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沖縄を犠牲にした「日米盤石」

寄稿:飯室 勝彦

2016年12月31日

 2016年暮れ、日米開戦の地、ハワイを訪れた安倍晋三首相はオバマ米大統領の前で美辞麗句を並べ立てた。

 「寛容の心がもたらした和解の力」
 「(日米同盟は)明日を拓く希望の同盟」
 「真珠の輝きに満ちたこの美しい入り江(パールハーバ)こそ寛容と和解の象徴」
 「かつてないほど盤石な日米関係」…などだ。

 真珠湾での演説やオバマ大統領との首脳会談における発言には、意味内容が十分吟味されていない、観念的で空疎な言葉が、しかも主観的文脈で随所に散りばめられた。もともと演説や国会答弁で惹句を多用し、言葉が踊ることの多い政治家だが、オバマ大統領の表現が冷静で客観的だっただけに違いが目立った。

 首相は、敗戦後の荒廃から立ち直ろうとする日本人にアメリカからさしのべられた支援の手に感謝し、「寛容の力の偉大さ」をたたえ、「盤石となった日米関係」は「未来志向の同盟」として新段階を迎えたと強調した。
 それらの発言からうかがえるのはアメリカだけを向いている視線であり、あの戦争への反省、謝罪はもとより、旧日本軍が踏みにじった中国、韓国、アジア太平洋諸国の人々との関係については何も語られなかった。

 「次の世代の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはいけない」と言ってきた安倍首相である。日米関係の戦後を総括することで戦後そのものを清算したつもりだろう。真珠湾訪問を持論の「戦後レジームからの脱却」に邁進するための新たなスタート台と位置づけているのではないか。

 あらためて言うまでもなく、戦争はアメリカとだけしたのではない。安倍演説が置き去りにした国々との間には歴史認識の溝が依然として残っている。それらの国の人々にとっては「戦後の清算」どころではない。
 それに「戦後レジームからの脱却」を言うのなら、敗戦後のアメリカによる占領統治と、その後の東西冷戦を背景にした「対米追随」をこそ総括しなければならない。

 現実の安倍政治は対米追随から対米従属へ、さらに自衛隊による米軍の肩代わりへと展開しつつある。
安全保障法制を強引に国会通過させ、日米防衛ガイドラインを見直し、社会保障費コストの増額を誇張して危機感を煽る一方で防衛予算の増額を続け、米軍仕様の兵器を増強している。「いつまでも世界の警察官ではいられない」と言い出したアメリカと“運命共同体”になろうとしているかのようだ。

 こうした路線のためには沖縄を平気で踏みにじる。安倍首相がハワイに行った、まさにその日、名護市・辺野古沖に新しい基地を建設する工事を再開したことが象徴的だ。基地建設に反対する翁長雄志知事は工事再開前に国に対して県側と協議するよう申し入れたが、菅義偉・内閣官房長官は拒否し、工事再開を公式に宣言した。

 辺野古問題は、市街地にあって世界一危険と言われる普天間飛行場を「移設する」とされ、いかにも住民のためのようだが、要するに新しい飛行場を造って米軍に提供するのである。ハワイの首脳会談でも安倍首相は大統領に「工事を着実に進める」と約束した。 

 県北部の国頭村と東村にまたがり広さ約7500ヘクタールもあった北部訓練場(ジャングル戦訓練場)はやっと半分が返還され、2016年12月22日に仰々しく返還式が行われた。しかし残された区域では米軍のために新たなヘリパッドの建設工事が、本土から派遣された警官隊に守られながら進められている。

 地元住民を中心とする反対運動の人たちは警官から「土人」「シナ人」などと罵倒され、座り込みを警官の実力行使で崩され、逮捕されることもしばしばだ。警察の弾圧に加え、防衛省側の宣伝攻撃も激しさを増している。

 普天間の「辺野古移設」も、北部訓練場の一部返還とヘリパッド建設も、基地負担の軽減というより基地の再編強化というのが実態に近い。 
狭い島に広大な米軍基地を押しつけられ、苦しみ、怒ってきた県民に、新たな基地負担が半永久的に強いられようとしている。

 垂直離着陸輸送機オスプレイが名護市沿岸に墜落して「危険な航空機」との評が現実になっても、日本政府は抗議もせず、墜落原因などの調査も現場管理も米軍のなすがままに任せ自主的に対応しなかった。

 墜落からわずか6日後には飛行再開を容認し、菅官房長官は「アメリカ側の説明は合理性が認められ、飛行開始は理解できる」と、県民の不安など歯牙にもかけなかった。在沖縄米軍トップのニコルソン沖縄地域調整官の「住民に被害が出なかった。感謝されるべきだ」という開き直り発言にも政府は全く反応しなかった。

 「日米は対等なパートナー」と装う安倍首相だが従属関係であることが明らかだ。安倍首相とオバマ大統領が確認したとされるような「盤石な日米関係」は、日本の対米従属と沖縄の犠牲のうえに築かれている。

 あの戦争の末期、沖縄は本土防衛の盾とされて地上戦に巻き込まれ、軍人・軍属とほぼ同数の10万近い一般県民が犠牲になった。日本の独立回復後も平和憲法の届かない米軍統治下に置かれ、やっと日本国憲法の下に復帰してからも基地の島であり続けることを強要されてきた。いま現在も将来に向かってさらに新たな負担を迫られている。

 安倍政治のもとで平和憲法が揺らぐなか、沖縄に対する風圧はますます厳しくなっている。沖縄はかつて琉球処分に代表される差別を経験しているが、県民の眼には形を変えただけで差別はいまも続いていると映る。

「平和な島を求める人々に基地の島を押しつけ、異民族統治の厳しい体験のうえにさらに忍耐を強いるのか」―本土に住む私たちは基地の島で暮らす人たちの悲痛な叫びに耳を澄ませなければならない。
耳を澄ますだけでなく、沖縄と日本、そしてアメリカの現代史を見つめ考えなければならない。

 沖縄は日米関係の縮図であり、日本とアメリカを映す鏡である。耳を澄まし、見つめ、考えれば国際社会における日本の立ち位置が浮かび上がってくる。

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