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【NPJ通信・連載記事】高田健の憲法問題国会ウォッチング/高田 健

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臨時国会と憲法動向~安倍晋三らの改憲戦略を見すえて

2016年11月14日

【改憲原案についての改憲派内での動揺】
 自民党内で「憲法改正草案」(2012年4月発表)についての棚上げ論が出始めた。
 朝日新聞によると、森英介・自民党憲法改正推進本部長は9月15日、下村博文幹事長代行から、衆院憲法審査会長就任打診とともに、「草案(自民党憲法改正草案)は封印してほしい」と要請されたという。
 森氏の後任になる保岡興治元法相も下村氏との会談で「草案を前面に出さずに野党と協議し、改憲項目の絞り込みを目指していく」との方向性を確認した。保岡氏は記者団に「草案は非常に保守色が強い。前面に出せば、野党との調整でネックになる」と語った。
 安倍晋三首相も15日、東京都内の講演で「憲法審査会は与野党の枠を超えて議論したい。私が色々言うと進まなくなるので黙っている」と述べた。これを見ると、下村幹事長代行の意見は安倍首相の同意を得ていることがわかる。
 しかし、これは明らかに安倍晋三首相の改憲戦略の動揺に他ならない。
 自民党はこのほど自民党憲法改正本部長と衆院憲法審査会会長の人事を入れ替えた。
 これは2015年6月4日の憲法審査会で与党側推薦の参考人を含めて3人の憲法研究者が「安保法制は憲法違反」との意見をのべたことが戦争法の国会審議に重大な影響を与え、憲法審査会の審議が止まったことから、当時、この参考人の人選に当たった船田一自民党憲法改正推進本部長が更迭され、森英介氏に変更になっていた。
 今回の人事は同じく、「野党に配慮した審査会運営を重視しすぎて、議論が停滞するおそれがある」傾向がある保岡興冶氏の更迭のために異動を検討した結果だ。 ただし、森氏が憲法問題のエキスパートではないことから、これからの国会での憲法論議に耐えられるかどうかの不安もあり、谷垣禎一氏との交替で森氏自身の異動も検討されたが、谷垣氏の交通事故が重症であり、結局、憲法審査会会長との差し替えという小手先の人事に落ち着いたという経過がある。
 船田氏にはもともと自民党の改憲強硬派からは、彼の憲法審査会の運営が野党に妥協的すぎるとの批判が強かった。従来から船田氏は自民党改憲草案に対しても「国防軍という名前は行き過ぎな感じがする。私は自衛隊のままでもいいと思っている」「このまま憲法改正の原案になることは全くない。妥協をせざるを得ず、草案はほとんどズタズタになると思って結構だ」(2015年3月)などと発言している。
 皮肉なことに、このところの自民党内の改憲戦略の変更はこの船田氏の意見と瓜二つになっている。

 公明党の山口那津男代表も自民党の憲法改正草案について「そのまま案として国民投票に付されることは全く考えていない」とのべ、9月17日の党大会で山口氏は憲法改正論議に言及し、「9条1項、2項は堅持する。何を加憲の対象にすべきかの議論を深めたい」と表明した
 一方、民進党代表選の最中の9月4日、前原誠司氏は「(9条の)1、2項は変えず、3項に自衛隊の位置付けを加えることを提案したい」と発言している。
 自公与党の議論と合わせて考えると、民進党代表戦で敗れたとはいえ、この前原案は改憲派との共通項になりうる可能性がある。

【戦争法の発動の具体化】
 安倍首相らは昨年9月の戦争法制強行で集団的自衛権の解釈を限定的にではあれ変更し、行使できるようにした。これは立憲主義の原理に根本からそむくもので、憲法違反の立法であった。
 そして本年3月の同法の施行を経て、目下、11月の南スーダンPKO派遣部隊の重武装化をすすめ、「駆けつけ警護」や「宿営地共同防衛」などの新任務を付与することで、「戦えるPKO」「戦争する自衛隊」として同法を発動しようとしている。
 それだけではない。
 8月24日の記者会見で稲田防衛相は、戦争法発動のための訓練を開始すると述べ、「(南スーダンだけでなく)いかなる場合にも対応できるよう、しっかり準備するのは当然だ」と述べた。そして「集団的自衛権の行使などを想定した日米共同訓練も10月に実施する方向で調整する。安保法により、日本の存立を脅かす明白な危険のある『存立危機事態』では、他国への攻撃であっても集団的自衛権を行使できる。日米両政府は10~11月、陸海空の各部隊による共同統合演習『キーンソード』を実施。11月には共同指揮所演習(ヤマサクラ)を行う。これまでは主に日本に対する武力攻撃を想定した訓練を行ってきたが、今回は、武力攻撃には至らない『存立危機事態』『重要影響事態』などの事態も想定し、集団的自衛権行使を含む自衛隊と米軍との連携を確認する方針だ」と表明した。(/08/24東京新聞)
稲田発言は南スーダンPKOへの対処だけではなく、東アジアをはじめ世界的な規模で戦争法の全面的な具体化を進めるとの政府の決意の表明だ。
 朝日新聞の報道によると、9月13日、米太平洋軍と航空自衛隊はグアムから韓国へ派遣した米空軍の核爆弾搭載可能なB1B(ボーンB)戦略爆撃機2機が九州付近を通過する際、航空自衛隊のF2戦闘機2機と共同訓練を実施し、その後、韓国空軍のF15とも共同訓練をした。米太平洋軍のハリス司令官は「今回の一連の飛行は、北朝鮮の挑発的な行動に対し、韓国、米国、日本が結束して防衛に当たることを示すものだ」とのべ、朝鮮有事に際しての米日韓共同作戦訓練がすすんでいることを公表した。
 これらは戦争法制の発動の具体化が急速に進んでいることの例である。

