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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ第57回
「アフリカの野生生物の利用(4)〜ムアジェの悲劇」その1

2016年5月31日

ムアジェの悲劇

1996年7月、ぼくはマイク・フェイの操縦するセスナ機で、ヌアバレ・ンドキ国立公園のボマサ基地から首都ブラザビルへ向かう途中、いくつもの巨大なバイの上空を通った。オザラ・コクア国立公園周辺で、空撮をするためである。機体は何度も低空で旋回したため、ぼくは多少酔い始める。そして、バイの一つ、モアジェと呼ばれるバイにて、大量のゾウの惨殺死体を発見する。われわれは何回もその上空を旋回し、完全な白骨死体から真新しい生の死体まで数百ものゾウの遺骸を確認した。

その後、マイク・フェイらがヘリコプターないしは徒歩で現場に行き、確認されたゾウの死体の数は300以上にものぼることが確認され、死体の古さに差があることから、このムアジェ・バイでは、何度にもわたって繰り返し-発見時のおよそ1年前から1, 2週間前まで-ゾウの密猟が行なわれていたと推定された。ゾウに残る銃弾の傷跡から、密猟はカラシニコフ(AK47)と呼ばれる自動小銃で行なわれていた。

上空から見たムアジェ・バイ;白い点々に見えるのが密猟されたマルミミゾウの白骨死体©西原智昭

上空から見たムアジェ・バイ;白い点々に見えるのが密猟されたマルミミゾウの白骨死体©西原智昭

もっとも惨殺な光景というのは、母親の死体のそばにコドモの死体もあったことだ。ゾウの密猟では通常は牙の大きいオスが狙われるやすいが、ここではメスも殺害されその象牙が抜き取られていた上に、自動小銃によりおそらく母親の近くにいたコドモも巻き添えにあったのだと考えられる。

ムアジェ・バイで密猟されたマルミミゾウの死体©WCS Congo

ムアジェ・バイで密猟されたマルミミゾウの死体©WCS Congo

その後の調査で、密猟者グループは10ないし20人で、主としてバイの北30kmほどの村の居住者によって構成され近隣のカメルーンからの人も含まれていたということが判明した。殺害後鼻あるいは首を根元から切断し、象牙のみが抜き取られている状況で、食用となる肉は一切利用されていなかった。ゾウはまさに象牙の採取のために殺されたというわけだ。おそらく象牙はそのあと、徒歩で近隣の村へ運ばれ、のちトラックで約80km離れた地方都市ウエッソへ運搬されるか、船で隣国カメルーンへ輸送されたと推測される。

象牙を取るために頭部と胴体部を切断されたマルミミゾウの密猟死体©WCS Congo

象牙を取るために頭部と胴体部を切断されたマルミミゾウの密猟死体©WCS Congo

ぼくはヌアバレ・ンドキ国立公園南西部のモコレ・バイ方面へ調査に出かけた。そしてぼくはまさかという光景に出会った。かつてはマルミミゾウの密猟の中心地のひとつであったモコレでは、その後繰り返し実施されたWCSのよってサポートされた対密猟対策のパトロールによって、密猟は一切起こらなくなっていた。それでも警戒心の強いゾウをはじめとする動物は日中に湿原に現れようとしなかった。その日ぼくは目を疑った。昼の1時ごろであったろうか。ゾウが、アカスイギュウが、ボンゴが日中の時間帯に、いかにも気持ちよさそうに、湿原で休息し、水を飲み、草を食んでいたのである。信じられない。日だまりの中の自然にあるべき動物たちの平和な一コマ。4、5年にわたったパトロール活動による努力が実り、動物も安心して生活でききるようになったのである。

ムアジェ・バイ。300頭以上のゾウの密猟という惨劇が発見されてから1年以上の月日が立った。ぼくは、再度ムアジェ・バイへ赴いた。それは満月の夜のことだった。夕刻が過ぎ、あたりが闇に包まれてしばらくしてから、ゾウの群れが続々と湿原に入ってきた。日中、そこに姿を見せなかった彼らは、ずっと夜を待っていたのだ。何百という仲間の白骨死体の間を縫うようにやってくる。折から立ちこめていた靄が満月を包み込み、何となく沈んだ気分になっていたぼくにとって、このぼんやりと見えるゾウの群れの光景はなぜかとてもやりきれないものだった。それは、密猟者を恐れ日中には姿を現さなかったゾウの姿にほかならなかったからだ。平和の訪れたモコレ・バイとは非常に対照的だ。

