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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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周辺事態法発動とその問題について(上)

2015年11月22日

1 安保法制が制定された。現在政府は来年3月施行と、南スーダンPKO派遣陸自部隊への駆け付け警護をさせるための準備を着々と進めていると思われる。

安保法制を廃止することは今後の日本の平和と民主主義にとって極めて重要な課題である。しかしいったん制定した法律の廃止をするためには、廃止法案を国会へ提出して、衆参両院で過半数による議決が必要である。廃止法案を政府提案(閣法)とするなら、そのための政府を樹立しなければならない。政治的な課題とすれば大変ハードルが高い。しかしこれを目指す国民運動と政治活動を私たちが作らなければならない。

2 むろん来年の参議院選挙によって参議院で安保法制反対の政治勢力が過半数を獲得して、安保法制を発動する際の国会承認案件を参議院で否決すれば、少なくとも、存立危機事態、重要影響事態、停戦監視活動と安全確保活動で自衛隊の出動・派遣は阻止できるであろう。

3 さらに、そもそも政府に対して安保法制を発動させないような世論と運動の圧力を高めて、安保法制発動を阻止することも可能であるし、運動としてもそれを目指さなければならない。

1999年に制定された周辺事態法は、安保法制で「重要影響事態法」と改正されたが、これまで一度も発動されたことはなかった。このことはほとんどの方が承知していることだ。しかし、かつて一回だけ周辺事態法、周辺事態船舶検査法が発動されかけたことがあったことは、多くの方は忘れていることであろう。このことを振り返ってみたい。そのことで、憲法に反する(疑いの強い)軍事法制が、国民の強い反対を押し切って制定されても、これを発動しようとする際に国民の強い反対に直面すれば、政府は発動することに慎重にならざるを得ないということが理解できるからである。

4 2006年10月北朝鮮が初めての核爆発実験を行った際に、周辺事態法、同船舶検査法の発動が検討された。これにはその前史がある。2006年7月の北朝鮮による7発の弾道ミサイル発射実験を巡る国際社会の動きである。2006年7月当時日本では小泉首相、安倍晋三官房長官のコンビであった。核爆発実験を行った2009年10月には第一次安倍内閣であった。第一次安倍内閣は、北朝鮮弾道ミサイル発射実験、核爆発実験という北朝鮮脅威論を背景にして誕生したのだ。中国脅威論を背景に第二次安倍内閣が誕生したこととダブるような国際情勢である。

5 2009年7月5日北朝鮮は7発の弾道ミサイル発射実験を行った。発射されたミサイルの弾道はいずれも米国本土を目指すものであったが、実験は失敗であったとみられている(詳しいことを紹介するのは、この論考の目的ではない)。さっそく安保理では非公式協議がその日のうちに開かれて、対応が検討された。当時非常任理事国であった日本政府の要請である。北朝鮮を巡る問題で安保理が協議するのは、2003年1月に北朝鮮がNPT脱退宣言を行って以来のことだ。安保理での日本政府の強硬論は突出していた。

6 日本時間6日未明には、日本政府は安保理非公式協議へ制裁決議案を提案している。内容は、国連憲章第7章に基づく経済制裁決議案である。決議案には憲章第7章を引用して「北朝鮮のミサイルや大量破壊兵器計画に寄与するような資金、物資、技術などの移転を禁止することを加盟国に義務付ける。」との主文が含まれていた。北朝鮮がかねてより「経済制裁は宣戦布告と見なす。」と挑発していたものだ。事実北朝鮮国連次席大使は、日本政府の決議案に対して「制裁は戦争行為とみなす。発動されれば強力で全面的な対抗措置をとる。」と発言した。