【9条改憲は安倍晋三の戦略的政治課題】
 従来から私たちは改憲派の本丸は憲法第9条だと言い続けてきたが、安倍首相ら改憲派の長期戦略は戦争法の発動に止まらず、第9条の改憲であることは疑いない。
 一方、公明党の山口那津男代表は8月15日、街頭演説で「近年の日本を取り巻く安全保障環境は、確実に厳しさを増している。憲法9条のもとでこの状況に対応するために、平和安全法制を作り、切れ目のない体制を作っていける法的基盤を整えた」「日本が自衛権を使うにしても、もっぱら他国を防衛するための集団的自衛権の行使は認めないというのが今の憲法の考え方であるということを明らかにしたうえで、その安全法制を整えた」「私たちは、こうした重ねた議論のもとで、自らを否定するような議論はするつもりはありません」と述べ、「憲法9条を改正する必要はない」と述べた。
 これは昨年、憲法違反の戦争法を進めるに際しての公明党の自己弁護の立場でもある。
 しかし、この山口発言は額面通りにとることはできない。山口代表ら公明党は加憲論を積極的に進めようとしている。「自衛隊容認」のための「9条3項」の加憲は十分に公明党の想定内のことである。3項加憲であれ、いったん9条改憲に道を開けば、現行憲法の9条1項、2項の防波堤は決壊に向かうだろう。
 安倍首相は参院選開票後の7月11日の記者会見で「いかにわが党の案(自民党改憲草案)をベースにしながら3分の2を構築していくか。これがまさに政治の技術」だと発言していた。安倍首相は動揺する公明党を「政治の技術」で籠絡し、彼らの改憲草案がめざす憲法破壊、9条改憲を進めようとしている。
 戦争法は法制化され、施行され、前出の稲田発言のように、いまその具体化が進んでいる。
 しかし、この戦争法は自衛隊が米軍と共に海外で自由に戦争ができるような集団的自衛権行使の全面容認ではなく、限定行使である。この「限定」の突破のためには、憲法9条を変え、自衛隊を合憲化し、海外で戦争ができるようにするしかない。
 いま、安倍首相が自民党総裁の任期を3年延長してでも、「任期中の改憲」にこだわる理由はここにある。戦争法制を成立させてもなお、見苦しいほどに首相の座に固執する安倍晋三のホンネこそ、この9条改憲に他ならない。

