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【NPJ通信・連載記事】高田健の憲法問題国会ウォッチング/高田 健

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歩く人が多くなると、初めて道ができる
~ 戦争法に反対するたたかいの経過と展望 ~

2015年10月6日

9・18柳条湖事件と戦争法の強行

2015年9月19日未明、国会の正門前と衆参議員会館前に結集した多数の市民が叫ぶ「戦争法案廃案!」のコールのなか、参議院本会議で安倍政権と与党自民党・公明党などによる戦争法制の強行採決が行われた。この暴挙は、「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」をはじめとする人びとの、1960年の安保闘争以来といわれる8月30日の国会周辺12万人の結集と全国1300カ所以上での行動を頂点に、9月10日から18日にかけて連日数万の市民が国会を包囲するというかつてない民衆運動の高まりの中で行われた。

時はあたかも9月18日の日付変更ラインを超えたばかりの未明である。まる84年前の1931年のこの日、中国奉天(現瀋陽)郊外の柳条湖で、日本の関東軍が南満州鉄道の線路を爆破し、15年戦争の戦火を開いた。15年戦争の敗戦によって、日本国憲法第9条を含む平和憲法を獲得し、ふたたび海外で戦争を行わないと決意したこの国が、同じ日に憲法違反の戦争法を制定するというのは何と皮肉な歴史の符合であることか。私たちは15年戦争の犠牲となったアジアの2000万を超える人びとや日本の310万の人びとと共に、心からの怒りをもって、この歴史的暴挙を糾弾し、戦争法の廃止と安倍政権打倒をめざす新たな闘いの決意を表明する。

戦争法は違憲・無効

この過程で、大多数の憲法学者や日本弁護士連合会、最高裁判所の長官や判事の経験者、内閣法制局長官経験者らをはじめとする学会や法曹界の多くの人びとが、安倍内閣による集団的自衛権の行使に関する一方的な憲法解釈の変更を批判し、反対してきた。世論の多数も反対した。しかし安倍晋三首相は「最高責任者は私だ」とばかりに、これらの世論に耳を貸さず、今回の戦争法制の制定を強行した。

しかし、国会の多数派である安倍政権与党がこの憲法違反の法案の成立を強行したが、この戦争法が憲法違反であることは疑いない。

憲法第98条には「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」と明記されている。この憲法条項からみて、まさに戦争法は憲法違反であり、立憲主義の原理に反するものであり、本来的に無効である。すでに違憲訴訟を準備している人びとが少なくない。本来、この違憲立法は裁判所の違憲審査の場に於いて検証されるべきである。しかし、従来からの違憲訴訟の事例を考えるならば、この道は容易ではない。全社会的な市民運動と、世論の監視なくして、この憲法裁判に安易に期待することはできない。国会における「戦争法制廃止法」の提出などと同様に、戦争法案の廃案をめざして闘ってきた市民運動の再構築が不可欠である。

圧倒的多数の世論の反対と3割台の内閣支持率

報道各社は法案強行後の19、20日などに相次いで世論調査を行った。

朝日新聞では、「安保関連法」賛成が30%、反対が51%、内閣支持率35%(1週間前覇36%)、不支持率45%(同42%)、国会審議不十分75%、尽くされた12%。共同通信では、法制賛成34・1%、反対53・0%、内閣支持率38・9%、不支持率50・2%、審議不十分79・0%、尽くされた14・1%。毎日新聞では、法制賛成が33%、反対が57%、内閣支持率35%、不支持率50%、採決強行批判65%。日経新聞では、法案賛成31%、反対54%、内閣支持率40%、不支持率47%。読売新聞では法成立賛成31%、評価しない58%、内閣支持率41%、不支持率51%、説明不十分82%であった。

与党寄りの論調を報道する新聞を含めて、多くの人びとが戦争法案に反対し、安倍内閣を支持せず、審議不十分と考えていることがあきらかになった。

安倍政権はこうした民意にさからって、憲法違反の戦争法案を採決した。この責任は重大である。

安倍政権は退陣を

歴代内閣による40年以上にわたって維持されてきた集団的自衛権の行使に関する憲法解釈を恣意的に変更して、極めて短期間のうちに、この違憲立法を強行した安倍晋三政権の責任は重大である。この間のたたかいの中で、総がかり行動実行委員会は「戦争法案廃案、安倍内閣の退陣」を要求し続けてきた。いま私たちの前にある課題は違憲の戦争法制の廃止と、安倍政権の退陣である。

