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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ
第56回「アフリカの野生生物の利用(3)〜マルミミゾウことはじめ」

2016年5月18日

▼バイ

ンドキの特徴はスワンプである。スワンプのうち湿性林には、比較的樹高の低い樹木で構成される。場所によっては「底なし沼」状であり、歩くときには注意を要する。そうした樹木の根や草本類の根塊に足をゆだねながら、沈まないように進まなければならない。スワンプにもう一つ代表されるのが現地語で「バイ」と呼ばれる湿性湿原である(バイについては、連載記事第9回も参照のこと)。バイには10m四方の小さなものから、野球場がいくつも入るような直径数100mにもわたる大きなサイズのものまでさまざまである。この湿地性の草原は、ゾウ、アカスイギュウ、カワイノシシ、ニシゴリラ、ボンゴ(ウシ科)、シタトゥンガ(ウシ科)、ヒョウなど実にさまざまな動物が集まる場となっている。しかもその中央部付近には小川が流れ込んできているため、カワウソやワニ、淡水性の魚も生息し、魚をついばみにやってくるいろいろな種類の鳥も見られる。ンドキにはこうしたバイがパッチ状に熱帯林の中に出現する。一般に熱帯林は見通しが悪いのだが、バイは草原であるため、かなり遠くまで見渡せる、熱帯林の中では特異な場所であるといえる。

バイでのマルミミゾウのグループ©西原恵美子

バイでのマルミミゾウのグループ©西原恵美子

雨上がりの「グガ」と呼ばれるバイ。なにかの気配がする。アー!ケモノか。それは鼻だった。ゾウだ!ゾウの鼻だ!ぼくのいる観察台から極めて近い。3頭。パノラマをみているようで、まるでジュラシックパークかとも思う。鼻だけを上に出して全身沈んでいるゾウ。ぼくにはどうやら気付いていない。延々と採食を続ける。カメラやビデオ装置のないのが惜しい。ゾウの全身をこんなに目の前でみたのははじめてだ。興奮する。偶然、観察台近くを通りがかったジョマンボ(コンゴ人研究者:連載記事第15回と第45回を参照のこと)を走って追いかけ呼ぶ。ジョマンボも見る。ジョマンボの持っていたカメラでこのゾウの姿を収める。ゾウは、何とこちらへ向かってきた。こちら岸に上がって、観察台のすぐ森側を通って去っていった。

バイの沼地に全身が沈むマルミミゾウ©西原智昭

バイの沼地に全身が沈むマルミミゾウ©西原智昭

こうした奇妙な体験から妄想を書きたてられてしまうのも、ンドキの森から数100kmほど離れたテレ湖という湖に、古くから恐竜伝説があったことによるのかもしれない。その湖に生息するであろう怪物を一目見ようと探検隊が、かつて幾度となくそこを訪れた。しかしいまだに確たる証拠は得られないままだ。恐竜の是非はともかくも、ンドキのスワンプというのは、場所によってはゾウの全身がすっぽり埋もれてしまうくらい深い沼なのである。バイの中のゴリラについてはすでに説明したが、ぼくはバイに来るアカスイギュウがバイで首だけ出しているのも観察したことがある。もしアカスイギュウの足が沼地の底に付いていないとすれば、沈まないように泥の中で犬掻きでもしているのであろうか。

▼ゾウ道

ゾウによって作られたケモノ道をゾウ道と呼ぶ。バイに続くゾウ道。通常バイから放射状に伸びている。ふつうは幅1.5mくらい、場所によっては硬く踏み固められた、トラックが悠に一台分通れるだけの広さのゾウ道。それは、長大な年月による世代を超えたバイへの反復利用を彷彿させる。アフリカ熱帯林に生息する現存陸生動物の中で最大のマルミミゾウ。それが森を闊歩すればやぶは掃討される。もし多くの個体が何世代にもわたり繰り返し同じ場所を通過していけばそこにわだちができる。大きな獣道である。こうしてゾウ道は形成されていく。それは熱帯林の中にできたまるで「自然遊歩道」のようなものであり、熱帯林の中にネットワークを作っている。バイやゾウにとっての食物となる果実を実らす大木などとをつなぐ。歩きやすいため、多くの動物も移動にこのゾウ道を利用する。研究者もツーリストも歩きにくい熱帯林の調査で、高頻度でゾウ道の上を歩く。

まっすぐと伸びる原生林の中のゾウ道©西原智昭

まっすぐと伸びる原生林の中のゾウ道©西原智昭

このゾウ道が縦横無尽に走っていることは、その森にゾウが多く生息していることを意味している。そこは多くのゾウが生息するだけの豊かな森と遊動域の広いゾウにとっての十分な広さの森が確保されているということである。かくて、ゾウ道は豊かな森、原生林の象徴であるといっても過言ではない。そういう森の場合、あるゾウ道は何kmにもわたりずっと続いていることもあり、また場所によってはほぼ一定方向を向いた5kmに渡る直線状のゾウ道もあれば、トラックが通ることができるほど広い大型のゾウ道が見られる。ンドキはまさにこうした森の典型例といってよい。逆に開発の進んだ森の中では、こうしたゾウ道は見られない。それはとりもなおさず、そこにはゾウの生息数が低いことを物語っている。