【安倍らの改憲戦略について】
 いま運動圏の一部で自民党の「憲法改正草案」批判の重要性が注目を集め、その学習運動がさかんになっている。これは結構なことだ。この草案がいかに危険なシロモノであるかは強調してしすぎることはない。
 しかし、これから直面するであろう改憲派による改憲原案が、この自民党憲法改正草案のようなものだと固定的にとらえると、肩すかしをくう可能性がある。私たちが改憲を阻止する運動を作り上げるうえで重要なことは、改憲派の改憲戦略を冷静に見極め、対処していくことだ。これでは本稿冒頭に書いた下村幹事長代行の「改憲草案封印」論は理解できない。この点で、私たちの主張がいたずらに危機あじり的なアジテーションであってはいけない。
 第1次安倍政権当時、9条改憲に失敗した安倍晋三は、第2次政権以降はさまざまに明文改憲の迂回戦略を模索してきた。憲法第9条に対する世論の根強い支持が安倍晋三首相にこうした迂回作戦を強いてきたのである。
 破綻した96条改憲もそれだし、新しい人権条項附加論もそれで、このところでは大震災に便乗した緊急事態条項附加の改憲論なども登場した。安倍の改憲戦略はめまぐるしく変転した。
 私は従来から安倍晋三首相が改憲原案の複数段階提起をとるのではないかと言ってきた。
 複数段階提起説は、第1次安倍政権による9条改憲の企ての失敗から、1回目は「お試し改憲」(印象が軽すぎて用語として適当ではないが)としてのネオリベラル的な改憲(注1)(新しい人権、統治機構、地方分権、財政規律、参院選挙区の「合区」の解消、緊急事態条項(注2)導入などのいずれか)で人びとにまず「改憲馴れ」させておいて、反発が強い9条改憲に着手するのは、その次か次と言ってきた。これは今日なおありうる改憲戦略である。
 しかし、任期の延長などにこだわる安倍晋三の動きを見ると、そうした「決め打ち」的な判断だけでは危ういと思われる。いずれにしろ、そのときの情勢と安倍晋三の腹の中のことであり、安倍にしてもいま戦術が確定しているものでもない。
 国会法第68条の3では「憲法改正原案の発議に当たっては、内容において関連する事項ごとに区分して行うものとする」とあり、これは「個別発議の原則」といわれる。これによると、一度の改正発議で複数の項目・条文を対象にすることが可能である。
 しかし、国会の憲法審査会の審議の過程で、一度に国民投票にかける項目数も事実上限定されている(国民投票法案の審議で、せいぜい3~5項目とされている)のである。
 以上述べてきたことから、安倍晋三が狙う改憲を総合的に考えると、改憲原案は①ネオリベラル的な改憲と、②9条加憲(前原的な9条改憲論で、自民党憲法草案的な国防軍的なものではない)などの複数項目の抱き合わせで提起される可能性は否定できない。
 この場合、世論の多くが9条改憲に消極的でも、ネオリベ改憲に同調的という傾向に引きずられ、9条改憲に有利になる可能性があると安倍晋三らの改憲派は考えないだろうか。
 さらに、安倍ら改憲派は憲法96条の規定(この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする)を使って、国政選挙と同時に憲法改正国民投票をおこないたいと考えるだろう。同時にすれば、議会多数派の見解に同調する意見が多くなると考えられるからである。
 この場合、2018年末までの任期の以前におこなわれる衆院改案と総選挙か、2019年夏の参院選という国政選挙と国民投票の同日投票が想定される。
 しかし、これも容易ではない。
 公選法と国民投票法では戸別訪問の可否などをはじめ運動規制のしかたがかなり違い、同時に実施するには相当の技術的困難が伴うことになる。この問題も狡猾な改憲派はなにか対応を考えるだろうか。

【当面する私たちの課題】
 私たちは当面する南スーダンへのPKO派兵に反対し、自衛隊の南スーダンからの撤退を要求しなくてはならない。私たちは10月30日には総がかり行動実行委員会と共に青森の第9師団第5普通科連隊の駐屯現地で抗議行動を展開する。
 あわせて、憲法第9条の精神に真っ向から反する沖縄辺野古・高江の基地建設強行に反対し、沖縄民衆の闘いに呼応する運動を強めたい。とりわけ、「沖縄県民の民意尊重と、基地の押し付け撤回を求める全国統一請願署名」を全国の仲間と共に拡大したい。
 そして、秋の衆院東京10区などの補欠選挙を野党共闘でたたかい、来る衆院選における野党統一候補の実現と前進のためにたたかいたい。
 憲法改悪を阻止し、憲法の生きる社会をめざして、改憲派のさまざまな攻撃に対処できる柔軟さを持って、運動を強め、世論を喚起して行かなくてはならない。
(「私と憲法」9月25日号所収 高田健)
 
 
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注1・ネオリベ改憲は「新自由主義的な改憲」のことですが、 必ずしも経済分野での新自由主義と対応するものではなく、 旧来の「復古主義的な改憲」「新国家主義的な改憲」「新保守主義的な改憲」 として使っております。
特徴的には維新の会などによる改憲論の多くがこれです。正面から9条改憲などを主張せず、財政規律とか地方分権など、搦め手からの改憲論を主張することに特徴があります。
しかし、この人びとは「危険性が少ない」というわけではなく、また9条改憲を言わないわけでもなく、安倍首相の9条改憲論などにも同調します。

注2・緊急事態条項は大変危険なものです。メディアでは9条改憲への布石(お試し)として報道しています。
しかしその危険性からすればお試し改憲という用語は誤解のもとにもなりかねません。
その点については私も警戒心をもっています。
ただ安倍政権はとりあえず、他の環境権とか、プライバシー権と並べて、自然災害対応の面のみを強調して緊急事態条項を出してくる可能性があります。 政権は環境権などと同様に、緊急事態条項も多くに受け入れられると考えているふしがあります。 その観点からネオリベ改憲条項の中に入れてあります。

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