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【NPJ通信・連載記事】音楽・女性・ジェンダー ─クラシック音楽界は超男性世界!?/小林 緑

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第57回 新たな女性作曲家のコンサート予告二つ

2016年11月5日

 いよいよ支離滅裂な“民主国家”となった。地方選挙ではっきり民意が示された結果を無視、はたまた大臣や官邸トップが白紙領収書を連発しても問題なし、と開き直り、嘘八百の二枚舌で海外から顰蹙(ひんしゅく)を買う首相の任期をお手盛りで延期する…いまさら抗議しても空しいばかり、の心境だが、一般市民の身では、とりもなおさず本業に勤しむほかあるまい。
 そこで、しつこく女性作曲家のコンサートのお知らせを。今回は目下進行中の二つの企画をかいつまんでご案内する。一週間ほど前に、74歳の老女には想定外の40度の高熱を発し、薬はのまず医者にかからず、といういつもの自己流手当でほぼ平熱に戻したものの、なおまだ完調とはいいがたい。とかくするうちに二つのコンサートはもう目前…というわけで、本来ならしっかりとしたご案内を記すべきところ、ともかくチラシの両面をじっくりご覧いただくよう、お願いしたい。

 このたびはともに、ハープという楽器を主役に据えた。幸運にも優れたハーピストの知り合いが多いこと、そして、この楽器が音楽のジェンダーを語る上でも様々な問題を喚起してくれること、だが何より、ピアノとほぼ同じ機能を有しながら、圧倒的に世間的認知が低いことへの疑念を、何とか伝えたい…これらが二つ続けてコンサートのテーマとした理由である。

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 11月12日(土)11時開演、ウイメンズプラザ・ホールでのプログラムは、チラシ裏面上部にある曲目を変少し変更、以下のように組み直した。

   トーク:ハープはもっとも女性的な楽器?(小林)

   ソフィア・コリ=ドゥシェク:ハープのためのソナタ ハ短調
   (伝)マリア・テレジア・パラディス:シシリエンヌ(フルートとハープ)
   マリー・ド・グランヴァル:メランコリックなワルツ(フルートとハープ)

   休憩

   トーク:ハープについて(有馬律子さん)

   エカテリーナ・ワルター=キューネ:オネーギンのテーマによるファンタジー
   アンリエット・ルニエ:バラード第二番

 前半で取り上げる“シシリエンヌ”の作曲者名に(伝)と添えられた意味などは当日、ご説明する。グランヴァルのハープとのデュオは、今回一番のお勧め演目。今後もっともっと演奏機会が増えてほしい佳品だ。そして締めくくりのルニエのバラード第二番は、おそらく今回が日本初演となる大曲。ご期待あれ!
 
 
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 12月6日(火)13時開演、矯風会館ホールでのプログラムは、実は最終決定に至っていない。だが何れにせよ、ミュンヒェン国際コンクールにて第3位という快挙を成し遂げた景山梨乃さんに、ハープの最も重要な作曲家ルニエの魅力をたっぷり伝えていただくつもり。ウィメンズ・プラザでは見送ったルニエの傑作、「小妖精の踊り」はこちらでお楽しみいただく。けれども、こちらの最大の眼目は、ルニエの最も重要な室内楽曲、ヴァイオリンとチェロとハープが競い合う「ハープ三重奏曲」である。景山さんと芸高・芸大のほぼ同期の仲間同志、切磋琢磨してきた若い実力者3人が取り組んでくださるのがうれしい。実は1916年、ルニエがフランス最高の室内楽の作曲者に授与されるカルチエ賞に輝いた際、その対象となったのがこのトリオだった。そうした知られざるフランス音楽史の豊かな源流に分け入る意味でも、私自身、これを実演で間近で聴けることを心より楽しみにしている。

 そろそろ年末の狂騒が聞こえ始めたこの2016年は、私にとって、女性作曲家をテーマに5回もレクチャー・コンサートの企画を依頼されるという、何とも驚きのうれしい一年となった。
思えば、学生達の発案により、国立音楽大学講堂にてバロック期から20世紀までの女性作曲家を実演で紹介する研究発表会を開催したのが1993年秋。当時は女性作曲家についての評伝類はもちろん、楽譜や音源も実に乏しく限られていて、「女性作曲家列伝」を書き下ろすなど、考えも及ばなかった。しかし、この間の23年という歳月が、男性作曲家の圧倒的寡占状態から脱していくらか潮目を変え、「女性作曲家」の認知が少しずつ浸透してきたのかしら、とルンルン気分でいたところ、つい先ごろ、冷水を浴びせられるシーンに出会ってしまった。
 今なお男性支配がいたるところ、強固に根差していることを告発した女性たちの集会でそれは起こった。日ごろ頼もしいフェミニストとして知られる方々が、オペラの問題が出たところで、オペラは本当に楽しい!その男性中心主義は問題だけれど、音楽の美しさには逆らえない、それとこれとは分けて考えなければ…と何とも晴れやかに、これだけは譲れない、とばかり私と論争(?)になってしまったのだ。彼女たちの念頭にあるのは、もちろん、あの男性有名大作曲家たちによる定番の「名作オペラ」のこと。だが、「音楽は音楽そのもの」「音楽そのものの美しさは何物にも代えがたい」というこうした言説こそ、繰り返すのも空しいが、現行音楽界の支配機構を支えてきた、最強の要因であるはずなのに…しかもこの発言が女性たちから、それもまさに男性支配の根源を論じ合う場で、はっきりと言明された…この衝撃は、あまりに大きかった。
 54回目に触れた「海道東征」でも最も肝要な問題点として浮上したこの「純粋音楽」論。歌詞や意味内容を棚上げにして抽象的な音と音響だけを聞き取って楽しみたいのなら、すべて器楽曲だけで事足りるのではと思うが、その場合でも、女性の器楽曲が対等に取りあげられることはなかろう…いやはや、音楽のジェンダー問題はことほど左様に根深い、とため息をつくばかりである。

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