憲章第7章に基づく安保理決議はもっとも強制力が強いもので、国連加盟国を拘束する。憲章第41条は非軍事的措置(いわゆる経済制裁等)、第42条は軍事的措置である。拒否権のある中国ロシアはこれに反対で、拒否権を行使する構えであった。米国は日本政府の提出した決議案には賛成であったが、表に出て安保理内で調整せず、日本政府を矢面に立てた。日本政府は制裁決議案の一部を修正しながらも、安保理で強行突破を図ろうとしていた。ところが一転して米国政府は10日に安保理強行突破を図ろうとしていた日本政府を抑えて、採決延期をさせた。

7 実は日米両政府の動きには裏話があったようだ。当初日本政府は非難決議の線を考えていた。ところが、米国のテレビが、日本政府が制裁決議を用意していると報道した。米国政府が、制裁決議案を出すよう日本政府をけしかけようとして、米国メディアにリークしたというのだ。これで日本政府は一気に強硬な憲章第7章に基づく経済制裁決議を目指すこととなったというのだ。悪く言えば、中国ロシアがどのような動きをするのかを日本政府を利用して瀬踏みをさせ、中国ロシアが拒否権行使をすると見るや、米国政府は一転して妥協し、日本政府のはしごを外したと考えられる。米国はイラン核開発問題で中国ロシアから妥協を引き出すため、北朝鮮弾道ミサイル問題では妥協したとの見方もあった。

8 7月10日に開かれた安保理では、日本政府が提案する憲章第7章に基づく制裁決議をおこなわないことを決めた。日本政府はあくまでも憲章第7章に基づく制裁決議を主張したが、安保理内で孤立してしまった。最終的には安保理は7月15日全会一致で非難決議を採択したのであった。

9 日本政府の強硬姿勢を支えたのは世論であった。共同通信が7月7,8日に実施した緊急世論調査では、対北朝鮮経済制裁強化になんと80.7%が賛成した。弾道ミサイル発射に対しては87%が不安を感じているとの結果が出た。このことは安保法制を廃止、発動を阻止する運動を進めるうえで、政府や一部マスコミにより中国脅威論を煽られることに私達は備えておかなければならないことを示している。

10 日本国内では、敵基地攻撃論が叫ばれた。額賀防衛庁長官(肩書はいずれも当時)が敵基地攻撃能力保有発言を行い、麻生外相、安倍晋三官房長官もそれを後押しした。安保防衛政策を所管する閣僚から相次いだ発言には、国際社会が強い懸念を持ったことは当然である。韓国大統領は「事態を悪化させる懸念がある。」と憂慮声明を発表し、韓国大統領府報道官は「侵略主義的傾向を示すもの」と強く非難した。マレーシア、シンガポールの新聞も警戒感を示した。米国メディアもこのことを相次いで報道した。中国政府は、日本政府と名指しは避けたが、冷静さと自制を保つよう要求した。

敵基地攻撃論は憲法第9条を踏まえた防衛政策と政府自身が自称している「専守防衛政策」を否定するものだ。それを口実に憲法9条改正に世論を誘導しようとするものだ(この連載の2009年5月30日「『敵基地攻撃論』が狙う9条改憲」http://www.news-pj.net/old/npj/9jo-anzen/20090530.htmlを参照)。

11 8月下旬ころから北朝鮮が核爆発実験を準備しているとの報道が韓国経由で流され始めた。小泉内閣は9月19日の臨時閣議で北朝鮮に対する金融制裁を閣議決定した。安保理決議に基づかない日本政府独自の経済制裁である。小泉首相は2002年9月にピョンヤンで金正日と首脳会談を行い、ピョンヤン宣言を共同発表し、日朝国交正常化の道筋をつけようとした政治家であり、北朝鮮にたいする経済制裁には消極的であったが、金融制裁は安倍晋三官房長官が主導したのだ。臨時閣議は安倍晋三が自民党総裁選挙で選出された9月20日の前日である。総裁選挙に有利に働くと計算したはずである。北朝鮮脅威論を自らの政権樹立の追い風として利用したのだ。この手法は、第2次安倍内閣による7・1閣議決定と安保法制法案国会提出に当たり、中国脅威論を利用したことと同じ手口だ。

