【NPJ通信・連載記事】一水四見・歴史曼荼羅/村石恵照
一水四見 インターネット空間の世界的独占が本格化する?「10月1日、戒厳令が敷かれる?」
すべての戦略は、より上位の統合的戦略によって戦術化される。
戦術化されるとは、上位の戦略によって手段化され、利用されうることである。
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最近の国際政治にかかわる情報は、虚々実々、魑魅魍魎、正邪善悪、渾然としていてなにを信じてよいのか一般の人々には雲をつかむようだ。
「スノーデン事件」があった。
2013年6月3日、月曜日、香港のホテルで、果敢なる女性映画監督ローラ・ポイトラス氏がスノーデン氏本人に対面、その後数日間にわたって取材した。
2013年6月、 英ガーディアン紙などによって、CIAやNSA(アメリカ国家安全保障局)などに勤務していたスノーデン氏が、アメリカの国家機密情報を漏洩した事実が報道された。
2013年6月15日、ニューヨークタイムズ紙に、彼の人物像についての詳細な記事がでた(1)。
高校卒の卒業証書もないスノーデン氏がCIAに採用されたこと、日本のポップカルチャーに関心をもったり日本語を学習したりしていたこと、在米のアニメ会社に勤務したことなどが紹介された。
そして、2013年11月1日、彼は明らかにロシアの情報機関に指令されているとの記事が、ジャーナリスト・ケリー氏のサイトにでた。(2)
その後、2014年、ポイトラス監督の「CITIZENFOUR」がアメリカで制作され、日本でも今年(2016年)6月、東京の映画館で上映されて、私も興味をもって「シチズンフォー スノーデンの暴露」を観た。
そして最近、上記のケリー氏の記事を追認するかのような様々な記事がインターネット上にあらわれた(「ロシア政府は認める;スノーデンはロシアのスパイ」)(3)。
スノーデン氏は、横田基地でも業務をおこなっていたといわれるが、現在はロシアに在住して、その保護下または監視下にある。
ふと、以前観たある映画を思い出した。
CIA 対 KGBの諜報活動を描いたアメリカ映画「No Way Out(「追いつめられて」1987年)だ。
国家体制や独裁者が変わっても諜報組織は継続するといわれるが、米ソ対立が米ロ対立に変わっても両国の諜報合戦は、相変わらず堅実に継続されているようだ。
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諜報といえば、50年程前に読んだ、インド事情全般を紹介した A.L.バシャム の名著「The Wonder that was India」を思い出した。
本書の一節に古代文献「アルタシャーストラ(帝王学の書;紀元前4世紀)」にもとづいて、古代インドにおける諜報活動についての記述がある。
諜報員は、聖職者、売春婦、乞食などあらゆる職種の男女から選ばれるが、特別な諜報員は幼児から育て上げられた孤児で、聖職者や占い師を装った仕事に従事させる。
諜報員は、情報を一括してくみ上げる複数の諜報活動機関によって社会階層の全般にわたって組織的に配備され、暗号なども利用しながら情報を上部に提供し、また上部から指令を受ける。
それぞれの諜報活動機関は国家の諜報活動の全体には関与せず、国王や大臣たちが上位で情報を統括する。
国王には、特別に直属の諜報員がいる。
諜報員の主務は国王の安全保護にあるが、国王の側近の忠誠度を探ったり、敵方の国王の暗殺も任務の一つだ。
国民感情の動向をさぐり、国王の人気を高める任務もある・・・。
まるで、現代でもおこなわれているかもしれない諜報活動だ。
スノーデン氏が何歳頃からロシアの諜報活動にかかわるスパイとして潜っていたのか、途中からスパイに仕立てあげられたのか、またはスパイではなかったのか、どうなのか。
問題の本質は、スノーデン氏個人が、反体制の英雄かアメリカに対する裏切り者かではなく、彼を浮かび上がらせている背後の組織にあるだろうし、彼がアメリカ政府の機密の諜報活動を暴露した事実と、暴露された情報自体は事実だろう。
この暴露は、結果としてアメリカ政府の威信に打撃を与えた。
しかし、今年起こった「パナマ文書事件」については、さらに暴露の経緯が複雑だ。
「パナマ文書」の暴露に直接関わった実際の個人(または複数かも)の行動については未だに公表されていない。
この事件をマスコミに公表した在米のジャーナリストの組織自体について、様々な独立したジャーナリストたちは嫌疑を抱いている( 「Why the «Panama Papers » ?」;Thierry Meyssan VOLTAIRE NETWORK | DAMASCUS (SYRIA) | 13 APRIL 2016)。
とにかく各国の様々な軍事意図や利害が深く介入しているインターネットの情報空間だが、監視する者は同時に監視もされる、という事実だけは確かなことだ。
権力の監視組織の頂点にある者は、同時にもっとも監視されているのだろう。
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ところで「スノーデン事件」や「パナマ文書」も間接的に関わっているとみられるが、 それを上回る大きな情報世界の動きが、現在 “静かに、象徴的に” インターネットの情報空間にに進行している(4)。
