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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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テロ対策で国家緊急権制度が必要、有効か

2016年4月15日

安倍内閣は明文改憲の突破口として、国家緊急権制度を導入しようとしています。その口実として2011年3・11東日本大震災を挙げています。これに対して各地の弁護士会は,そんなの必要ない、既存の災害対策基本法などの法律で十分対処できると批判しています。

2012年4月に発表された自民党改憲草案第9章が緊急事態として、第98条、99条の条文を用意しています。それによると、戦争・内乱・大規模自然災害だけではなく、その他法律で定める事態も緊急事態に出来ます。緊急事態認定は内閣が閣議で決定します。緊急事態認定の国会承認は事後でも良いとしています。

緊急事態が認定されると,内閣は法律に代わる政令を制定できます。制定できる内容や事項についての憲法上の制限はありません。「法律の定めるところ」によるとしているだけです。また総理大臣は、国会の承認なく予算措置、支出が可能です。地方公共団体へも指示が出来ます。「指示」とは法律上は命令とほぼ同じです。指示に従わない場合は、知事や市長の権限を代行できる仕組みになるでしょう。これも「法律で定めるところ」によるとしています。

緊急事態が認定されれば、国民は政府や公共機関の指示に従わなければならないとして、服従義務を定めています。憲法第14条(法の下の平等)、第18条(奴隷的拘束,苦役禁止)、第19条(思想良心の自由)、第21条(表現、集会結社の自由)は尊重するとしているだけで、侵害してはならないとの条文ではありません。その他の基本的人権は制限することが前提になっています。

自民党改憲草案が規定している国家緊急権制度は、何よりも具体的なことはすべて法律事項に委任しており、いわば内閣総理大臣に白紙委任して独裁的権力を与えるものと言えます。なぜなら、法律も内閣が法案として提出し、国民の反対が強くても政府与党が多数で押し切れるからです。さらに司法的な統制も全く想定されていません。

この様な国家緊急権制度を、この夏の参議院選挙あるいは衆参同日選挙で3分の2の多数をとって、真っ先に国民投票に掛けようとしているのですから、容易ならざる事態です。

自民党改憲草案は以下のURLをご覧下さい。

https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf#search=’%E8%87%AA%E6%B0%91%E5%85%9A%E6%94%B9%E6%86%B2%E8%8D%89%E6%A1%88′

国家緊急権の真の狙いは大規模自然災害ではなく、戦争や内乱、テロ対策です。とりわけ現代社会はテロの脅威が強調されており、国家間の武力紛争よりもテロ対策としての国家緊急権制度創設を狙っています。

しかし、テロの脅威は何時どこで発生するかも知れないという不確実な脅威ですから、テロの脅威を防ぐとの名目で一旦発動されれば、緊急事態が日常化するおそれがあるということがあります。現に昨年11月にフランスパリで発生したテロ事件で発動された緊急事態は今も継続されています。

日本で現在テロ対策のための特別な法律としては、有事法制の一つである武力攻撃事態法と国民保護法が挙げられます。有事法制は武力攻撃事態、同予測事態、緊急対処事態(テロ攻撃が含まれます)に際して、政府が行う事態対処措置で国民の基本的人権が大きく制限され、国民を統制する機能を果たします。また国と地方公共団体との関係を上命下服の関係にするなど、国家体制を中央集権国家へと変貌させます。放送事業や電気ガス、運輸輸送などの公益事業は指定公共機関、指定地方公共機関として国の施策に全面協力をさせられます。そのため、みなさまの地元のバス・鉄道会社、トラック輸送会社、電気・ガス会社は一様に国民保護業務計画を作っています。その中に緊急対処事態での措置も含まれています。

国民保護法と武力攻撃事態法で規定する緊急対処事態とは,次のように定義されています。

「武力攻撃の手段に準ずる手段を用いて多数の人を殺傷する行為が発生した事態又は当該行為が発生する明白な危険が切迫していると認めるに至った事態(後日対処基本方針において武力攻撃事態であることの認定が行われることとなる事態を含む。)」

緊急対処事態の典型例がテロ攻撃です。緊急対処事態を政府が認定すれば、武力攻撃事態法により緊急対処事態対策本部が中央政府に作られ、現場では地方自治体に現地対策本部が設置されます。その上で、国民保護法による緊急対処保護措置がとられます。住民避難、保護、支援等です。有事法制の仕組みを見れば,いかにも有効に機能するかの印象を与えます。しかし本当にそうでしょうか。

テロ攻撃は通例では人が集まる施設で発生する爆発で始まります。それ自体は犯罪であるのかテロ攻撃であるのか、はたまた事故なのかは自明ではありません。テロ攻撃それ自体は国内法上の重大犯罪です。殺人、同未遂、爆発物取締法違反罪、火薬類取締法違反罪、建物損壊罪等でしょう。テロ攻撃という特別な国内法上の概念はありません。

