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【NPJ通信・連載記事】音楽・女性・ジェンダー ─クラシック音楽界は超男性世界!?/小林 緑

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音楽・女性・ジェンダー ─クラシック音楽界は超男性世界!? 第52回
女性作品による音楽史教科書・譜例集はあり?
歴史教科書検定に絡み、改めて考えてみました

2015年8月3日

このところ。各地での中学校歴史教科書の採択決定が、次々報じられている。

先月末、終了間際になった地域図書館における展示に滑り込み、噂に高い候補教科書をいくつか実際に手に取ってみたことも手伝って、この件にはこれまで以上に神経質にならざるを得ない。7月28日付けの東京新聞・特報面にも「育鵬社教科書じわり拡大」の大きな見出しが…!世界に出すのも恥ずかしい現首相の写真を何度も掲げる半面、原発事故や沖縄、そしてもちろん慰安婦問題はスルーというこの教科書―「教科書」などと呼べる代物ではまったくないのだが―の非については、これ以上私ごときが口を差し挟めるものではない。

今回、この教科書問題にあえて踏み込んだのは、問題の育鵬社版などと並んで置かれていた『学び舎・中学歴史教科書―ともに学ぶ人間の歴史』について、なんとしても触れたかったためである。なにより、これがあの悪名高い「検定」を突破できたこと、それをまず最大限に喜びたい。出版元は上記した学び舎、販売元は青木書店である。私は運よく筆者のおひとりから直接買わせていただけたのだが、普通の書店での購入はなかなか難しいとのこと。全6部構成、300頁を超える本書、美しいカラーの貴重な図版や周到な年表も数多く織り込まれてある。キャッチ・コピー通り「こんなに歴史はおもしろい!」を実感させる本書が、ひとりでも多くの方の目に留まるよう、願わずにいられない。

それにしても、このご時世にこのような歴史教科書が実現できたとは…現場の教員として実地経験を積み上げた24人の執筆者を始めとする関係者のご努力と労に、心からの感謝と敬意を捧げたい。実を言えば私は、まだきちんと読み始められずにいる。けれどA4型の箱に教科書本体とともに収められている冊子「この教科書を読み解き、深く理解していただくために」に寄せられた横山百合子さんの推薦の言葉をお読みいただければ、本書への期待がいや増すわけを、すぐにもご理解いただけよう。

「…全体の約半分にあたる64項目を近現代史に割いていますが、そのなかで女性について言及がないページはわずか5項目。前近代においても…初めての留学生は尼であったこと、多種多様な職業をになう中世の女性たちの姿、一揆に立ち上がる女性など、どの時代においても、働き、学び、暮らし、憩う女性たちの姿が鮮やかに浮かび上がってきます。現在の高等学校日本史教科書でさえ、女性についての記述は全体の3%に満たないのが現状です。歴史の半分を支えた女性の姿を、事実に基づいてこれほど豊かに躍動的に描く教科書の登場は、初めてのこと―中学生だけでなく大人にとっても、読み応えのある教科書です。」

全文を引用したいところだが、とりあえず結びの部分のみご紹介した。筆者横山さんが国立民族歴史博物館の要職にあるからこそ、の着眼点であろう。まさに“わが意を得たり!”人類の半分である女性を、存在しないもののものごとく扱ってきた学問や歴史って、なんなの?…誰しもがごく当たり前に抱くはずのこの疑問が、ようやく日本の中学校教科書で解消に向けた一歩が踏み出された…こう言ってしまいたいほど、この学び舎版には女性やジェンダーの視点が豊かに盛り込まれているのである。

さて、音楽史から無残にも隠ぺいされ続けている女性の作曲家たちを可視化して、その作品を実際に聴いてもらうことをライフ・ワークとしている私にとっても、音楽の「教科書問題」は実に悩ましい。ただ、この場合は中・高での「教科書」ではなく、音楽大学での『音楽史』と題する授業で使われる参考書を念頭に入れていることを、まずはお断りしておく。定年退職するまで30年以上の間、その担当教員であった私は、「女性作曲家」の存在をはっきり認識するようになる前からこうした科目には疑問符を抱き、できれば逃げ出したい‼という心境を何とか抑えつけてきた。そもそも「西洋音楽史概説」「音楽通史」などという講義名が、おこがましい、というか滑稽に思えてならない。パートナーがせっせと購入してくる海外新譜音源に毎日触れていると、問題の「音楽史概説」では名前すら記されていない作曲家や作品が次々と湧き出てくるからだ…まさに、授業で扱っているのは大海原の砂の一粒一粒でしかない、音楽の史的全体像とは、いわば膨大無辺の海にも等しく、どれほど優秀な人間をもってしてもとても捉えられるはずがない、という確信をますます強めている。だから毎年初回授業では必ず、「これから話すのは、私の個人的観点による、“小林版”音楽史ですからね」と念押しすることから始めたものだった。

その「音楽史概説」はしかしながら、音楽大学では原則全員必修なので、担当者が一人ではとても賄いきれない。私の本務校では5.6人の担当者が各自、教科書として使用するものを決め、視聴する曲の楽譜を集めた「譜例集」については、下記のように合議で作製した。