“静かに” とは、人目を避けて、ということで、“象徴的に” とは、具体的な個別の動きを統括した長期的意図の下に、ということだろう。
モロッコ、マラケシュ市の人目を離れた豪華なホテルで2年間にわたる協議がおこなわれ、インターネットの運用がアイキャン ( ICANN: the Internet Corporation for Assigned Names and Numbers ) なる “多角的利害関係者” の手に委ねられることが決まった(The Guardian: Quietly, symbolically, US control of the internet was just ended)。
そして、アメリカ商務省が、米政府管轄下にあったインターネットの核心的システム(DNS ; The Domain Naming System )を民間の組織に移譲する、という。(5)
しかし、この移譲の動きは、すでに20年程前から始まっていたことだったが、ようやくゴーサインがオバマ大統領によって発動されたのだ。
端的にいえば、アメリカ政府の “保護下に” あったインターネット情報空間が、どこの政府にも属さない非営利の民間機関・ICANN(アイキャン)に本格的に移譲されることである。
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伝統的中華帝国とは対称的に、全世界に拡大した植民地主義に示されているように、西欧の帝国的ダイナミズムの中心的情念は骨の髄まで功罪同居している自由主義にある。
その自由主義とは、だれに対しても開放された普遍的理念であるが、同時に、個に収斂すれば放縦なるエリート主義に傾き、多に拡散すれば独裁体制(ファシズムと共産主義)に運用され、利益追求を主眼をして選ばれた少数による民営化へ導く思想である。
そして、民営化とは同時にグローバル化である、ということは欧米政治のオーウェル的二重義のレトリックに親しんでいる欧米の識者には当然のことだ。
ICANN は “多角的利害関係者” からなる “非営利の民間機関” であるから、これにはロシアと中国なども参加している(6)。
この機関の建物の所在が、アメリカのロスアンジェルスである、ということも重要である。
民間組織としてインターネットの核心的機能を移譲された ICANNは、デジタル的インターネット情報空間におけるアメリカ政府の覇権の失墜とみることができるかもしれない。
が、深層の部分では、「アルタシャーストラ」に記述されているように、アナログ的生身の人間による広義の諜報活動の活発な動きがICANN を中心として益々加速されてゆくことが予想される。
世界の大きな情勢は、グローバリズムとナショナリズムの対立と捉えられる様な単純なものではない。
現在、従来の国民国家の政府自体の機能が変質しゆく方向にあるのではないのか。
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ICANN の民間への移譲は “静かに、象徴的に” 行われているので、一般のインターネットの利用者は、使用上、なんら変わったことには気がつかない。
が、インターネットを全世界の人々に平等に普及させたところで、そっくりその基幹部分を、政府と議会の権限を超えたところで一部の人々が支配するのではないか、と危惧する声がインターネットで上がっている。
世界中の人々が見聞きしたり文書から得る情報の約98%を、六社が支配しているといわれる状況を考えれば、危惧する声も当然だ。
しかも ICANNの取締役会は20名から構成されているが、説明責任がないとされる。(7)
さらに、ICANN はウェブサイト所有者の匿名性を無くするらしい。(8)
情報公開の立場からすれば、美しく聞こえるが、情報を支配する側からすれば、反体制派をあぶりだす手段ともなる。
ICANNの取締役会が、国連の場の背後で、世界政治の駆け引きの坩堝と化されていけば、インターネットの情報空間は、益々重層的に複雑になってくる。
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古代インドには無かったインターネットの情報手段は、一般人相互の情報交換を飛躍的に拡大しただけでなく、政府による諜報活動をも異常に進歩させたが、特に政府の中枢にも影響を与えうる少数の金融エリート主導の全世界的統合に資するにもっとも適している技術である。
ICANN の移譲時期は10月1日に設定されている( Obama to hand over control of the Internet ― created by the U.S. military ― on Oct. 1;byWorldTribuneStaff, August 18, 2016)。
奇妙なことは、すでに2014年にオバマ大統領の件の動きに対して、互いに民主党の仲間であるはずのクリントン元大統領や、ワシントン・ポスト紙、ヘリテージ財団などが、ICANNへの移譲を批判していることである ( The Daily Signal; Amy Payne / March 24, 2014 )。