安倍晋三の北朝鮮にたいする政治的な姿勢は、2006年9月26日に発足した第一次安倍内閣で本領を発揮することになる。

12 10月3日北朝鮮外務省は、「今後、安全性が徹底して保障された核実験を行うことになる。」と時期を明らかにしない声明を発表した。安倍首相は、就任後まず中国、次に韓国を訪問して首脳会談を開き、対北朝鮮強硬路線による包囲網を作ろうと動いた。また安保理内でも日本政府は強硬路線で動いた。10月6日安保理は日本政府が提案した非難声明(議長声明)を採択した。核実験を行えば、「国際の平和と安全に対する明確な脅威であり、安保理は国連憲章の下での主要な責任に沿って行動する」と、憲章第7章の強制措置を示唆した声明である。日米両政府は、この声明を踏まえて、核実験を行えば憲章第7章に基づく軍事的措置(憲章第42条)を含む制裁決議を目指すことで一致した。

13 10月9日北朝鮮外務省が核爆発実験を行ったと発表した。同日安保理は非公式協議を開催し、米国は制裁決議案を提出した。この決議案は、船舶検査(いわゆる臨検)ではなく貨物検査を加盟国に義務付けるものだが、そのために「必要な措置をとる」ことを求めるものであった。安保理の慣行として「必要な措置」には軍事的措置も含むと理解されかねないものだ(湾岸戦争時の安保理第665号決議以来3回行われた経済制裁決議には「特別な状況が必要とするかもしれない措置をとることを要請する」との一文が入っており、限定的な武力行使権限の付与と理解されてきた)。

日本国内の報道は、決議案が臨検を求めるものと報道した。英文では「貨物検査」となっているのに、わざわざ「加盟国に臨検を要請」と「意訳」までした新聞もあった。

中国は船舶検査や武力行使になりかねない決議案にも反対していた。10月12日にライス国務長官と中国胡主席特使の唐国務委員が会談し、米国は決議案を修正して、わざわざ憲章第41条による経済制裁(非軍事的措置)であることを明確にし、「必要な措置」も落とし、国連加盟国に要請する内容も「貨物検査を含む協調的行動」とする安保理決議1718号を10月14日採択した。しかし日本国内の報道は「臨検」決議と報道していた。

北朝鮮は安保理決議1718号に対して「我が国に対して宣戦布告とみるしかない。」との外務省報道官声明を発表した。このような緊迫した情勢の中で、日本国内では核武装論と周辺事態法発動論が主張されるようになった。麻生太郎外相などが主張した核武装論は、それ自体に歴史的経緯があり、興味深いものだが、ここではこれ以上は言及しない。

14 周辺事態法発動論はそれなりに根拠を持ったものであった。周辺事態法案が国会で審議された際に、「周辺事態」とは何かが問題となり、1999年4月26日に政府見解(野呂田防衛庁長官答弁)が示された。その中で「周辺事態」のケースとして挙げたのが、いわゆる野呂田6事例であり、その中には「ある国の行動が、国連安保理によって平和に対する脅威、平和の破壊または侵略行為(国連憲章第7章発動の要件だ)と決定され、その国が国連安保理決議に基づく経済制裁の対象となるような場合であって、それが我が国の平和と安全に重要な影響を与える場合」が含まれていたからだ。初の適用事例とすれば安保理決議1718号はまさにうってつけであった。「我が国の平和と安全に重要な影響を与える」との認定は、政府の総合的(=恣意的)判断が可能である。北朝鮮外務省報道官の声明は「我が国の平和と安全に重要な影響を与える場合」との判断の根拠になりうるものだ。

では安倍内閣は周辺事態発動をどのように試みたのであろうか。そしてそれが発動されなかったのはどのような背景があったのであろうか。これについては次回に論じることとしたい。

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