教科書に当たる書籍は、そのほとんどが大雑把な時代区分に従って、有名な作曲家とその作品をパッチワークよろしくつなぎ合わせて構成したもの。いずれも各時代の「大国」への偏りが甚だしく、弱小国では音楽が存在しなかったかのような扱いである。もちろん女性はほとんど登場しない。ようやく1996年に出たノートン社から出た「西洋音楽史」で、ヒルデガルト・フォン=ビンゲン、カッチーニ姉妹、クララ・シューマン、ナディア・ブランジェ、グバイドゥリナが取り上げられた程度だ。ところが日本でも同じ1996年に、さる音楽大学で新たな音楽史教科書を造る企画が生まれ、私もお誘いを受け「音楽文化とジェンダー」と題するコラムを担当した。わずか1ページながら、実は一番深刻なジェンダー問題を内包する19世紀市民社会に的を絞り、女性と音楽を俎上に載せたものだが、これがその後、どのようにこの国の音楽研究者の間で受け取られているか、残念ながら執筆した私には現在まで、何の反応も届いて来てはいない。

譜例集について言えば、たとえば『音楽史の楽譜集成Historical Anthology of Music 』[通称HAM]というタイトルの二巻から成る楽譜集(ハーヴァード大学出版、1950)が、長らくもっとも権威ある音楽資料として幅を利かせていた。けれども私の本務校では1990年代だったろうか、自前の譜例集を造ろう、と衆議一決、これが実現してのち、幾度か改変・修正を重ね、今なお活用されていることと思う。ただしこれは様々な楽譜の断片を寄せ集めたもの、従って著作権の心配も浮上することから、あくまで授業用の学内資料として扱われ、市販はされていない。この譜例集でももちろん、女性作曲家は相変わらず全くの対象外だ。私としてはすでに『女性作曲家列伝』(1999)も刊行済みであったことから、改変作業のたびに、「女性のことも考えて…」と繰り返し発言して見たものの、多勢に無勢…まったく無駄な抵抗に終わった。

けれども海外に眼を転ずれば、従来のように男ばっかりを登場させるのとは真逆に、なんと、女性作品だけで仕上げた譜例集が各種生まれている!個別の女性作曲家の作品集や、すでにご紹介した国際的、あるいは国別の女性作曲家事典の類だけではない。まずは上記HAMの向こうを張ったような“女性作品による音楽史の歴史集成Historical Anthology of Music by Women “(1987)が、20世紀後半生まれの女性たちのみを集めた”女性作品に拠る現代音楽集成Contemporary Anthology of Music by Women”1996)とともにインディアナ大学から出版されているkとを特筆したい。さらに使用楽器のジャンル別楽譜集もドイツ・ショット社から、これまでのところ6種類が入手可能だ。しかし何より瞠目すべきは、アメリカのヒルデガルト出版社が実現させた『女性作曲家たち―時代を貫く音楽Women Composers―Music through the Ages』と題するシリーズ全8巻(1996-2006)であろう。この大部な譜例集は1599年までに生まれた女性たちに1巻を、そして17世紀生まれの女性たちに1巻を割いたのち、各3巻を18世紀と19世紀生まれの女性に充て、それぞれ鍵盤曲、声楽、合奏作品の順で編纂・構成されている。信じられないようなミス・プリやアメリカ偏重の人選など、批判すべき点も目に付くものの、やはり楽譜という実証的記録を通して、女性作曲家の実在をしかと確認させてくれる意義は計り知れないものがあるのではないか。

違憲行為を重ねる最高指導者が「女性が輝く社会を!」と恥ずかしげもなく言い募るこの国…「アベ政治を許さない」アクションにできる限り参加しつつ、私としてはせめて、快い音楽を耳にしながら、自分の望む事柄を地道に、しつこく追い続けていくほかあるまいと観念している。それにしても永年の懸案の一つが、身の丈に合った、使いやすい女性たちの譜例集を編むことだった。そのお手本にしたい実例を最後にご紹介しよう。ドイツの高校生用に作られた『私たちの周りにある音楽―女性作曲家たちMusik um uns―Komponistinnen』(1999)である。ハノーヴァーのシュレーデル社から男女二人が共同して出版にこぎつけたものらしい。全部で64ページしかない薄いA4版の一冊。それでも中世から現代までの24人(グループも一つ含む)を通して、祈りの歌からジャズまで、通例の音楽史に見られるほとんどのジャンルをカヴァーする。最後の方ではキャロル・キングやミリアム・マケバなど、ポップスやプロテスト・ソング系にも目配りされている。何よりありがたいのは、収載された曲―もちろん途中までのものもあるが―すべてが一枚のCDに納められ、女性たちの多様・多彩な音楽を実際に聴いて確かめられること。日本では著作権が障害となってここまでのことは実行できないと思うが、せめて、しっかりしたディスコグラフィを付した音楽史教科書を目指したいものだ。理想は男女をバランスよく登場させることであろうが、とりあえず、女性のみの作品で構成し、まずは女性の実力を認知させることに注力しよう。逆差別では…という文句も聞こえそうだが、これまでの男性ばかりの長い長い歴史を顧みれば、一時、女性だけを対象とする試みが許されないはずはなかろう…そう信じたい。

女性作曲家譜例集(米)

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