ついこの間、民主党大会の壇上で、ヒラリー・クリントン女史とオバマ大統領がしっかりとハッグしあっていたのは、なんだったのか。
アメリカの権力の中枢で、なんらかの亀裂が最近生じているのか、事態は進行中で単純な評価はできない。
11月のアメリカ大統領選挙の結果も、予断をゆるさない。
しかし、ICANNの本格的民営化、TPP 、TTIP(環大西洋協定)、スノーデン事件、パナマ文書事件、国民総背番号制など、すべて国境を超えた巨大な“英語とその思考”に主導された情報世界での出来事である。
歴史は、くり返さない。
すべては諸行無常の世界で縁起的に連動している。
ちなみに、表題の「10月1日、戒厳令が引かれる?」は、「Will Martial Law be Implemented on October 1st? ; the common sense show.com <http://show.com> ; 2016/08/18」から引用した。
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しかし、世界でなにが起ころうと問題は、“ 問題化された南シナ海 ” の問題などに翻弄されているような日本の政権だ。
個々の国の国益を求めた努力が、そのまま上位の戦略へ組み込まれて行く。
高度の戦略を立てているつもりが、それがそっくり外部のグローバルな上位の戦略のなかで戦術化されていれば大変だ。
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インターネットの情報世界は政治、経済、軍事、金融等に深く関わっているが、何が有益な情報かを判断する基準は、はっきりしている。
膨大なインターネットの情報世界の中で、情報自体の収集や、分析自体に翻弄された観念的な政治思考に泥んで脚下照顧を忘れてはならない。
日本の国民は、歴史的に長年の文明的交流のある東アジアに位置している地政学的意味を深く認識しつつ、自分たちを育んでくれた清い水をもたらす日本の緑の大地と、その土壌で育てた作物と、そこで縄文時代以来築き上げられてきた伝統を堅持することを国益の基準として、具体的に判断をすることである。
(2016/08/30 記)
(1) The New York Times; “For Snowden, a Life of Ambition, Despite the Drifting”; JUNE 15, 2013.
(2) BUSINESS INSIDER; Michael B Kelly; :It’s Now Clear That Edward Snowden’s Life Is Dictated By Russian Intelligence; Nov. 1, 2013.
(3) The XX Committee: The Kremlin Admits Snowden is a Russian Agent;July 2, 2016;Von: JOHN R. SCHINDLER;03.07.2016.
(4) The Guardian: Quietly, symbolically, US control of the internet was just ended —At a luxury hideaway in Morocco, two years of talks on Icann’s running of the internet finished with a deal to put multiple global stakeholders in charge; Maria Farrell; Monday 14 March 2016.BBC News:US ready to ‘hand over’ the internet’s naming system;Dave Lee; 18 August 2016.
(5) CBS News: By KATIE COLLINS CNET August 18, 2016, 11:47 AM;U.S. prepares to hand over power of the Internet’s naming system.
(6) The 4th Media: SARTRE; Ceding ICANN and Internet Control to globalists; August 23, 2016, Beijing.
(7) The Guardian: The internet is run by an unaccountable private company. This is a problem; Emily Taylor; Monday 21 September 2015.
(8) The Guardian: Icann plan to end website anonymity ‘could lead to swatting attacks’; 7 July 2015.
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