かつて60年安保の闘いで、日米安保条約を強行批准した岸信介内閣は、民衆のたたかいの前に間もなく退陣せざるを得なくなった。世論の多数の意志を無視して戦争法制を強行した安倍内閣の責任を問い、安倍政権を打倒する闘いが急務である。安倍政権は、この戦争法制と同時に沖縄での辺野古新基地設や、原発の再稼働、労働法制の改悪などをはじめ、社会のあらゆる分野での民衆の生活と人権の圧迫という暴走をつづけている。この安倍政権を打倒することなくして、私たちの前途はない。

明文改憲を許さない

安倍政権は日米同盟を基盤にして、軍事力で世界の各所で覇権を実現するために、今般、立憲主義に反して、各界から違憲が明確に指摘されていた戦争法制を強行した。戦争法制の違憲状態を解決しようとすれば、憲法の明文改憲に着手せざるをえない。早晩、日本国憲法第9条の改憲にすすもうとするだろう。

一連の経過であきらかなことは、民意に反して憲法第9条をいますぐ変えることができないからこその、苦し紛れの解釈改憲であり、姑息な手段による立憲主義の破壊であった。憲法第9条の改憲という安倍晋三の企ての前には、民衆の巨大な壁が立ちふさがっている。

安倍晋三はこの巨大な壁におびえながらも、先の自民党総裁選によって3年の任期を手に入れた。彼は自らの政権の次のターゲットが明文改憲であることを隠さない。そして、その手法はまず第9条改憲を迂回して、大震災などを口実にした「緊急事態条項」の導入や、環境権など「新しい人権」の導入、あるいは第96条改憲などによる明文改憲である。私たちはこのペテン的な明文改憲をかならず阻止しなくてはならない。このような手法は完全に立憲主義に反しており、独裁者の政治手法である。この改憲を成し遂げるための条件は国会での3分の2の支持と、改憲国民投票における過半数の獲得である。

私たちは自民党安倍総裁の3年の任期を待たずに、次期国政選挙での3分の2の阻止と、圧倒的多数の改憲反対の世論を作り上げることで、明文改憲の条件を阻止し、安倍政権を打倒しなくてはならない。

戦争法の具体化を許さない

今回の立法で安倍政権は海外で戦争を行える法的手段を手に入れた。しかし、この間の国会内外の闘いによって、今回成立した戦争法制はボロボロである。

私たちは戦争法制を具体化し、実施することを許さないたたかいをすすめる必要がある。ホルムズ海峡での機雷除去の口実が破綻したように、中東地域をはじめ、世界のどこにおいてでもアメリカの戦争に加担する軍事作戦を阻止する反戦平和の運動の強化が求められる。また安倍政権の下で無責任に煽り立てられている中国や北朝鮮を仮想敵にし、朝鮮半島、尖閣諸島や南シナ海での緊張を激化させるためのあらゆる挑発と戦争政策に反対するたたかいを強めなくてはならない。

海外で戦争ができることを保障するための軍事予算の巨大化や、軍需産業や米国の要求に沿った戦艦の建造やオスプレイの配備、イージス艦など軍事的装備の強化に反対し、水陸戦闘団の創設など海外で戦争するための自衛隊の各種の改編に反対して闘う必要がある。

沖縄の辺野古新基地建設に反対するたたかいはその要となるだろう。

総がかり行動実行委員会の経過と意義

今回の集団的自衛権の憲法解釈の変更と、戦争法案廃案のたたかいの特徴はなにか。この教訓をくみ取り、その成果と到達点を足場にして、今後の闘いを構築する必要がある。

今回のたたかいには実に多様な分野や階層の人びとが、全国各地で立ち上がった。老いも若きも、女も男も、学生や高校生も、中学生も、教師も大学の教授も、子どもや親たちも、法曹界、映画界・演劇会・テレビタレントなど文化人も、労働組合も、市民団体も、組織のある人はもとより、市民個人も、社会の隅々から戦争法案反対の声があがった。そして国会内の主要な野党が結束してたたかった。

このかつてないたたかいを生み出す契機になり、また牽引してきたのは「戦争させない、9条壊すな!総がかり行動実行委員会」だったことは明らかである。

総がかり実行委員会は、従来はさまざまに立場や意見の違いもあった、戦争をさせない1000人委員会、解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会、戦争する国づくりストップ!憲法を守り・いかす共同センターが、2014年春以来のそれぞれの闘いを基礎に、2014年12月15日に発足させたもの。以降、総がかり実行委員会は積極的に戦争法案反対の共同行動を提起し、全国的にも集会や街頭宣伝などにとり組みながら、国会内の野党各党に対する共同行動の働きかけに熱心に取り組んだ。

