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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ
第66回「アフリカの野生生物の利用(11)〜文化遺産か自然遺産か」

2016年11月2日

▼自然遺産か文化遺産か

 三味線の本体および附属品の基本は、動物や植物に由来する自然素材であった。棹には紅木、皮には犬猫の皮、撥には象牙、弦には絹、そして糸巻には象牙などである。しかし、人間はどのようなものに対してももともとは自然界のものを使ってきた長い歴史があり、楽器もその例外ではない。というか、使わざるを得なかったのである。そしてその素材は、各時代における有用性などから、取捨選択されベストなものが使われてきたのだ。特に和楽器においては、日本人の繊細な感覚に基づいた「音へのこだわりの文化」の歴史ともいえるが、日本だけに限った話ではあるまい。

 ただその一方で、自然環境の変化や特定の動物・植物などが大量に捕獲されてきた歴史の流れの中で、楽器を作るためのそうした自然界の素材の確保が困難になってきたのである。従来のような形で特定の素材に固執することができなくなってきたのが現状なのである。

 ここで、何が伝統なのか、文化なのかということを顧みなくてはならないであろう。三味線に限ってみれば、三味線そのものは500年に渡る歴史があり、その楽器が普及するに至った歌舞伎や浄瑠璃などは数百年の歴史を持つ。歌舞伎や浄瑠璃が世界無形文化遺産に登録されていることも鑑みれば、こうした楽器や舞台芸能における技術とパフォーマンスは、日本が誇る伝統文化と言ってよいかもしれない。しかしながら、そうしたパフォーマンスで使用されてきた楽器を含めたさまざまな道具の素材は、時代とともに変遷してきたのである。すでに見てきたように、撥の素材も木から象牙へと変わってきた。三味線の弦もいまや化学繊維が普及し、皮も犬猫に変わる素材が開発されつつある。このように、新しい時代に対応するように、素材そのものはパフォーマンスと異なる側面を持つのであることを認識しなくてはならない。そのためにも、「伝統・文化」とは何かということを、再考する必要がある。

 野生ゾウの保護と象牙利用のどちらを優先させるか。いま、早急な再検討が迫られている。残された時間は少ない。絶滅に瀕しているマルミミゾウの象牙利用に関わる日本人にとっては、象牙に代わる新素材の開発は急務であろう。マルミミゾウの象牙の特質である「弾力性のある固さ」や、「吸湿性」、「艶」といった特性に見合う新素材の研究は、和楽器演奏者、伝統芸能研究者、邦楽メディア関係者、野生生物保全家、そして材料科学研究者や企業といった分野の垣根を越えた議論と対話をもとに、進められている。現在の技術では、その開発が可能であり、マルミミゾウという地球上の自然遺産と、日本の伝統邦楽器による演奏という人類の文化遺産の両立が実現できる日も遅くはないことを祈っている。

 2016年現在、象牙に変わる新素材はある大学の研究室で進められているが、そのプロトタイプにだいぶ近づいてきたようである。ただ、研究室ではこうした素材開発には装備、資金面でも限界がある。今後、産業界との協力を得ながら、研究室で分析され使用されてきた実験材料や過程を踏まえながら、規模を大きくして実用化に向けての研究開発が求められる。

 同時に、日本の伝統芸能を未来につなげていくためにも、文化庁など国からの理解や支援を得ることも肝要である。

 もちろん今後とも、関連省庁とも議論を重ね、違法象牙が日本に混入しないような厳格な管理制度に向けた改革を進めていかなければならない。しかし、上記のように、一方でこうした三味線の奏者など象牙製撥や犬猫の皮などをこれまで使用してきた実際の「ユーザー」との連携により、次の新しい時代に向かって準備を突き進めていくことは肝要である。これにより、和楽器による響きを次の世代につなげ、未来に継承していくことが可能になるであろう。時代とともに素材も変遷、音楽や音も変わっていく。素材の多様化の中でこれからの邦楽も新たなパラダイムへと進化していくのである。

 上記のような異分野の集まったメンバーにより、現在「和楽器の未来を創る研究会」が立ち上がり、筆者は副理事に任命された。

 アフリカ中央部熱帯林の現場でマルミミゾウの保全を担うひとりとして、しかも日本人として、この使命は重い。


▼DNA追跡と象牙処分

 最後に、象牙に関する昨今の世界の動きを紹介したい。

 世界中の野生ゾウの生息地から糞などのサンプルを採集し、それぞれの土地におけるゾウのDNA分布図が分子生物学者などの尽力で作られつつある。これにより、違法象牙が押収された時、そこから検出されるDNAと照合することで、その象牙がどの国のどの地域の野生ゾウ由来であるかを突き止められるようになってきている。

 マルミミゾウに関しては、コンゴ共和国北部がその違法象牙の由来の地であることが判明してきている。これに基づいて、コンゴ共和国でのマルミミゾウへの対密猟対策への戦略を強化することがますます要求される。

 また、違法象牙押収量がピークに達した2011年を皮切りに、世界の様々な国々が、保有する押収象牙や違法象牙製品の一部を焼却あるいは粉砕処分をし始めたのである。これには、野生ゾウを保有するアフリカの国々だけでなく、象牙の需要をもつアジアの国々でも開始されている。この意図は、国として違法象牙は扱わない、違法取引の根をなくす、ゾウの保全への世界へのメッセージ発信といった地球規模での野生生物保全を目指した国際協調への強い意思表示であり、大きなステップでもある。現在の象牙最大利用国である中国でも実施された。また筆者が現場で保全にあたっているコンゴ共和国でも2015年大統領命で施行された(写真261、262)。

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 日本ではそうした押収された象牙が保存されている税関当局に問い合わせたが、処分はしているはずだが詳細な情報は得られなかった。日本はゾウの保全を目指して、押収された「違法象牙の処分」という形で、国際社会へ向けたメッセージを明確に発していかないのだろうか。

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