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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ 第48回「メガトランゼクトへ〜1」

2016年1月15日

▼ニック・ニコルズ

ニックに初めて出会ったのは、1998年半ば、ヌアバレ・ンドキ国立公園の基地ボマサであった。ぼくは当時、マイク・フェイのもと、ボマサ基地のマネージャー補佐に従事していた。マイケル・ニコルズ(通称ニック)は、ナショナル・ジオグラフィックの著名な野生動物写真家だ。ンドキの自然をナショジオ誌で大きく世界に紹介した第一人者である。

そしてその半年後、ニックは再びボマサにやってきた。

ぼくはマイク・フェイに任命され、朝の6時にニックとボマサ周辺の森へelephantingに行く。ぼくが案内役だ。“elephanting”とは造語である。ボマサ付近に出没する野生のマルミミゾウを、このころ、ぼくとマイク・フェイは毎日にように夕方観察に出かけていた。

ボマサ基地近くの森の中でのマルミミゾウ©西原恵美子

ボマサ基地近くの森の中でのマルミミゾウ©西原恵美子

もちろん「ゾウ狩り」に行くわけではない。純粋にゾウを観察に行くのだが、狩りhuntingということばにひっかけて、elephant-hunting、縮めて、elephantingと呼んでいたのである。

ニックと基地付近の森を歩きながら、ゾウはそこにいると、ぼくは確信した。川側の沼地前に着くまでに、川側から音がするのだ。少なくとも2頭はいるようである。これはきっと、われわれが立っている場所をゾウは渡り森に入るなと予測...果たして、1頭、2頭、正面にいきなり立ち向かってきた。ニックはひるまず、そこで、カメラのシャッターを押す。

ゾウもカメラの方をじっとみている。しかししばらくして、目の前からおとなしく去っていった。われわれも彼らを追って森の中に入る。うーむ、3頭目、そして4頭目、さらに何と5頭目、若オスか。ぼくもニックもさらにゾウを追って、森の中へ進む。やってる、やってる。ゾウたちは、ポキポキ、バキバキと、ガタ(注:現地語による樹木種名)の枝を折って、実を食べている。すさまじく、すばらしい光景だ。ニック、カメラでゾウに食いつく。1頭のオスは、われわれの存在が気がかりなのか、落ち着かない様子だ。去るにも去らず。移動するにも移動せず。食べてはこちらから身を引き、また食べる。やがてそのゾウも落ち着き、静かになる。しかし、緊張する時間の長いゾウとの対面は続く。

そしてついに、「ウォオォォ~」とそのゾウがわれわれの方へ向かって突進してきた。さっと右手に走り去るニック。はるかかなたへ行ったのか、ニックの姿は見えない。ぼくは後方へあとずさる。もちろんわれわれには何事も起こらなかった。そのときの様子を二人で話しながら基地へ戻る。歩きながら、ぼくらの逃げる様を思い出して笑いながら帰る。

▼ニックによる仲介

不思議とニックとは気が合った。ニックはナショナル・ジオグラフィックのカメラマンとしてすでに何度かコンゴに来ていた。しかし1999年の彼の訪問でやっと親しくなるチャンスが来たのである。ぼくは、1998年3月に京都大学から籍を外し、正式にWCSコンゴ共和国のスタッフとして雇われた。最初の仕事は、マイク・フェイのアシスタントとして、ボマサ基地をベースに、ヌアバレ・ンドキ国立公園のマネージメント補佐であった。その役柄、ぼくがニックのような訪問者の直接の現地における世話役だったのである。

世の中に何でも素直に話せる相手はきわめて少ないが、ニックはぼくにとってその稀な相手の一人になった。今回一緒に森を歩いて、ぼくの案内でゾウを見つけ彼はいい写真を撮った。また身近なアリを見つけていかにそれらが面白い存在であることもぼくは紹介した。ニックはまさに這いつくばってアリの撮影を行なった。そうした付き合いの中で、ぼくは直感的にこの人となら一緒に仕事をできると思ったし、ニックもぼくに対してそう思ってくれたと確信したにちがいない。

ニックが撮影した同様の種類のツムギアリ©西原恵美子

ニックが撮影した同様の種類のツムギアリ©西原恵美子

なにしろこの人を中心としたナショナル・ジオグラフィックこそが、1999年後半から始まる、マイク・フェイの次のプロジェクト“メガトランゼクト”を資金的に援助してくれることになっていたのだ。

マイクがヌアバレ・ンドキを離れて、メガトランゼクトという名の新しいプロジェクトに着手することは以前から知っていた。1年以上かけて、コンゴ共和国北東部の森から隣国ガボンの大西洋岸までアフリカ熱帯林の中を約3,000km横断歩行し、森林と野生生物に関する可能な限りの情報(生態学的データや人間の諸活動に関する情報など)を収集するというプロジェクトであった。いかにも魅力的である。基本的に彼についていきたいと思っていたし、ぼくもコンゴ共和国以外のいろいろな森をみたいと考えていた。しかしマイクから声がかかってこない限り「参加したい」とは言い出せなかった。当時のンドキでのWCSの仕事を供与してくれたのがほかならぬマイク自身であったから。

