【NPJ通信・連載記事】音楽・女性・ジェンダー ─クラシック音楽界は超男性世界!?/小林 緑
音楽・女性・ジェンダー ─クラシック音楽界は超男性世界!? 第53回次回コンサート「音を紡ぐ女たち―女性作曲家を知り、聴く」(11月7日)予告
いやはや、どうにも言いようがないほど恐ろしい国となってしまった。政治やジャーナリズムのド素人にすぎない私のような老女から見てすら、この事態は異常だ。安保法に始まる大きな政治的テーマから一向に具体的進展がない女性差別解消まで、なまじの”先進国”であればこそ、現状は世界で最も恥ずべき姿をさらしていると思ええてならない。
実は、この手の愚痴はもう絶対に言うまい、とすでに何度もわが身に言い聞かせてきた。しかしここで諦めてはそれこそ万事休す!細々と自分自身のこだわりのテーマによる活動も続けている。そこで本稿では、次回開催予定の標記コンサートのご案内に充てることとした。まずはチラシ両面をご覧いただきたい。図版がはっきり見えない場合もあろうかと思われるので、肝心の項目だけ、以下に書き出しておきます。
日時:2015年11月7日(土)
場所:ウィメンズプラザ・ホール(鉄銀座線・表参道A2出口より渋谷方向に徒歩7分)
時間:19時(開場18時30分)
終演予定:20時50分 参加費:1000円(当日払い)
申し込み:先着250名(事前申し込み優先)
チラシの表面最上段にある英語タイトル“Women Composers-Weaving Sounds into Music”は、私が女性・人権・環境問題の関連を意識し始めたころからお付き合いいただいているユニークな英語塾の、ネイティヴのスタッフがつけてくださったもの。
日本語タイトルの「知り・聴く」というフレーズは隠されているが、「Women Composers女性作曲家」の語そのものが、「う、なに?それ?」と聞き返されるほど、いまだ知られていない概念なのだから、これ以上「知り、聴く」まで訳出することもなかろう、と了解しあったのだ。
コンサート冒頭にピアノ独奏曲『乙女の祈り』(曲目一覧はチラシ裏面を参照されたい)を置いたのも、そのあたりを踏まえてのこと。ピアノを弾いた、あるいは弾きたいと思った人ならだれもがご存知のこの超有名曲が、実は女性によって作られたのだという事実に初めて行き当たり、驚く人は後を絶たない。専ら女性作曲家のためのコンサート実施を20年以上続けている私としても、相変わらずのこの事態には、改めて考え込んでしまうのだが、音楽の専門家や業界人など、これが女性の作品であるととりあえず承知している人々からは逆に「なにを今さらこんなつまらない曲をとりあげるの?」とハナから馬鹿にされるかも… そう、今回の企画の狙いは、そうしたクラシック業界の専門的価値観は一切お構いなく、初めてクラシック音楽に接するかもしれない人々にも聴いてもらいたいところにある。
それゆえに、『乙女の祈り』が代表する、理屈や先入観抜きで愛されている曲、そして、音楽といえども現実社会と無縁であり得ないことを確認させてくれる曲を組み込んだ。後者の代表が歌曲『君死にたもうことなかれ』である。
これまた超有名な与謝野晶子の詩を、吉田隆子がピアノ伴奏による重厚な独唱歌としたものだ。 この歌曲についてはとりわけ、2012年放映のNHK/ETV特集『戦争・音楽・女性/作曲家・吉田隆子を知っていますか?』をきっかけに、一種ブレークした感もあり、徐々に演奏機会が増えているのは実に喜ばしい。日露戦争に出征する弟に「死んではならぬ、誰も殺めてはならぬ」と畳みかける晶子の肉親としての情、そして特高や治安警察の迫害を乗り越えた戦後、改めてこの歌の意義を音に託した隆子の先見の明…まさに、これを歌うのは“いまでしょ!?”