この呼びかけ3団体に加えて、これに2015年5・3憲法集会以降は、さらに安倍の教育政策NO ネット、一坪反戦地主会・関東ブロック、改憲問題対策法律家6団体連絡会、国連人権勧告の実現を実行委員会 、さようなら原発1000万人アクション、原発なくす全国連絡会、首都圏反原発連合、戦時性暴力問題対策会議、全国労働組合連絡協議会、全国労働金庫労働組合連合会、脱原発をめざす女たちの会、日韓つながり直しキャンペーン2015、「慰安婦」問題解決全国行動、反貧困ネットワーク、「 秘密保護法」廃止へ!実行委員会、mネット・民法改正情報ネットワークなどが、それぞれの固有の課題の枠組みを超えて実行委員会に加わった。

そして8・30大集会の呼びかけには、賛同協力団体として安保法制に反対する学者研究者の会、立憲デモクラシーの会、SEALDs(シールズ)、「女の平和」実行委員会、戦争法案に反対するママの会、戦争法案NO!東京地域ネットワーク、戦争法案に反対する宗教者・門徒・信者国会前大集会、NGO非戦ネット、止めよう!辺野古埋立て9・12国会包囲実行委員会などが名を連ねた。

これらの共同の努力によって、総がかり実行委員会は、現状では戦争法案に反対する人びとのほとんどすべてが結集するような運動体となった。総がかり行動実行委員会の運動は全国各地に影響をあたえ、続々と新しい共同行動組織がうまれていった。これは実に画期的な共同行動であった。

1960年の安保改定阻止国民会議は15年戦争から15年という歴史的な時代を背景に、総評社会党ブロックを軸に中央では共産党などもオブザーバー参加し、非共産党系の全学連なども活発に動くという構造であり、組織的な行動が軸になった。

1970年の反安保闘争は、米国のベトナム戦争に反対する世界的な反戦運動の高揚を背景に、国家や学校など既製の強権に対する反逆と実力による抵抗闘争を軸にした運動であり、運動は先鋭化し、対立と分裂を繰り返さざるをえなかったという面が否めない。市民運動も「ベトナムに平和を!市民連合」などが誕生したが、大量の市民層の登場にはなっていなかった。

以降、さまざまな経緯を経て、今回の戦争法制に反対する運動の形成に至るのであるが、今回の運動の特徴は労働組合などによるねばり強く闘ってきた平和運動と、この間新たに形成されてきた自立した市民諸団体の広範な連携に特徴がある。その市民潮流は上記の実行委員会や賛同団体の構成に表現されている。この実行委員会がインターネットやマスメディアへの連続的広告掲載などによって運動を伝播させ、一層広範な市民個人の参加を可能にし、動かしたと言えよう。

上智大学の中野晃一教授はこの総がかり実行委員会と、学者の会、立憲デモクラシーの会、シールズなどとの関係を「掛け布団と敷き布団の関係」にたとえた。「(新しい運動が掛け布団、長年つづく運動が敷き布団)多くが政治への不満を募らせる『寒い時代』には掛け布団が重ねられる。でも誰も気にとめなくても、敷き布団がなければ体が痛くて眠れない」と(朝日新聞8月31日)。

「9条壊すな!実」街宣チームのユニークな活動

広範な市民参加を可能にした一例を挙げておきたい。

解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会は、従来2001年から開催されてきた5・3憲法集会実行委員会を基礎として、2014年3月頃、首都圏の137の市民団体が参加して結成された。この実行委員会に参加した「許すな!憲法改悪・市民連絡会」の有志を中心に14年春、9条壊すな!実行委員会の街頭宣伝チームが発足し、都内のJRの駅などで、月2回ほどのペースで街頭宣伝が始まった。ツイッターやフェイスブックで街宣参加を呼びかける中で、当初は若者を中心に5人ほどの運動であったのが、次第に行動参加者が拡大した。運動は降雨(台風も含め)や酷暑をものともせずに取り組まれた。街宣隊はアベにも負けず、雨にも負けずを合い言葉に、“街中から民主主義を”と語り続けた。回を重ねるに従って、行動の内容も多様になり、マイクによるスピーチやチラシの配布だけではなく、横断幕、紙芝居、手話、プラカード掲示、署名、歌など、初めての参加者も気軽に行動できる形態が取り入れられていった。参加者がそれぞれに創造力を発揮した。