▼マルミミゾウによる種子散布とバイ創生

コンゴ共和国に生息するゾウも含めアフリカの熱帯林地域に生息するゾウは「マルミミゾウ」または「森林ゾウ」と呼ばれている。サバンナに生息するゾウに比べからだのサイズが小さめで、からだの色も少し赤みがかっている。マルミミゾウはふつうは母親とそのコドモの単位で生活し、通常は5~6頭くらいのグループで行動し、繁殖期になるとオスのゾウがメスと一緒になる。ときにはオスやメス、コドモたちが何組か集まって10頭くらいで一緒に行動することもある。またゾウの首に衛星探知機をつけて追跡した最新の調査では、3ヶ月くらいの期間のうちに、およそ100kmくらいの距離をゾウは移動していることが示されている。

マルミミゾウは熱帯林の種の多様性の維持とその再生にきわめて重要な役割を果たす動物である。ゾウは葉、樹皮、その他植物性繊維物だけでなく、多種多様な果実を食べる。その種子を飲み込み、糞の中に排出する。移動距離の長いゾウは、その種子を含んだ大量の糞を森のあらゆるところに散布していく。その結果いろいろな環境に振りまかれた種子は、適切な条件がそろっていれば、芽を吹く。そしてやがて次の世代の植物が再生されていく。そのうえ他の動物には食べることのできない大きくて固い果実を食べその種子を運び、また大きすぎて他の動物には飲み込むことのできない種子を運ぶことができる。またゾウの移動そのものが森の下生えからなる藪を掃討していくため、種子の発芽にふさわしい明るい場所をも作っていく。

マルミミゾウの糞©西原恵美子

マルミミゾウの糞©西原恵美子

マルミミゾウの糞の中に見られる果実の種子©西原恵美子

マルミミゾウの糞の中に見られる果実の種子©西原恵美子

マルミミゾウの糞から出てきた植物の芽生え©西原恵美子

マルミミゾウの糞から出てきた植物の芽生え©西原恵美子

さらに森の中には多くの動物が訪れる湿地性草原が点在している。上記ですでに説明した、現地語でバイと呼ばれる場所だ。最大の特徴は、一般には植物が鬱蒼と茂った場所が多く見通しがよくない熱帯林の中にあって、草原であるため、開けた場所でありかなり遠くまで見渡せる点である。動物がそこに集まるのはミネラルを含んだ水草を採食するためである。あるいは動物同士にとっても見通しがよいので、同種間あるいは異種間の社会的コミュニケーションの場であるのかもしれない。

こうしたバイは長い年月をかけてゾウが作り出したものと考えられている。ゾウがもともと多少軟らかくなった湿地帯のようなところで、土を掘ってミネラルを含む土を食べていた、そういう活動をおそらく長い年月、何百年単位で繰り返し、また多くのゾウが何度も利用することによってだんだんその場所が広がり、そのうちに草原化して、こういった湿地性草原“バイ”になっていったというシナリオである。したがってゾウの存在が、バイに依存しているゴリラをはじめとする他の動物の生存にも大きく寄与していることが伺える。実際、マルミミゾウの密猟が激しくゾウによるバイへの訪問頻度が激減したバイでは、草本類が異常に繁茂し、バイがバイでなくなりつつある。

マヤ・ノールと呼ばれるバイ(左は約15年前、右は現在);現在は草本類が繁茂しマルミミゾウがあまり訪れていないことを示唆©Florence Magliocca(左);African Parks Network(右)

マヤ・ノールと呼ばれるバイ(左は約15年前、右は現在);現在は草本類が繁茂しマルミミゾウがあまり訪れていないことを示唆©Florence Magliocca(左);African Parks Network(右)

このように、マルミミゾウは、ゾウ道の形成と維持、種子散布を通じた森林エコシステムの維持、そしてバイの創生と維持という点において、アフリカの熱帯林の中できわめて重要な生態学的役割を果たしているといえる。この点、マルミミゾウは、熱帯林生態系における「礎石種」とも呼ばれる。

ゴリラの調査のときのぼくのように、アフリカ熱帯林での野生動物の研究者がこうしたバイに注目し始めたのも、観察条件のよさという点にある。見通しの悪い密林の中に比べ、比較的開けた場所であるからだ。そこでは動物たちが集まる様子や、同じグループや隣のグループがどのような関係を形成しているのか、また場合によっては異なる種の動物がお互いどのような関係にあるのかなどが、つぶさに観察することができる。しかし、バイは、絶好の観察場所でもあるが、従来からのゾウ猟の場所でもあった。

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