私自身、つい先ごろ、関西の某国立大学における人権・ジェンダー関係の講演会に呼ばれ、「歴史上無視されてきた女性作曲家こそ、音楽における最大の人権問題です!」と叫んできたばかりだが、そこでも同大学の音楽担当教員たちの協力の下、問題の歌曲も実演していただいた。
しかもその10月14日は、私の出身大学が遅ればせながら、「平和と自由を求める藝大有志の会」を旗揚げした、まさにその日。残念ながら講演の先約を反故にすることも出来ず、旗揚げは無念の不参加となった。けれども講演会終了後、国文学研究担当の女性教員が、「詩はもちろん、あのメロディも聴き覚えていたのですが、まさかこれが女性の作曲、しかも吉田隆子の、と今日初めて知って本当に驚きました」と話しかけてくださったのには、こちらが嬉しいびっくり!隆子の作曲がかくまで聴き重ねられていたなんて…その知名度の広がりが、おおかた晶子の詩の力によるとしても、それに沿うメロディの方も作者不詳という形で伝播し始めているらしい―つまりは「乙女の祈り」の域に一歩近づいたということであろうか。
となれば、本連載でもすでに幾度も触れたジェンダーと有名・無名の問題、すなわち有名な音楽は作者の名前など無関係に伝承されていくという事実の、また新たな一例が加わったと勝手に決め込み、大満足で帰路に就いたのである。 さて、チラシ表面の最下段にもご注意を。「ウイメンズプラザフォーラム参加企画」とある。つまりこのコンサートは自立したものではなく、東京都の機関・ウイメンズプラザが毎年主催するフォーラムの一環なのだ。従って今回は私も参加グループの一つとして企画・構成に当たるため、「知られざる女性作曲家&小林緑カンパニー」というグループ名を掲げることとした。実態は私とパートナーだけ二人のグループなのだが、この名前は昨2014年3月8日、国際女性デー当日に実施した日仏女性研究学会主催のコンサート(本連載第44回および45回参照)に際し、企画者としての私の名前を明示する必要があるため、会のメンバーと相談のうえ苦し紛れに付けたもの。女性作曲家の紹介・伝播に専心する人間がほかに見当たらない実情が、こんなところにも影を落としていることを、お分かりいただければありがたい。
もう一つ。このコンサートは主催者ウイメンズプラザの慣例に従い、有料のチケットは発行せず、参加費ないし資料代として、上記の通り1000円を当日お払いいただく。また申し込みの先着250名までを入場可能とするが、残席の余裕があれば、申し込みの有無にかかわらず、当日も受け付けることにしている。チケットの現物がないコンサートは極めて例外的なので、受付に混乱が起きるのではないかしらと今から不安だが、開場の18時30分を目安に、なるべく早めにウイメンズプラザ・ホールまで到着されるよう、お願いするほかない。
それにしてもコンサートの宣伝ばかりではどうも―とためらっていた今朝、東京新聞一面に「9・19を忘れない」の大見出し!