月光に照らされた姿はたとえようもなく甘美で、しかしもの悲しい光景。

ムアジェ湿原はその後、アメリカのテレビチームや、ドイツや南アのテレビチームが訪れその現場の様子が放映され、メディアを通じてマルミミゾウ保全のためのキャンペーンが実施された。その結果、ムアジェ・バイを守るためのレンジャー養成に必要な資金が援助される結果になった。コンゴ共和国政府は、WCSなどとの協力でレンジャー養成を始め、その訓練は順調に経過、それが功を奏し、当面数百頭の密猟が起るような事態は回避できるようになった。またその何年か後、コンゴ共和国北西部にあるオザラ国立公園が拡大され、ムアジェを含む地域も国立公園の中に含まれるようになり、いま現在に至るまでより保護体勢強化のための尽力が継続されている。

神経質なゾウ。家族が、仲間が、密猟によって殺されたのを記憶として覚えているのだろう。だからバイにはもう昼間は来ない。行きたくても行けない。密猟者の恐怖を知っているからだ。いきおい、唯一夜にだけバイに来るようになる。しかしバイ周辺では過去のつらい経験を知ってか、神経質なゾウが多いのは確かなようである。ぼくはたまたまそうしたゾウに出くわし、事故に出会ったのだ(連載記事第13回を参照)。

森の中でゾウを直接観察することは、一般に容易ではない。ブッシュに阻まれるからである。それに、彼らはその巨体にもかかわらず静かに移動するので、われわれの歩く進行方向にいても、こちらがその存在に気付かないことがある。森の風景に紛れ込んでいるときがあるのだ。背中からお尻にかけての一部のみしか視野に入らない場合など、ゾウとは気付かないこともある。森をよく知る先住民のガイドと森を歩いていてもそういう事態は起こる。実際、直前の数mに近付くまでは、ゾウが岩のようなものとしか判断できなかったこともあった。

そんな状況で森の中でゾウに出くわしたらどうするか。距離が多少あればすぐには逃げないこと。まず風向きを確認すること。われわれが風下であればあわてる必要はない。目よりも鼻の利くゾウに気づかれる可能性は少ないからだ。もしわれわれが風上にいることがわかれば、念のため自分の後方の逃げ場所を確認する。ゾウがわれわれに気付き、こちらに近づく可能性があるからだ。もし直径の大きな木があればラッキーだ。万が一のときその背後に隠れればいい。さらにもし巨大なシロアリ塚でもあれば幸いだ。ゾウは急坂を登ることはできないから、いざというときそのてっぺんに登ってしまえばいい。鉢合わせでいきなり相手が突進してきたときは、現地の先住民ガイドの逃げる方向に一緒に逃げるべきだろう。彼らはどの方向が逃げるのに最も適しているか、瞬時に判断できる。少なくとも森を知らないわれわれよりはそうした感覚が優れている。

密猟者を締め出すパトロールの積み重ねで、モコレ・バイにはゾウも日中やってくるようになった。ムアジェでも今では昼間ゾウが現れるという。しかしマルミミゾウの密猟は終わることを知らない。われわれの監視の届かないところで、日々進行中だ。象牙はここかしこで密取引され、いずこへと流れていく。

ゾウの密猟と象牙利用

ムアジェの悲劇が物語っているのは、ゾウの肉目的ではなく、象牙目的で、マルミミゾウが殺害されたことだ。しかし、人間による象牙利用や取引にはどういった背景や歴史があり、しかもなぜこの時点でこうした大量殺戮が起こったのかを知る由はまだ当時のぼくにはなかった。もちろん日本人として、「日本人は印鑑などに象牙を使っている」しかし「象牙利用は禁止されているようだ」といったことを、おぼろげながら知っていた程度である。

そして、マルミミゾウの象牙が日本人に重宝されていた歴史的事実に気付くには、まだ何年もの月日を要したのである。

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