ここでニックが登場したのである。

ぼくはニックに素直に相談した。マイクの次のプロジェクトに参加したい、と。そしてニックは承知してくれ、マイクに打診してみる役目も引き受けてもらった。しばらくのち、ニックはマイクとの話の結果を次のように教えてくれた。「いや、実はマイクもぼくを次のプロジェクトに連れて行きたかった、しかしなかなか言い出しにくかった」と。なあーんだ、そうだったのか。マイクはぼくをメガトランゼクトのマネージャーとして連れて行きたかった、しかしマイクが直接ぼくを引きぬいてしまえば今のンドキのプロジェクトのマネージャーがいなくなるし、WCS本部のニューヨークから何をいわれるかわかったものではなかったからだという。マイクも抜け、ぼくも抜けたら、ヌアバレ・ンドキ国立公園のマネージメントは行き詰まってしまう。

とにかく、ぼくの給料やその他プロジェクトへの必需品購入を含めて、マイクとニック間でぼくのメガトランゼクトへの参加に関する交渉はすんなり成立した。ぼくの役目はプロジェクト全体のコーディネーター的仕事(まさに、この当時国立公園マネージメント補佐としての仕事と同じような会計と食料調達など)及びニックの撮影現地ガイドとしての科学アドバイザーということになった。

一ヶ所の基地に滞在して、国立公園のマネージメントに関する管理職にはやり甲斐はあったし、世界に誇るヌアバレ・ンドキ国立公園をマネージするボマサ基地での仕事は誇りを持っていた。問題は森に行ける機会がぐっと減ったことであった。しかしなによりもぼくはこのメガトランゼクト・プロジェクトで、森の現場でのコーディネーターとして「森」という現場にもどれるのだ。また、1989年以来約10年にわたって過ごしてきたンドキの森から、そろそろ抜け出したかったのも正直なところであった。メガトランゼクトにより、これまで訪れたことのない各地の森や村と接触していくことで、懸案のゾウの現況(密猟、象牙の違法取引など)について調査や聞き取りも可能になるのだ。何より、基本的にはンドキ以外を知らなかったぼくにとって、コンゴ共和国の別の地域やまったく未知の隣国ガボンを訪れることができるのは、無類の喜びと期待であふれたのである。

▼メガトランゼクトへ旅立つ

アフリカの熱帯林にも人間による大規模な活動が進行している。伐採業や道路建設にともなう熱帯林そのものの減少、それにともなう人々の集中と動物の生息域の減少。そして人間による密猟と過剰な狩猟がもたらす野生動物の生息数の減少が起こっているのが現状だ。「メガトランゼクト」は、人の手の入っていない森が比較的多く残っているコンゴ共和国とそこから地続きのガボンの熱帯林をその大西洋岸まで徒歩で歩き、マルミミゾウなど10種類以上の動物とその生息環境についてモニタリングを行ない、その生息数や生息環境への影響を、周囲で起こっている人間活動と関連させて明らかにしようというものだ。

メガトランゼクトにおけるそうしたすべてのデータは、マイク・フェイ自身が1年以上かけて森の中を3,000km以上も踏破しながら収集する。無論これは冒険ではなく、また単純な研究でもない。広い視野に立った自然保護を前提とした広域調査なのだ。そして、そのありさまを、ニックというカメラマンによるナショナル・ジオグラフィック誌上での写真を通して、広く世界に知らせていくことだ。

プロジェクトの中でのぼくの役割は、ずっと森の中を移動するマイク・フェイへの物資補給係を務めること。常時連絡を取り合いながら数週間ごとに、ある地点までぼくが森の中を徒歩で、ときには川を丸木舟で、あるいは悪路をトラックで進み、マイクとそのチームに食料など必要補充物資を渡しに行く。アクセスが困難で、小型機に乗って50m上空から物資を投下することもあった。

またこのプロジェクトの支援母体であるナショナル・ジオグラフィック誌の写真家ニック・ニコルズのための科学アドバイザーとしての役割も担った。たとえばマルミミゾウやニシローランドゴリラ、ボンゴを撮影するための「隠しカメラ」の設営場所や、チンパンジーの撮影しやすい樹木を探すなど、ニックとともに森の中で仕事をした。森に依存して生活する先住民も撮影の対象となった。これまでのぼく自身の現場経験を生かし、慣れた現地語を介して現地のガイドなどと共同作業をすることによって、写真撮影に必要なアレンジをしていくのだ。ぼくも知らぬ新規な場所であれば、ぼく自身がその現場までまず足を運びながらそこまでのアクセスを確保し、その現場でどの方向からどの時間帯であれば対象の動物を撮影できるかの事前調査も実施した。

バイの中でくつろぐボンゴ©西原智昭

バイの中でくつろぐボンゴ©西原智昭

 

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