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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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第82回「動物園での保全教育一考(2)」

2017年5月15日

写真1写真323:香港の動物園でのオウム・ショーを実施しながらオウムの保全ガイドをする職員©西原智昭

▼保全教育への入口からいかに飛躍するか

 園館での飼育条件を改善すべきだという声は、動物福祉に関わる団体からだいぶ以前より挙がっていた。特に動物園は、動物を収容する場所が狭く、その生活環境を改善すべきだと言われてきたのである。すでに述べた「公園事業」として資金に限界のある中、また敷地的な大きさにも限界がある中、多くの動物園でその改善に取り組んできたのは確かである。欧米の動物園に見られるような、環境教育につながるであろう、自然環境を模した展示場作りは、日本の場合、資金的にも敷地的にも容易ではないが、いずれにせよ、そうした限られた現状の条件の中で、保全教育を進める具体的方策を検討し実行していくべきである。飼育されている環境の改善は優先事項であるにしても、そちらに資金が優先され肝心の保全教育に予算が回らないような事態は回避すべきである。

 もちろん、動物園で教育活動が皆無であるわけではない。先に述べた「ガイドツアー」もあるし、最近は「トークカフェ」のような場を作り、外部から呼んだ講師に話を依頼して来園者がコーヒーを飲みながら気楽に学習するなど、多岐にわたる。

 「触れ合い」というイベントもその一つである。昨今、野生動物に実際にお目にかかる機会は稀になっただけでなく、特に哺乳動物は仮に家畜やペットであっても、それが「暖かい」身体を持つ生き物であるということを身近に感じる機会は少なくなった。スーパーで見る切り身でしか魚は知らず、海という環境で泳いでいる実際の魚の姿を見る機会があまりないのと同じ状況である。そこでウサギやヤギなどを用いて「動物に触れてみましょう」、それを通じて「生き物」を理解する出発点にしましょうという意図で、「触れ合い」イベントが動物園に広まっている。

 また、展示されている動物の身体的特徴を学ぶ機会も多々ある。この動物は指の数が何本であり、あるいは歯の数は何本であるから、あの動物の仲間ですよねと教える。

 こうした教育と関わりそうな種々の機会は、生きた動物を理解する糸口であるし、その背景にある野生生物あるいはその生息地の状況や保全を理解していくための大きな入口になる。行動展示もエンタメもガイドツアーも講演も直接保全と関わらなくても、来園者が動物に理解を示すための契機となることは確かである。

 しかしその先が見えない。しかも重大な欠陥は、こうしたイベントがあたかも「保全教育」であるかのように、勘違いしている園館スタッフがいるという点である。これらは、保全教育に繋がる可能性は持っているものの、保全教育とは直接の関係はない。むしろそれは「動物園の動物を理解するための教育」の段階に留まっている。

 その点、誤解を招かないためにも、「保全教育」ではなく「動物園動物教育」とあらためなければいけない。

 課題は、そうした入り口としての「動物園動物教育」をいかに工夫し、ゴールであるべき「保全教育」につなげるかということだ。

 香港のオーシャン・パークの事例を挙げたい。ここではイルカも飼育されており、例外にもれず「イルカショー」が演じられている。しかし、そのイベントは通常の単純なエンタメとは違っていた。ショー開始前に会場は満席となるくらい来園者で埋まっている。そして、その大勢の視聴者を前に、まず大型スクリーンで野生のイルカに関する内容の映像を流すのである。「イルカショー」の前に、イルカの保全を説くのである。さらに、オーシャン・パークでは大きなプールなどの施設を持ち、その人工繁殖に関わる専門家もいる中、その「イルカショー」で使われるイルカは野生から取り込んだものではないことも紹介する。

 また、同じオーシャン・パークでは、希少種を含むオウムなどを飼育しており、十分に訓練を受けたオウムなどが、「ショー」を演じる。ところが、これも単なるお楽しみのためのエンタメではなかった。そのショーの物語が、オウムなどが生息する自然環境がもはや失われつつあるというその生息域に関する保全のメッセージを含んだものであったのだ。ショーを見る来園者は、そこでショーも楽しみながら、保全について学ぶことができる。

 このように、エンタメと保全教育は工夫次第で両立が可能なのである。日本の動物園水族館は、こうした事例を学んでいかなければならないであろう。

 
▼動物園での講演と懇親会

 ぼくはここ何年か、様々な人脈を通じて、動物園・水族館で講演をさせていただいてきた。それは、来園者向けの場合もあり、飼育スタッフ向けの場合もある。園館側も、アフリカ現地で長年保全に関わってきたぼくの話を通じて、その現状を知り得る機会として重宝しているようであるし、来園者もそうした野生生物の話を専門家から聞きたいという要望もある。ぼくとしても、園館が保全教育の場として今後進展していくに当たり、そうした情報提供のできる機会であれば本望であると願っている。

