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安倍内閣の反民主的体質
      “逃げまくり”で一層明らかに

寄稿:飯室 勝彦

2017年6月21日

 森友学園と加計学園……安倍晋三政権と自民、公明の与党は、権力者による恣意的な行政遂行があったのではないかとの疑惑にまともに対応しないで逃げまくり、野党の追及をかわすために国会を強引に閉じた。結果としてますます明らかになったのは政治の劣化、安倍政権の反民主主義的体質だ。
 そんな政権による平和憲法の解体を国民は黙って見過ごすのか。日本国憲法と日本の民主主義が重大な岐路に立たされている。

 安倍首相は民主主義について無知なのか、知っていながら無視しているのか。どちらにしろ、首相と側近たちの政治上の振る舞いは民主主義の原理からかけ離れている。
 典型的な例をあげれば、2017年1月20日、通常国会冒頭の施政方針演説で首相が「ただ批判に明け暮れ、国会の中でプラカードを掲げても何も変わらない」と野党を当てこすったことだ。

 議会勢力、とりわけ野党の最大の責務は行政権力に対する監視とチェックである。権力側のすることに行き過ぎや誤りがないか追究し検証する。それが国権の最高機関(日本国憲法第41条)たる国会に与えられた使命である。執行機関たる行政権力、その権力を支える与党勢力とは違って、野党側には対案を示す責任は必ずしもない。
 何かにつけ批判されると「対案を出せ」と要求する安倍首相は民主主義の基本原理である三権分立を正しく理解していない。権力を握っている行政権力は監視されチェックされ、批判にさらされるべき存在なのである。

 「数の力」に頼る国会運営も民主主義の荒廃をもたらしている。野党の追及に耐えきれなくなると、与党陣営による単独採決、強行採決で突破して異論をねじ伏せる政治手法が、安倍自民党政権の常套手段になっている。反対論や疑問が根強く残る共謀罪法案についても、参院での委員会採決を省略していきなり本会議採決に持ち込み成立させた。

 確かに「多数決」は民主主義の基本的ルールだが、少数意見の尊重、対立する相手方への敬意を前提とした原理であることは、小中学生でも知っている。安倍首相には「数の力」に対する信仰しかないかのようだ。
 国会質問で森友問題に関する政府説明に8割が納得していないという世論調査データを民進党議員から示されると、「その調査では内閣支持率は53%、自民、民進党の支持率はご承知の通りだ」と切り返した(4月12日、衆院厚生労働委)。「数こそが正しい」と言わんばかりの答弁が多数決信仰を物語る。

 議会の質疑、討論のシステムは、正義や真理は少数意見の側にこそあるかも知れない、という考えのもとにできている。正義などを見逃さないためには徹底した対話、討論が行われなければならない。最後は多数決で決めるしかないにしても、採決の前に権力を握る側は少数意見、反対意見に耳を傾け、提示された疑問には誠実、真剣に対応して必要な説明をつくすことが求められるのである。

 安倍首相は「敵か味方か」といった二項対立的思考しかできないのか、野党の質問や意見に正面から向き合おうとしない。
 森友学園の問題にしろ、加計学園の問題にしろ、国の最高権力者が知人の利益のために行政をねじ曲げたのではないか、あるいは首相が直接関与していないにしても側近政治家や官僚が首相の意中を忖度して対応したのではないか、との疑いが濃厚だ。
極めて重大な疑惑なのに、首相は自分にとって不都合な質問は何度聞かれてもまともに答えず、「印象操作だ」「レッテル張りだ」などとはぐらかす。答弁席から質問者に向かってヤジを飛ばすことも稀ではない。

 安倍首相には、野党議員や政権に批判的な報道をするメディアの背後にいる、多数の国民が見えていない。いや見えていないのは安倍首相だけではない、首相に追従する党幹部も側近たちも同様である。砂川事件の最高裁判決の趣旨をねじ曲げ、安保法制を合憲と解釈する道を開いた高村正彦・自民党副総裁は、加計学園の獣医学部新設をめぐる疑惑を「(野党による)げすの勘ぐり」と決めつけた(6月16日『朝日新聞』、『毎日新聞』各夕刊など)。
 首相や政府の説明に納得していない人は、朝日新聞の最新の世論調査では66%、毎日新聞のそれでは74%もいる(6月19日付『朝日新聞』『毎日新聞』各朝刊)。高村流に言えば国民の6割、7割もが「げす」なのだろうか。

