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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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またぞろ動き始めた「敵基地攻撃」論

2017年5月1日

1 3月29日に自民党安全保障調査会が安倍首相に緊急提言を提出しました。北朝鮮をめぐる情勢の緊迫化を背景にして、「敵基地攻撃能力」の保有の検討を直ちに求める内容です。
 私はまた愚かなことを!とあきれています。「敵基地攻撃能力保有」が軍事的にはいかに幼稚で、リアリティーを欠き、弾道ミサイルに対処する上で効果がないことは、2009年5月30日付でこの連載コーナーの「『敵基地攻撃論』が狙う9条改憲」でくどいほど論じたものです。内容はこの記事をご覧下さい。改めてここでは繰り返しません。
2 「敵基地攻撃能力」の保有については、安倍政権が2013年12月17日に閣議決定した新防衛計画大綱で、既に「弾道ミサイル発射手段等に対する対応能力の在り方についても検討の上、必要な措置を講ずる。」と述べています。同時に閣議決定された中期防衛力整備計画にも同じ文言があります。つまり安倍政権は中期防の5年間に必要な措置を講じるということを閣議決定しているのです。
3 具体的にはどのような軍事能力を想定しているのでしょうか。自民党国防部会・防衛政策検討小委員会が2009年6月19日に発表した「提言・新防衛計画の大綱について」の中で、偵察・情報・通信衛星システムと、「巡航型長射程ミサイル」(長距離巡航ミサイルです)、「弾道型長射程個体ロケット」(固体燃料の長距離弾道ミサイルをこの様な言葉でごまかしています)の保有を提言しています。北朝鮮並みの発想ですね。北朝鮮がロケット発射実験を行ったことに対して「事実上の弾道ミサイル発射」だと非難したのは誰だったのでしょうか。
4 これは直接の攻撃手段ですが、北朝鮮の弾道ミサイルを破壊するためには、北朝鮮の空域の支配(制空権の確保=北朝鮮空軍力の破壊)と、移動する発射装置を発見する特殊部隊の派遣や無人偵察機での偵察と、対空防衛網の破壊も必要です。どれだけの軍事費が必要か想像を絶します。それだけ費やしても効果がないことは,これまでの戦史が示しています。
5 「敵基地攻撃能力保有」論は、安全保障政策としても愚策です。「専守防衛政策」を放棄することになるからです。確かに憲法第9条の政府解釈として「敵基地攻撃能力」の保有は法理的には可能であるとしています。しかし専守防衛政策から具体的な能力は持たないとも述べています。つまり「専守防衛政策」は、憲法9条に基づく政府の対外的な宣言政策でもあります。
 「敵基地攻撃能力保有」論は、この宣言政策を撤回すると周辺諸国に理解されることは間違いありません。「専守防衛政策」が日本の安全保障にどれだけ貢献してきたかを深く検討すれば、このことは理解できると思います。
6 日本は侵略戦争を遂行し敗戦した結果、憲法を制定したわけですが、憲法9条に根拠を持つ「専守防衛政策」は、周辺諸国に対して再軍備をし自衛隊を増強してきた日本に対する安心感を与えてきました。その結果、周辺諸国との間で「安全保障のジレンマ」に陥ることも防ぐことが出来ました。
 「安全保障のジレンマ」とは、日本の安全のためと称してとる措置が,かえって周辺諸国の警戒感を高めて,その結果逆に日本の安全を損なうという現象です。「安全保障のジレンマ」は絶えざる軍拡のスパイラルに陥る元凶となります。
7 日本が置かれている歴史的・地政学的な条件は「安全保障のジレンマ」に陥りやすいことを示しています。
 中国、韓国その他のアジア諸国との間に歴史問題が横たわっています。北東アジアは軍事同盟により地域が分断されています。北東アジアには、他の地域(東南アジア、中南米、ヨーロッパ・ユーラシア)のような地域的安全保障の仕組みがありません。米・中・露・北朝鮮という核兵器保有国がパワーゲームを展開しています。互いの防衛政策に対する不透明さと不信感が渦巻いています。
 日本の領土から中国大陸や朝鮮半島は、わずか数百キロしか離れていません。そのため防御的な兵器であっても、攻撃的な兵器としてみられがちです。
 この様な条件の中で生み出された「専守防衛政策」は、日本の安全保障政策として極めて有効に機能してきたはずです。日本の防衛政策の透明性を高めてきました。
8 安保法制の施行により「専守防衛政策」の基盤が揺らいでいます。個別的自衛権に直接関わらない事態でも、日本の軍事的関与の機会を増大させたからです。その上「敵基地攻撃能力」保有を目指すことになれば、「安全保障のジレンマ」を強める結果、私たちの平和と安全を脅かすことになるでしょう。絶対にこれを認めてはならないと思います。
 そのような愚策ではなく、日本が果たすべき重要な役割があるはずです。「専守防衛」国家、非核国家として、地域の安全を高めるための信頼醸成措置や外交手段を駆使すべきです。現在の朝鮮半島情勢の緊迫化に対しても、もし武力紛争になったらどうするということを考える前に、日本は米国の軍事的瀬戸際政策を後押しするのではなく、日本外交が積み重ねているあらゆる外交チャンネルを使って、米・中・韓・北朝鮮の間で平和的解決のための努力を重ねるべきです。

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