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【NPJ通信・連載記事】メディア傍見/前澤 猛

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メディア傍見43 歪んだ情報社会
―米大統領選に見るマス・メディアの地盤沈下―

2016年11月8日

「事実」より「パフォーマンス」
 米大統領選挙(10月8日投票)は、誰が当選するか、その結果にかかわらず、選挙運動期間の過程で、情報社会の歪みという大きな病巣をアメリカに残した。
 イギリスの作家ジョージ・オーウェルは、60数年前の小説「1984年」で、個人と社会のすべての情報が国家によって監視・統制される全体主義社会の恐怖を描いた。その半世紀後の現在のアメリカは、それとは大きく異なり、自由な情報社会を謳歌しているようだ。マス・メディアは正確で幅広い情報を社会に提供し、市民はその恩恵を享受して理想的な民主主義社会を築いているはずだ。
 しかし、実際のアメリカは深く病んでいる。その病巣を除去する大統領選びの行方を左右するメディアも、また病んでいる。既存のマス・メディアの信頼と影響力は著しく地盤沈下し、その一方、ソーシャル・メディアやインターネット・メディアが、情報社会に大きく羽を伸ばしてきた。そして、そうした新しいメディアが、多くの煽情的で偏った情報を流して社会を動かすという、新たな危機をもたらした。人々は、伝統的なマス・メディアによる地道で冷静な報道より、プロパガンダやパフォーマンスに満ちた刹那的な新興メディアへの依存度を高めている。

 言い換えれば、正確なニュースが知性を高め、その知性が人々の感性と意志(投票行動)を形作るという期待は大きく後退し、いい加減な情報が人々の知性を麻痺させ、衝動的な感情を刺激し、そうした感情から生まれた無責任な意志が社会の方向を左右する決定権を握った。極端に言えば、現代の情報社会は、井戸端会議(housewives’ gossip)のレベルまで逆戻りした感がある。

低い「報道の自由度」と「メディアの信頼度」
 例えば、クリントン民主党候補とトランプ共和党候補による3回の討論会について、世論調査や主要メディアのほとんどはクリントンに得点を与えたが、トランプの支持者はそうした情報を見ないし、見ても信じない。特定のテレビやブログで勝利を叫ぶトランプに酔い、トランプが演説会で黒人を追い出す画像にさえ、喝さいした。
 既成の主要メディアは、長い間、トランプの品性を叩き、嘘を暴いてきた。しかし、投票のたった10日前になって、FBI長官がクリントンのEメール捜査の再開を公表すると、その捜査の結果さえ待たずに(2日前に不訴追の発表)、トランプが「彼女を刑務所へ送れ」と叫ぶパフォーマンスに酔ってしまった。そして、あっという間に世論は大きく傾き、調査によっては、一時、両候補の支持率は、誤差範囲にまで接近した。
 近年、メディアが商業主義にむしばまれたアメリカでは「報道の自由度」は、そう高くない。NGO「国境なき記者団」(本部・パリ)が4月に発表した2016年の「報道の自由度ランキング」では、対象の180か国・地域のうち、41位にとどまっている(前年は49位、2000年は20位)。
 それ以上に問題なのは、人々のメディアに寄せる信頼度が低いことだ、ギャラップの直近の調査(以下の図参照。2016年9月発表)によると、今年は過去最低に落ち込んだ。調査対象者のうち、メディアを「全面的」に、あるいは「かなり」に信頼する人の率は、過去20年間で最高の1999年には、過半数の55%に上っていた。しかし、今年はそれが3人に1人の32%にまで落ちた。昨年より8%も急落した。

gallup

 とくに、若年・壮年層の信頼度が低い。18歳以上49歳未満の層では、メディアを信頼するのは16%で、わずか4人に1人しかメディアを信頼していない。さらに、際立っているのは、共和党支持者のグループで、メディアを信頼する人は14%だ。因みに、メディアが伝えるトランプ支持者層の中心は、病めるアメリカで恵まれていない中低所得、高卒以下の白人だという。一方、大卒のいわば富裕層が多いという民主党支持者グループでの信頼は51%に上る。随分偏っている。

 以上、アメリカの情報社会の変容と実態を、私なりに俯瞰して、敢えて選挙投票日前に提稿した。その実態について、ニューヨーク在住のジャ―ナリスト津山恵子さんは、やはり投票前に、次のようにレポートしている。
 「極右のサイトが、トランプ氏を支持し、移民・女性・同性愛者を攻撃するニュースを載せると、支持者は留飲を下げることになる。従って主要メディアよりもそうしたサイトへのアクセスが高まり、常識的、政治的に正しくないトランプ氏の主張に人気が集まる一助を担っている」
 「インターネットで好きな情報が好きな時に入手できる時代になった今、(そうしたサイトは)「主要メディア」ではない、ということさえ知らない有権者が多くいる。こうした前代未聞の大統領選挙戦の中で、新聞、テレビ、CNNなどのケーブルニュース局は、どうやって正しい候補者に投票すべきなのかを有権者に知らせることが果たしてできるのか、これまでにない難題に直面している」(新聞通信調査会「メディア展望」2016年9月号)

日本のメディア環境の危うさ
 以上、アメリカの情報社会の現状は対岸の火だろうか。翻って日本の実情はどうだろうか。その点に触れておきたい。
実は、国外から見た日本の「報道の自由度」と、日本人自体による「メディアの信頼度」には大きな隔たりがある。
 上記「国境なき記者団」による2016年の「報道の自由度ランキング」では、日本はアメリカよりもかなり低く、72位で、前年よりさらに11位も下がった。
 しかし、その一方、新聞通信調査会の信頼度調査(2016年10月発表)によると、各主要メディアへの信頼度(全面的信頼は100点、普通は50点、信頼しないは0点)は、新聞=68.6点、NHKテレビ=69.8点、民放テレビ=59.1 点、ラジオ=57.6 点で、かなり高い。前年よりいずれも下がっているが、その低下の幅は2点以下にとどまっている。
 海外で日本の報道の自由度が低く評価されていることに、日本のメディア界には戸惑うジャ―ナリストが少なくない。しかし、特定秘密保護法の制定や個人情報保護法、情報公開法の恣意的な運用による情報の秘匿、そしてそれに対するメディア自体の反対・反発の弱さ、人事権によるNHKへの政府の介入、放送法を根拠にした政府の民放への圧力、そして取材面におけるクラブ制度や派閥記者制度などなど。何よりも、国民の「知る権利」に十分に答えていないメディア状況に対して、日本のメディアやジャ―ナリストの認識や自覚は甘く頼りない。
 新聞の購読率は年々低下し、視聴率に弱いテレビは娯楽に傾注し、そしてスマートフォン、ブログ、SNSなど、インターネット・メディアへの傾斜は止めを知らない。街中で「ポケモンGO」に熱中する若年層や中年層を見ると、日本の情報社会の崩壊も、そう遠くないのではないかと危ぶまれる。そうして、それを「由らしむべし、知らしむべからず」社会への道程とみるのは、杞憂に過ぎるだろうか。

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