参加者が数十人になった頃、「100人街宣」という思い切った企画がたてられ、呼びかけられた。集まるかどうか、心配だったが、これも大勢の市民の参加で実現した。

現在では、首都圏のみならず、関西や北陸、東北、東海など遠方からの参加者も含め、200人近くが街宣に集まってくる。それぞれの多くが初体験であったり、全くどこにも属さない個人であったりする。こうした街宣チームのメンバーが総がかり実行委員会のホームページを作ったり、宣伝物の作製や集会のスタッフを引き受けたりするという、総がかりの運動に不可欠なメンバーとして成長している。

国会正門前の車道を市民が開放

8月30日夜、国会正門前の10車線の車道は行動の参加者によって、実力開放され、多数の人びとで埋まった。同様のことは9月14日にも、17日、18日にも起こった。

これは実に60年安保闘争以来のできごとであった。

問題は戦争法案に反対する行動の意思表示の場がないことだ。

国会周辺の道路は1960年安保闘争以来、東京都公安条例で請願デモ以外は認められないことになっている。イラク反戦の時も、反原発の行動でもそうだが、戦争法に反対するには国会周辺の歩道の上で、デモではなく、「抗議行動」をする以外にない。近くには、わずか3000人しか収容できない日比谷野外音楽堂があるだけだ。民主主義を標榜する社会で、このような言論・表現の場が保障されないなどということは不当極まりない。

総がかり行動実行委員会は、今回、民主主義における表現の自由と、行動参加者の安全のために2度にわたる文書での要請を含め、幾度も警視庁に国会前並木通りの車道開放を要求した。しかし、警視庁はこの正当な要求を拒否し、車道に護送車の車両による阻止線と鉄パイプによる柵を敷設するという危険な対応をしてきた。8000名と言われる機動隊と警察官を配置し、参加者を歩道にギュウギュウに押しとどめ、アイドリングによって警察車両の排気ガスを参加者に浴びせかけ、居並ぶ警察官のメガホンの音声で集会を妨害した。

弁護士の有志が「見回り弁護団」を組織し、民主党など立憲フォーラムの国会議員団を中心に国会議員による「不当弾圧監視団」等が組織された。

参加者はこの警備体制に怒り、鉄柵をめぐって機動隊と押し合いになった。上記のように鉄柵は幾度も排除されたのであるが、その過程で20数名にわたる逮捕者が発生した。事件の原因を作ったのは警備体制であり、これらは不当なことであった。警官による暴行はあったが、しかし、重大なけが人がでなかったことは、参加者の非暴力の抵抗闘争原則を貫くという意識の高さによるものであり、讃えられてよい。

首相は、9月19日、新聞のインタビューに答え、(祖父の岸信介元首相が日米安保条約を改定したときの反対デモと今回を比べ)「あのときは『総理大臣の身辺の安全を完全に守ることは難しい』とまで(岸元首相)本人は言われていた。今回そういうような状況にはまったくなっていないから、私は平常心で成立を待っていた」と語った。当時、岸首相は赤城防衛相に自衛隊の出動まで検討させ、拒否されたというエピソードが残っている。安倍首相のこの発言は無責任な挑発的言辞であり、とんでもないことで絶対に許されない。

私たちのたたかいの方向

総がかり行動実行委員会は9月23日の「さようなら原発 さようなら戦争全国集会」への協力と、24日の国会正門前集会にとりくみ、10月8日(木)19:00~文京シビックホールでの集会を予定している。総がかり行動実行委員会の今後のありようなども検討されることになるだろう。

すでに法曹界からは違憲訴訟の準備などが語られ、民主党は法案強行裁決前から廃止法案の国会提出などを提起している。共産党の志位和夫委員長は19日「『戦争法案(安保法制)廃止の国民連合政府』の実現を呼びかけます」という提案を発表した。

今後、2015年9月の闘いを基礎にした「憲法違反の戦争法を廃止する」ためのたたかいがさまざまに議論され、すすんで行くに違いない。

カギは今回の法案阻止をめざした闘いが獲得した広範な連携を基礎にした市民行動の発展である。違憲訴訟も、廃止法も、選挙も、すべてこの民衆運動の発展を基礎に語られなければ勝利できないのは明白である。

再度、隊伍を整え、新たな段階に対応する一大市民運動を形成しよう。私たちはそのためにひきつづき全力を尽くすことを惜しまない。

「希望は本来有(る)というものでもなく、無(い)というものでもない。これこそ地上の道のように、初めから道があるのではないが、歩く人が多くなると初めて道が出来る」(魯迅「故郷」より)。

(「私と憲法」9月号より)

 

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