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起訴後勾留中の被告人の対象犯罪取調べの録音録画義務を否定する政府見解に関する日弁連の議論を受けての私見

寄稿:海渡雄一

2016年5月15日

法務省による解釈は間違いとする日弁連見解

昨日(5月12日)の日弁連正副会長会で、刑事法制委員会の提案(岩田意見を委員会意見書としたもの)を受けて、相当な時間をとって対応が協議されたとのことです。その結果、日弁連としては、条文解釈として刑事局長答弁は誤りで、被告人に対する任意捜査であっても、裁判員対象事件などについて取り調べる場合には録画義務があると解釈するとの見解にたち、各方面へ働きかけるということになったと聞いています。中本会長をはじめとする正副会長の皆様に、岩田さん・刑事法制委員会の意見や私の意見[1]について、ご審議いただいたこと自体については、深く感謝します。しかし、その結論には私は納得できません。

長期の警察拘禁と自白過程の録画の欠如が招いた、えん罪の可能性

日弁連は、全過程の可視化の実現こそがえん罪の防止の決め手であり、代用監獄の廃止や弁護人の立ち会い、全面的証拠開示の実現を脇に置いても実現すべきだとされ、そのためには人権の保障上問題のある通信傍受の拡大や司法取引の問題についても反対しないという立場を取ってきました。

わたしは、前掲の原稿で、今市事件では一部録画が誤った司法判断を導いた可能性があることを指摘しました。そして、殺人事件の取り調べを三ヶ月半もの間、別件での勾留を利用し、殺人事件を立件することなく起訴後の任意捜査として継続するような捜査方法が行われ、これが正されることもなく認められ、有罪判決がなされたことに衝撃を受けています。

警察拘禁と取り調べに関する自由権規約9条は、被疑者はすみやかに裁判所に連れて行かれるものとすると定めているが、自由権規約委員会の一般的意見35(2014年12月16日)では、

「33. 「速やかに」の厳密な意味は,客観的事情によってさまざまであろうが95,遅滞は,逮捕時から数日(a few days)を超えるべきではない96。委員会の見解としては,個人を移送して裁判所の審問に備えるには,通常,48 時間で十分であり97,48 時間を超えての遅滞は,絶対的な例外にとどめられ,諸事情に照らして正当化されなければならない98。司法統制を伴わない法執行官の管理下でのより長い抑留は,虐待の危険を不必要に増加させる99。ほとんどの締約国の法律は,厳密な時間制限を定めており,48 時間より短い場合もあるが,その場合は当該時間制限を超えるべきではない。少年事件では,例えば24 時間といった,特に厳格な速やかさの基準が適用されるべきである100。」

「36. 委員会の見解としては,再度の抑留は,警察の留置場に戻ることを伴うべきではなく,むしろ,被抑留者の権利に対する危険がより容易に軽減されやすい場所である他の当局の管轄下にある別の施設でなされるべきである。」とされています。

このような、確立した国際基準の下では、今市事件における捜査方法は、絶対に許されてはならないものです。

今後も同様なやり方を繰り返す姿勢の法務省・警察

そして、政府法務省は、被告人の起訴後の取り調べは「任意」のものであり、拒否することができたから、これを録画する義務はないとして、この実務を是認し、この法案が成立した暁にも、同様のやり方を繰り返さないとは約束していないのである。

全過程が可視化されていなければ、いかなる供述調書も証拠採用しないとする規定も法案には盛り込まれていません。

このような状況では、今市事件において極めて明確となった別件逮捕を利用し、全過程の録画義務を回避した部分可視化の弊害を防ぐことはできません。

一部録画は違法捜査の抑制ではなく、違法捜査の隠ぺいにこそ役だったのです。このようなやり方を改めるのではなく、逆に認めさせ、固定化しようとする法案を、このまま認めるのかどうか、人権擁護を目的とする日弁連の最後の良心が問われていると指摘しました。

解釈の誤りを言うだけですまされる問題ではない

この状況で、政府の答弁は法文の解釈を間違えていると言うだけですむような問題でしょうか。

できてしまった法案の解釈と、まだ審議中の法案の解釈では、やり方が異なるはずです。政府が誤った解釈をしていると考えられる場合には、それが不当だと考えるときには、日弁連はその点を明確にするように、法案を変えるために努力するという取り組みをしてきたはずです。

最低限、政府答弁を改めさせ、このことを付帯決議において明らかにすることなどの努力が必要で、それをしないで、法案はこのように読めるはずだなどと言ってみても、それは裁判所に行っても相手にしてもらえないはずです。

錆びた刀で闘えと弁護人に絶望的闘いを強いる日弁連見解

今市事件については、弁護人の弁護方針に対する批判を口にする方々がいます。もちろん、数ヶ月にわたって、延々と起訴後の「任意調べ」で殺人事件の捜査が続けられているときに、可視化の申し入れをしたり、拘置所などへの移監請求など、やるべき弁護活動はあったかもしれません。しかし、5月10日の院内集会における事件を担当された一木明弁護士の報告を聞いて、弁護実践で乗り越えるべきという方針は、私は間違っていると確信しました。

被告人に対する取り調べでは、部分録画が防げず、部分録画されたものの一部が証拠採用されることを防げない可視化法案のもとでの弁護実践とは、たとえて言えば、切れない刀を渡され、「これで闘え、それで負けたのは切れない刀で闘えないお前が悪いのだ」と言われているようなものです。

最後まであきらめず、法案の誤りを正す必要がある

そして、刑事局長答弁では、こういうやり方を、間違っていたとは認識しておらず、今後もやって差し支えないと言明するものとなっています。

日弁連は、少なくとも切れる刀を弁護人に手渡すために、法案をよりよいものにするため最後の最後まで法案を変え、それができなくとも、法案の政府解釈を変えるためにぎりぎりまで努力する責任があるはずです。

日弁連がやらないのであれば、我々心ある市民と弁護士が手を携えてこの法案に立ちふさがり、誤った見解を正す以外にありません。

 


 

[1] 拙稿 「刑訴法改正案の可視化ではえん罪は防げない。日弁連は法案をこのまま成立させてはならない。」2016年5月10日

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