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【NPJ通信・連載記事】エッセイ風ドキュメント 新しい日本の“かたち”を求めて/石井 清司

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エッセイ風ドキュメント 再開第5回
-日本はどんな国だったか-「今日も金魚売りの声」

2015年5月9日

記憶、特に幼少年のころのものは脳裏に映像の残片とともに街の物売りの音、声が残像する。貴重な生の痕跡が脳に音声を刻む。古蹟の残証をかすかに。そう、生の初期のかすかな手掛かり。父も母も残影さえ失われているのに。脳をたぐれば確とそれが浮かぶ。

金魚売り。キンギョエーキンギョ。朝まだき、とおくに鰯しこーいわし。金魚屋は四輪の細ながい屋台車の先に躰を入れ、躰を前のめりに掛け、車の重い重心の前進の勢いを利用して一歩一歩ゆっくりゆっくり大股で前のめりの体勢で進んでいく。キンギョエーキンギョ。子供たちの心にその声はしっかり届く。

「うちはいいの。水の入れかえをちゃんとやらないから金魚死んじゃった。」赤い金魚が白い腹を上にして浮いていた。エサを投げると大きな口でパクリと食べていたのに。町の縁日の道路に並べた金魚槽にあふれるほど泳いでいた大中小のなかから、薄いすくい紙ですくい紙が破れるまでとれた。金魚があばれると破れおわり。家で大切に飼ったのに。金魚の糞もとってやらなかったし水も替えてやらなかったし。

「面倒みないならもう買ってやらない」

でもあの立派なひれの王様金魚は欲しかった。高いからだめだった。ただだから小川でめだかを3つすくって金魚といっしょにした。おたまじゃくしも1匹入れた。うしろ足が出ていた。どうやって蛙になるのか見てみたい。

ぎもん。水すましは足が水についていないように走る。足はぬれているのかどうか。

とんぼが水たまりに飛びながら尻尾の卵を上手に何べんもすりつけて入れていた。ジャンプしながら。たまごがとんぼになり水たまりから飛び立つところを見たことがない。

朝早くいわしを買って神奈川県の大山の下の小田急線伊勢原町の一本道を下粕谷の家までひとりで届けるのがぼく少年の役目。物の無いころ生の魚をその日のうちに食べられるのは山や野原や畑のいなかにはめったにないぜいたくだった。少年は東京大森でそれを買って届ける役で大役だった。新宿駅から小田急線で厚木、愛甲石田、伊勢原と遠い冒険の電車旅行だった。

少年は79才になった。金魚売り屋の声がタイムテーブルの扉のチャイムになった。

竿(さお)の売り声はサオエー。錠前屋の合図は、天秤棒の中央を肩にバランスをとり両端に箪笥を吊け格段に金具の大きな錠前を沢さん掛けてぶら下げ、一歩一歩歩くたびにそのぶら下がった沢さんの錠前が音を揃えてガチャンガチャンとリズムよく鳴る。錠前屋が来たのがわかる。

トーフ、トーフ。あめ色のラッパを吹き、ラッパもトーフ、トーフと鳴った。自転車だから「トーフ屋さーん」と大声で追い掛けないと間に合わない。物売りの声と音がいつまでも淡い少年だった自分を呼び出す。脳の接続はまだ大丈夫だ。

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