そのため、事件発生後は犯罪捜査と被害者の救護活動が始まります。その際に使われる国内法は有事法制ではなく、災害対策基本法、消防法、警察官職務執行法です。なぜなら、事件発生直後からテロ攻撃と認定でき、緊急対処事態を認定するなど不可能だからです。被害現場周辺に規制線を張り、救急隊が負傷者を病院へ収容し、負傷者が多数の場合には現場で仮に収容して、医師団が応急措置を施すでしょう。被災規模が大きければ自衛隊の災害出動を要請するかも知れません。消防は火災を消火し、警察は爆発物を捜査発見につとめるでしょう。警察の爆発物処理班も出動するでしょう。これらの活動で現場はほぼ収まることになります。

その途中でテロ実行組織が犯行声明を出せば,初めてこれがテロ攻撃だということとなり、緊急閣議を開いて武力攻撃事態法で緊急対処事態を認定して,事態対処本部設置となり、有事法制が発動されることになります。しかしながら、既に現場での被害者の救護は終了しており、テロ実行犯に対する捜索は始まっているでしょう。

そうすると武力攻撃事態法や国民保護法といった有事法制の本来の出番はないはずです。つまり、大規模災害を口実にして緊急事態制度を作るため憲法改正が必要とする議論に対して「そんなの必要ない」と反論するように、有事法制以外の既存の緊急事態法制で十分対処できる仕組みはあるのです。

有事法制は,武力攻撃やその予測事態、緊急対処事態を理由にして基本的人権を制限し、社会システムと国民生活を統制するもので、憲法違反の疑いの強い法制です。これを使うまでもなくその他の緊急事態法制で対応できるのであれば、有事法制の出番はないはずです。

実は私が日弁連有事法制問題調査研究委員会当時、国民保護法が施行された後の運用の実態を調査したことがありました。運用といっても実際に国民保護法が発動されたわけではなく、緊急警報を行うJアラートの運用試験であるとか、全国各地で行われている国民保護訓練です。その中で、平成19年度神戸市国民保護図上訓練報告書を入手し,子細に調べたことがありました。

国民保護訓練の想定される流れは次のようなものでした。

13時30分さん地下タウン地下街(JR三宮駅南側に拡がる地下街)でスーツケース型爆弾が破裂、10分後救急隊到着、20分後交通規制、14時現地救護所設置、神戸市事故対策本部設置、自衛隊に災害派遣要請、警戒区域の設定と避難誘導、15時川崎市で爆発テロ発生、15時30分国際テログループ「南極のきつね」が犯行声明、16時40分臨時閣議開催し緊急対処事態認定、16時50分負傷者の搬送ほぼ終了、17時神戸市緊急対処事態対策本部設置、17時05分消防庁より避難指示と警報の発令

この事件では死者57名、負傷者354名となっています。図上訓練の実施結果では、14時20分に避難所を開設し、17時55分には救護所には負傷者はいない(すべて医療施設へ搬送済みでしょう)、18時13分医療チーム撤収指示、18時30分自衛隊活動終了、消防隊縮小となっています。つまり、有事法制を発動した段階では,現場の救護、避難措置はすべて完了し、収束しかけており、有事法制を発動しなくてもなすべきことはなされていたということです。

消防庁は国民保護マニュアルを作成し、それをモデルにして各地方自治体が国民保護計画を策定しています。国民保護マニュアルでは、(緊急対処)事態認定前の措置を定めています。(緊急対処)事態認定前には、初動措置として消防法、警察官職務執行法、災害対策基本法等に基づく避難指示、警戒区域設定、救急救助等の応急措置をとるとしています。その後政府により緊急対処事態認定がなされてから、災害対策本部を廃止し、緊急対処事態対策本部を設置し、災害対策基本法による避難指示等が既に講じられている場合には、国民保護法による措置に切り替えるとしているのです。いわば看板の付け替えをするということです。これではかえって現場は混乱するのではないかと心配したくなります。

対処措置の終期については、武力攻撃事態法第9条14項で、総理大臣が対処の必要性がなくなったと判断したとき、または国会が終了決議をしたときとしています。武力攻撃事態対処法の解説(武力攻撃事態対処法研究会著)によると、被災者の救助、被害の応急復旧等一連の措置の必要性がなくなったときと述べています。上述した神戸市のケースでは、緊急事態対策本部が設置された時点で残されているのは応急復旧くらいと思われます。こんなことで有事法制を発動する必要性は全くないと言えます。但し注意を要する点は、一旦有事法制が発動されると、テロの脅威が強調され、「緊急対処事態が発生する明白な危険が切迫している」と政府が判断すれば、現場は収まっているにもかかわらず、必要もない有事法制の発動を続けるというおそれがあることです。テロ攻撃後平穏な生活を取り戻したとしても、緊急対処事態による政府の統制は続くかも知れません。

自然災害であれ、事件や事故であれ発生した被害を回復することでは変わりはありません。テロ等の緊急対処事態であるからといって,テロ事件の犯人の捜索逮捕以外には特別な措置はありません。自民党改憲草案の緊急事態制度は、現行の有事法制をさらにバージョンアップし,総理大臣に独裁的権限を付与するものです。現行有事法制では国民の協力は努力義務にとどまっていますが、改憲草案第99条3項では国民に服従義務を課しています。テロ事件で現行の有事法制の必要性や有効性はないのですから、憲法上の制度として、テロ事件での緊急事態制度の創設は全く必要なく、逆にテロ事件を口実に基本的人権を制約するだけに有害であると言えます。

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