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【NPJ通信・連載記事】メディア傍見/前澤 猛

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メディア傍見44 こうした記事を、どこまで信頼しますか

2016年11月16日

まかり通る「匿名談話」

 下に貼った新聞記事(朝日新聞2016年11月8日朝刊)のコピーをご覧ください。「NHK籾井勝人会長の続投」の是非に関して問題を提起した記事です。論旨には大いに啓発される、よい記事だと思います。しかし、何かおかしくありませんか?
お気づきでしょうか。疑問のポイントは、丸で囲った部分にあります。「関係者によると…」「ある経営委員は…」「ある委員は…」「政権幹部」「官邸幹部」「別の官邸幹部」などと、匿名の羅列です。

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 日本の報道は、決してレベルが低いとは言えないでしょう。しかし、前回の「メディア傍見」43で記載したように、「国境なき記者団」の評価(2016年4月発表)による「報道の自由度ランキング」は低く、世界180の国・地域中、日本は72位にとどまっています。
 一方、国内の主要メディアに対する日本人読者・視聴者の信頼度はかなり高いのです。「全面的な信頼」を100点、「普通」を50点、「信頼しない」を0点とした読者調査では、総合点で新聞は69点、NHKテレビは70点、民放テレビは60点、ラジオは58点 という高得点です(新聞通信調査会調査、2016年10月発表)。
 この、ギャップについては、前回、「国民の知る権利に十分に答えていないメディア状況に対して、日本のメディアやジャ―ナリストの認識や自覚は甘く、頼りない」と書きました。
 国際的評価でみた低水準のメディアを許容している背景には、日本の読者や視聴者(メディア・クライアント)のメディアを見る目の寛容さがあるといえませんか。その証左の一端が、少しもためらう様子のない匿名談話記事の掲載と、それにまったく不信感(不審感)を抱かない、おおらかな読者の存在に覗きみられるのではないでしょうか。

「欧米に学ぶ点はない」?

 日本のメディアのリーダーの一人、渡邉恒雄氏は、日本新聞協会会長に就任した際(1999年6月)、「日本だけが高級大衆紙を実現しており、今や欧米に学ぶ点はない」と胸を張って言いました(「新聞協会報、1999年㋅29日号)。はたしてそう断言できるでしょうか。
 少なくとも、欧米の一流紙には、何の断りもなしに、このような匿名談話が羅列した記事は見当たりません。日本では、どうしてこうした記事が、連日、恥ずかし気もなく掲載されるのでしょうか。
その理由を考えてみましょう。
 ①談話の取材相手が、自分のアイデンティ(誰であるかの氏名、肩書などの身元)を伏せる条件
  で話した。
 ②記者が、匿名を前提にして話を聞いた。
 ③とくに実名を明記しない限り、匿名の方が慣例になっている。
 ④従来、多くの場合、談話は匿名扱いだったので、この書き方に抵抗はない。
 理由は、以上のどれでしょうか。あるいは、そもそも匿名記事を問題にする必要がないのでしょうか。
 談話に限らず、欧米、特にアメリカでは「実名明記」(取材源公開)が原則で、「匿名報道」(取材源秘匿)は例外です。たとえ、プライバシーや名誉や安全など特別の事情から、紙面では匿名扱いになっていても、談話の主や取材源を、編集局上司に秘匿することは許されません。記者が上司に取材源を明らかにしない場合には、記事を掲載しません。
 アメリカがそうした厳しい原則を守るのには、「クック事件」という苦い体験があるためでもあります。
  【クック事件】
   1980年、米ワシントン・ポスト紙は、ジャネット・クック記者の取材執筆による特報
   「ジミーの世界」(8歳の少年のコカイン常用)を掲載し、翌年、ピュリッツァ賞を受賞
   した。しかし、それは捏造記事だった。この捏造の背景と原因を調査した同紙のオンブ
   ズマン、ビル・グリーンは、同紙に詳細な報告を掲載し、その中で、同紙従来の「取材
   源公表」原則に加えて、「取材源の上司への報告」義務を加えた。

記者倫理と記事・談話の出所明示

 朝日新聞の提携紙「ニューヨーク・タイムズ紙」の倫理綱領は、次のように規定しています。

【取材源の秘匿は、ニュース価値があって信頼できる唯一の情報である場合に限る。匿名の場合は、必ず事前に記者と編者者が討議し、引用の仕方や、掲載の事情や取材源の意図などを協議する】

 実は、朝日新聞も、記者行動基準(2016年3月1日改定)として、次のように規定しているのです。

【情報源の明示と秘匿】
7.情報の出所は、読者がその記事の信頼性を判断するための重要な要素であり、可能なかぎり明示する。
8.情報提供者に対して情報源の秘匿を約束したとき、または秘匿を前提で情報提供を受けたとき、それを守ることは、報道に携わる者の基本的な倫理である。秘匿が解除されるのは、原則として情報提供者が同意した場合だけである。
【オフレコ取材】
9.報じないことに同意したうえで取材をする、いわゆるオフレコ(オフ・ザ・レコード)を安易に約束しない。約束した場合でも、発言内容を報道する社会的意義が大きいと判断したときは、その取材相手と交渉し、オフレコを解除するよう努める。

生かされない捏造記事の教訓

 取材源について、朝日は、「可能な限り明示」としています。しかし、ニューヨーク・タイムズは、明示を当然のこととし、その秘匿を「制約」しています。このように、取材源の明示と秘匿に関しては、両国のメディアの姿勢には基本的な違いがあります。
 私人のプライバシーや名誉の尊重は大切です。しかし、そのために、報道の信頼性を無視してよいことにはならないでしょう。読売新聞が、早く1982年に制定して公刊した「報道と人権」のガイドブック「書かれる立場 書く立場」は、その基本理念として、「はしがき」で次のように明示しています。
 「新聞の使命が真実の報道にあり、読者の知る権利にこたえて十全の情報を提供することに存するのは言うまでもありません。記事中の人名を伏せることなど本来はあってはならないことであり、仮名(当時は「匿名」の意)が理由もなく用いられている記事はいわば欠陥商品です」
 残念ながら、30余年経った現在、各紙の日々の紙面を見る限り、情報や談話の出所については、朝日の基準7の「明示」より、8の「秘匿」の方が優先されている傾向が強いのです。読売新聞も昨今は、「取材源の秘匿」を報道倫理の「鉄則」としています。
 中日新聞が5月に(東京新聞は6月に)掲載した「新貧乏物語」には、大きな捏造があったとして、中日新聞は10月30日に検証記事を掲載し、同社は、名古屋本社編集局長を役員報酬減額、本社社会部長と社会部の取材班キャップを譴責、執筆記者を停職1カ月とする懲戒処分を発表しました。匿名報道では、記者本人にはもちろん、それを許す上司にも責任があることを認めたのです。
これを受けて、各紙もこの問題の原因、背景などに関する解説記事を大きく掲載しました。朝日新聞は、11月5日の「Media Times」欄で捏造が見逃された原因について、「匿名チェックに難」の見出しをつけて、大石泰彦・青山学院大学教授の、次の話を載せました。
「匿名報道になるとチェック機能は働きにくい」
そうなのです。しかし、朝日新聞はその3日後の紙面に、匿名の談話で埋まった上記の記事を、何の矛盾もなく、至極当たり前であるかのように載せたのです。こうした記事について、記者のみならず、編集上司は、「談話記事の匿名は、ニュースの信頼性とは別問題」とでも説明するのでしょうか。

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