうっかりこの縦隊列を踏んづけてしまったら大変だ。このアリは集団で縦隊列を作って移動しているとき、その列の両側に少しずつ間隔を置きながらまんべんなく兵隊アリが、鋭い鎌を上に向けながら微動だにせずに立ちはだかっているのだ。列の防護である。その間を働きアリがせっせと移動する。もしその縦隊列を妨害する何かがあれば、兵隊アリが直ちにその異変に気付きそちら方向へ出動する。すさまじい統制力と軍事力を持ったアリといえる。
怒った彼らは隊列を乱し右往左往し、こちらがぼやぼやしているとあっという間に足から頭へとからだをよじのぼってくる。途中で痛さに気付く。その咬まれた痛さは尋常ではない。兵隊アリの鋭い口で噛まれているのだ。それでやっとその場を走って去らなければならないことを悟る。当たり地面一体は、何百万ものサファリアリの海になっているからだ。髪の毛の中に入られると厄介だ。強烈に痛い上に一匹一匹取り除くのに苦労する。とにかく兵隊アリの顎の力はすごい。服の上を噛んだ個体は気付かなければ翌日まで服についたままだ。一度噛んだら容易に離さないし、ちょっと払いのける程度では離れない。無理矢理皮膚から放そうとすれば、哀れなアリは胴体と頭で引き裂かれるだけで、なおも、頭部の顎の部分は強く噛み続けているのだ。何たる生命力!
サファリアリによるもうひとつの猛襲で気をつけなければいけないのは夜だ。肉食のアリであるので、おそらく村や森のキャンプ地で使っている食用油のにおいで寄ってくるのだろう。
特にテントで就寝中は要注意だ。テントで寝ていると、テントのフライがパチパチいっている。雨かなと思う。しかしここでテントのチャックを開けてはいけない。ましてやテントの外に出てはいけない。そのころにはキャンプは散開している大群のサファリアリに襲われているからだ。パチパチという音は、兵隊アリがテントのフライを噛もうとしている音なのだ。うっかりテントのチャックに隙間があるとそこからテントの中に大量のサファリアリが侵入してくる。そうなるともはや眠るどころではない。だれかほかの人がテントの中のアリに気付いてテントの外へ出ている。真夜中の熱帯林のど真ん中で、すぐさま「助けて~」と悲鳴が上がる。地面に散開していた兵隊アリがその人のからだのつま先から頭のてっぺんまで噛み付き始めたのだ。どうかご用心を!
圧巻はそうした猛襲後の翌朝だ。もう地面のサファリアリの数はだいぶ少なくなっている。なんとか地面を歩ける。ところが鍋の回りにはまだものすごい数のサファリアリが徘徊している。とりわけ前夜の残りものである脂っこい料理の鍋には密集している。よく見ると、鍋の隙間から大量の数のアリが鍋の中に侵入している。油を使って作ったわれわれのおかずの残りを食べようとしているのだ。
しかしどうやって鍋の中に入るのか。鍋の表面は丸みを帯びてつるつるだし、どのようにして鍋の上のほうまで這い上がれるのだ?しかしなんと彼らは、自分らで地上から鍋の入り口まで「はしご」を作っているのだ。一匹一匹が地上からからだをつららのようにつなげていった20cmほどの「アリはしご」。そのはしごの上を鍋侵入部隊が通り鍋の中に入っていく。驚異的であるとしかいいようがない。
対処の方法は簡単である。森の中でサファリアリの縦隊列に出会ったら極力避けること。キャンプではできる限りあぶらっこいものを地面にたらしたりしてにおいを撒き散らさないこと。油を使った料理の入った鍋は寝る前に大きなビニール袋などで鍋ごと包んでおくか、きっちりと油がとれるまで最後まで洗いきること。噛まれたらあわてず一匹一匹とっていくこと。またズボンの裾から服の中に入りやすいので、慣れていなければなるべく靴下をズボンの裾にかぶせて森の中を歩くなどの用心をすること。テントのチャックはきちんと閉めてから寝ること。テントのフライにパチパチ音がしても、しばらく様子を見てサファリアリかどうか状況を見極めることなどなど…。
▼シロアリ
種類は多い。しかし、とくにわれわれに積極的に攻撃してくることはない。すでに述べた通り、キャンプ生活で注意すべきは、テントの底で活動する小型のシロアリだ。放っておくとテントの底を食い破られてしまう。もうひとつはキャンプや基地の簡易家屋に使っている細い丸木だ。年月がたつとだんだん内部が腐ってくる。たいてい小型のシロアリにやられている。定期的にチェックしないと、その丸太が突然折れて小屋がつぶれることもある。
大型のキノコシロアリは、兵隊アリが1.5cmくらいの長さがあり、頭は兜をかぶったような固い部分に、大きな鎌がついている。そのあとのお腹の部分は柔らかい。働きアリはその半分くらいの大きさである。そのアリ塚は通常はせいぜい高さ数m、底の直径が数m程度の大きさの塔型である。ところが驚くべきは、ときにばかでかいアリ塚を作ることがある。森の中で台状になった丘のようなところがたまに見つかる。高さ5mを越し、台状になった丘の上は4~5人がテントを張り炊事もするといったキャンプ生活を十分にできるほどの大きさだ。シロアリが、熱帯林の生物の中で、最大級のバイオマスを持つゆえんである。ちなみに、こうした台状の巨大シロアリ塚はけっこう斜面が急であるので、ゾウに出くわして逃げるときには、格好の逃げ場所ともなる。
しかし、考えてみるに、シロアリが森の植物を分解し土に帰す重要な役割を果たしている一方、死肉あさりのサファリアリは動物の死体をこれまた森に帰す役目を担っている。どちらも、森には欠かせない存在だ。それが、あくまで人間の視点のみで不快な生き物だと騒いでいるわれわれは、いったいどれだけ、森の生態系の維持に貢献しているというのか。否、その負の影響を与えているばかりなのではないか。
そう思えば、われわれが、サファリアリやシロアリに文句をいう筋合いはない。(続く)
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