 こうした経緯から、東京近郊だけでなく、北海道、東北、近畿、中国、四国、九州などの園館で、講演を継続している。園館側に保全教育の分野での予算が不足しているため、場合によっては旅費も宿泊費も謝金も出ない。しかし、動物園での保全教育は危急の課題であるという認識で、ぼくも引き受けている。ただ、講演を実施しても、会場からの質問やコメントが少ない、どれだけ講演内容が参加者に伝わったかの評価が難しいなど、まだ課題は多々あるが、この活動の継続は無駄ではないと信じている。

 むしろ、問題としたいのは、そうした講演の日の夜に企画される「懇親会」であろう。園館のスタッフが参加するのである。講演を行なったぼくは主賓として招かれ、お酒などでもてなしを受けその日の講演のねぎらいを受ける。食事代もカバーしていただける。ありがたいことである。ぼくの講演を聞いたスタッフも来れば、講演を聞きに来ることができなかったスタッフも参加する。

 ただ、はなはだ疑問に思ってきたことは、主賓なのに主賓になっていないという場面に数多く出会ってきたからである。講演の後の折角の懇親会だからこそ、その日の講演の内容についての質問やコメントをもっと聞きたいし、特に講演に参加できなかったスタッフからも講演内容についてもっとお話を提供できる機会とぼくは期待していた。にもかかわらず、しばらく経つと、その宴会の場は、動物園関係者同士の「内輪」話で花が咲き、ぼくの存在は忘れられたかのような感になる。

 つまり、懇親会はスタッフ同士で普段できない話し合いの場と化しており、ぼくを主賓とした懇親会は、そうした場の提供になっていることに気付く。本来ならば懇親会は講師と参加者の交流、情報交換の場として補完されるべきであるにもかかわらず、ぼくの存在は「ダシ」に使われているだけで、その日の講演に関する真摯な議論がない場合が少なくなかった。

 たとえば、ぼくが講演中に示したパワーポイント資料について、コメントや確認したいことがあればその場こそ利用されるべきだ。昨今、講演中のパワーポイント資料を気軽に写真撮影する風潮があるが、ぼくは基本的にお断りしている。撮影されたコピーがどのように使われていくのか、場合によっては曲解されて使用される危惧もあるためである。そうしたことを防止する意味でも、懇親会という場で、興味を持ったパワーポイント資料について議論を交わすことができれば、「こうした形でいずれ使わせていただきたい」といったような要望も受け入れられるのである。

 たとえば、マルミミゾウに関する講演をする時、その生態学的役割としての種子散布に関するパワーポイントを示すことが多い。しかし、それがまるでマルミミゾウだけでなく、サバンナゾウなど他のゾウにも適用されうると言ったような「曲解」が生じることもある。それは甚だしい誤りであり、発表者側としては極めて遺憾な事態となり得る。そうした点なども懇親会で事前に議論したいものである。

 また、懇親会で「保全教育をやりたいんですけど、でもできないんです」と愚痴を聞くことも多い。園館の運営組織の事情や資金の難しさ、時間が足りないなど、大きな問題が立ちはだかっているのも事実であろう。しかし懇親会の場では、そうした愚痴の前に、まずは「自分としては、限られた条件でも、こうした感じで保全教育に挑戦していきたいのです」といったような前向きの方向性のある議論をしたいものである。

 困難な状況を他者や組織のせいにすることは簡単である。しかし、その前に大事なことは、保全教育をやる上で必要な資金不足を打開していくための助成金申請をこうした形で実施していきたい、あるいは野生種の情報をこうした工夫で取得し広めていきたいといった打開策の提案を、懇親会の場で聞きたいものである。

 さらには、そうした懇親会は「動物園の存続は必要なのか」というような根幹的な議論もできる格好の機会であると信じる。

 もしこれから講演の後、懇親会を設けたいのであれば、そして親身になってその日の講演の内容や保全教育のあり方についてさらなる議論の場を提供してくださるのなら、お酒を伴った「宴会」は不要だろう。お酒が入れば、懇親会の中での話や座興も、本来の道筋をはずれ別のことに展開しやすくなるからである。時間が許されるのなら、園館に残ってお茶でも飲みながら、座談会風に率直な意見の交換会ができた方が、スタッフにとっても、ぼくにとっても、余程有意義な時間になると考える。

 こうした配慮を、今後、園館に願いたいところである。

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