そういえばこの9・19をタイトルに、『君死にたもうことなかれ』を絡め、ある」演劇集団の会誌に短文を寄稿したばかりという事実を思い出した。そこでそれを手直しのうえ再録させていただく。もちろん今回のコンサートは吉田隆子ばかりでなく、ピアニスト/作曲家/妻としての葛藤に悩んだクララ・シューマン、フランス2月革命の前後、社会参画にかかわったポリーヌ・ヴィアルド、あからさまなジェンダー差別を被ったルイーゼ・アドルファ・ルボーといった3人のヨーロッパ女性も取り上げる。
だが、なんといってもこの時勢、隆子と晶子のコラボに拠る『君死にたもうことなかれ』目当てにお出かけくださるが多かろうと予想されるので、どうぞご了解ください。
「9・19」のあとさき
2015年夏、この国を”どん底“に陥れた政情は、逆に私の積年のモヤモヤを払い落してくれました。安保法の強行”採決”(もどき)という暴挙が出来した今、音楽を通してはっきり社会にモノ申すことは正しい!否、このトンデモ時代を生き抜くには文化芸能の力に頼るほかない…これを確信することができたのですから。歴史や業界によって不当にも闇に葬られてきた女性作曲家をライフワークと定めて20年以上経ちますが、ここにきてようやく、女性―社会政治―音楽を繋ぎ合わせてくれる対象に巡り合えたのです。
吉田隆子(1910-56)です。「小林多喜二を悼む歌」なども作曲、ために特高警察に四度も拘留されながら非戦を貫く一方で、恋愛経験も豊富な魅力的女性。三岸好太郎との深い交情―妻の画家・節子を追いかけてきたフェミニストでさえ、その節子の夫の不倫相手たる隆子の存在を知らなかった!という事実には、逆にショックを受けましたが―に加え、最後は劇作家久保栄と対等で自立した関係を結び、同志としての絆を強めつつ世を去りました。
私も1990年代から何度もこの傑出した女性について触れてきましたが、戦争法案に右往左往した2013から今年にかけて、“吉田隆子現象”とでも呼びたい動きが続いています。突破口はNHK.ETV特集「戦争・女性・音楽―吉田隆子を知っていますか?」(放映2012/9/2)。前後して出た辻浩美と田中伸尚の評伝、加えて、隆子作品のみに拠るコンサートも重なりました。
ところが残念なことに、これを下支えしたのは音楽の専門家ではなく、人権・環境・社会不正と本気で取り組むさまざまな市民・女性のグループでした。音楽、特にクラシック業界ではジェンダーや人権・戦争などとは関係ない、「音楽」は純粋に「音楽」であり、実世界からは超越した存在なのだ、とする通念がいまだに蔓延っています。ですから女性作曲家が知られない、その原因や由来を探ることもなく「有名でない」のは、「つまらないからでしょ」、と、いとも短絡的に片づけられてきました。
その点、同じ舞台芸術でも演劇人は絶えず社会へのメッセージを発しているように見えます。なかでも、ブレヒトの芝居小屋のリーダー、志賀澤子さんとは、隆子のおかげで思いもよらぬ密なご縁をいただけました。 もともと演劇は全くの無知、その方面のお付き合いもない私をこの志賀さんとめぐり合わせてくれたのがパレスチナの里親運動です。
京都大学教員・岡真理さんの企画、演出によるパレスチナ問題の朗読劇が上演されたポレポレ座で席が隣り合わせとなり、お声をかけていただいたのがきっかけでした。もう5,6年も前でしょうか、パレスチナの実情を知らせる小さなイヴェントで、岡さんが「ガザの悲劇は人災です、だから止められる。このことと、パレスチナの人々のこと、絶対に忘れないで!」と強く、溢れんばかりの気迫で叫ばれたことに心揺さぶられ、その場で里親となることを決めた私ですが、日ごろ、支援金のほかには,何も里親らしい行いをしてこなかった、せめてもの罪滅ぼしに、ポレポレ座に出かけたのでした。
「アベ政治を許さない」一念で国会デモに通い詰める中、今こそ与謝野晶子の「君死に給うことなかれ」を!と待望する声がデモ友の間からも漏れ伝わってきます。この稀代の反戦詩を歌曲に仕立て、さらにオペラ化を目指しながら完成できず、度重なる投獄による衰弱から46歳で無念の死を迎えた隆子。志賀さんもこれを基に自ら台本と演出を手がけ、歌と朗読によるドラマとして上演、さる8月26日にはその改訂版の練り上げた舞台を改めて披露されました。終演後は主催の新劇俳優協会から“8・30総がかりデモに行きましょう!”と力強いアピールも…そしてまさにその8月30日、あの12万人の群衆の中から志賀さんとすれ違い、ハイタッチを交わしたのです。何たる巡り会わせ!実は来る11月7日(土)夜、「君死に給うことなかれ」も含むコンサート『音を紡ぐ女たち―女性作曲家を知り、聴く』をウイメンズプラザにて開催するのですが、その準備に向けて何よりの励ましを戴けたように思います。
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