 側近議員、官僚らによる疑惑隠しとしか思えない事態も生起した。特区を利用した加計学園の獣医学部新設は「総理のご意向」というメールを記録した文書などを、松野博一・文部科学相は当初は「(存在を)確認できない」と言い張り、菅義偉官房長官も怪文書と決めつけた。後に前川喜平・前文部科学次官が文書の存在を証言すると、前次官の人格攻撃を始める始末だった。
 そのあげく再調査で複数の関連文書の存在が確認されると、関係閣僚の一人である山本幸三・地方創生相は問題の核心を指摘した文書の中身の真実性を否定し「(出向官僚が)陰で隠れて本省にご注進した……事実を確認して出したメールではない」と部下の官僚を中傷し責任を押しつけた(6月17日付『朝日新聞』朝刊など)。

 前川前次官は在任中の2016年秋、首相官邸に呼ばれ、出会い系カフェに出入りしていたことを杉田和博・官房副長官から注意されている(詳細は『週刊ポスト』2017年6月9日号)。公務と無関係な時間の私的行動をなぜ官房副長官がつかんでいたのだろうか。共謀罪の実現で監視社会の到来が懸念されているが、現実が先行しているのではないかと背筋の凍る思いがする。
 前川氏は加計学園による獣医学部の新設認可に消極的だっただけに、官房副長官の「注意」はある種の牽制ではなかったかという推測もまったく的外れとは言えまいが、世論の関心がそちらに向かず、メディアによる掘り下げた報道もなかった。

 6月13日、参院農林水産委員会において義家弘介・文科副大臣が「(官僚が)非公知の行政運営上のプロセスを、許可なく外部に流出させることは国家公務員法違反になる可能性がある」と答弁した(6月14日付『朝日新聞』朝刊、15日『毎日新聞夕刊』など)ことも見逃せない。

 官僚たちのなかには、事実を覆い隠そうとする政権と、政権に無批判に従う上司の姿勢に義憤を感じ、やむにやまれぬ気持ちからメディアや国会議員に情報を提供する人もいる。そうした内部告発者、内部告発を志す官僚たちには義家答弁が“恫喝”や“牽制”に聞こえたに違いない。
 政治、行政の風通しを良くし、自浄力を発揮させるためには徹底した情報公開、異論の尊重が不可欠だ。強権的に異論を抑えつけるのは民主主義に反する。

 政権側は逃げまくり隠し続け、疑惑追及の主要舞台となる国会を閉じた。3分の2以上の人が政府説明に納得していないという世論調査の数値は、こうした疑惑隠しへの不信、怒りの表明と言える。

 安倍政権の歩んだ跡には民主主義の荒廃した光景が拡がっている。政権が見つめる前方には平和、不戦憲法の解体がある。そのゴールに向かって、首相の“号令”で自民党の改憲論議は急ピッチになっている。
憲法と民主主義の危機を前に、有権者が抱き始めた不信を安倍政治の暴走ストップにつなげなければならない。
 
 前述した二つ新聞の世論調査によれば、安倍内閣の支持率は森友問題、加計問題で急落したがまだ41%と36%(他メディアの調査結果比較は6月20日付『朝日新聞』『毎日新聞』各朝刊など)で歴代内閣より比較的高い。通常国会の閉幕で野党の追及の場が限られるようになっただけに、政権側は事態が沈静化し、内閣支持率が再上昇することを期待しているだろう。それを許さないために安倍政治の検証が必要だ。

 昭和史研究家の保坂正康さんは新著『日本人の「戦争観」を問う』(山川出版社)の「あとがきにかえて」のなかで、「安保法制によって自衛隊の任務が拡大した現在ほど、昭和史からの教訓が必要とされる時代はない」として、「私たちに何が問われるのか」と読者に問いかけている。
 有力な答えの一つは「日本国憲法と民主主義の再確認」だろう。廃墟の中で新憲法を手にした先人たちの感動を思い起こし、民主主義の原理の一つひとつを現実と照らし合わせて再確認したい。

 だからこそ、そしていまこそ、求められるのは、安倍政権が「安倍一強」と言われる党内情勢と高い政権支持率をバックにこれまでどんな政治をしてきたかを、一人ひとりの有権者が振り返り、自省を込めて検証することである。安倍政権の反憲法的、反民主的な体質がより一層明らかになるだろう。

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