【NPJ通信・連載記事】一水四見・歴史曼荼羅/村石恵照
アノミー化する世界状況と日本
この連載を2014年9月5日に始めて、三年を経過した。
国際政治にも経済にもまったくの素人が、 過去3年間の時代状況について、 時事評論的なことを書いてきたが、 私の時代認識の記録になっているようだ。
その間、政治家やジャーナリストには当たり前のことだが、国内外の様々な人物に出会った。
私の専門の仏教学会で会う人脈とは、全然違う範疇の人物たちだ。
人に会って学ぶということでは、「華厳経」の中に善財童子の求道の物語がある。
「東海道五十三次」のヒントになったといわれる仏教説話だ。
文殊菩薩、比丘、比丘尼、天神、女神、森の妖精、釈尊の母、金細工師、遊女、貿易商人、在家仏教者、バラモン、王女、金満家、香料商人、王、船主など53の尊格、神格、霊恪、人格をすべて平等に仏道の善知識として訪れ、教えを乞う物語である。
最後に善財童子が教えを乞うのは、慈悲の象徴である普賢菩薩だ。
説話から現実にもどる。
台湾で李登輝氏に会い、人民大会堂では習近平氏の講演も間近で聞いた。
ご承知のとおり、二人は中国の命運について鋭く対立する政治家だ。
アメリカの原子力技術の専門家、韓国の情報関係者、国会議員、右翼の活動家、週刊誌記者、改憲派と護憲者の活動家などにも会った。
それぞれに会った人から、さらに枝分かれして別の範疇の人々と会うことになる。
そして、人生と世界は、複雑で残酷で、時に優しくて、まったく結論がでない代物だと思う。
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第一回目のタイトルは「歴史認識ということ」。
終わりの部分を引用する。
「第二次世界大戦以後の日本の為政者は総じて、大方の世界の国々が共有している戦争体験を内在している基本的歴史認識が体験として欠如している。
日本以外の国々の政治家がすぐれているというのではない、
ただ日本の政治家が世界の国々が共有している戦争体験を中核とした歴史認識にもとづいた国益についての統合思考が欠如しているということである。・・・
幸いなことだが、主要な西欧先進国には植民地体験と長期間にわたる戦闘体験の長い伝統があり、それが日本の政治家にない。
習近平氏の世界を見る視座と彼の頭脳の回路の仕組みには、中国の膨大な歴史認識が定着しているはずである。
安倍晋三氏の歴史認識はいかなるものか?
日本という国の歴史の特質をどの程度理解しているのか、お聞きしたいものである。
一水四見の知恵で日本の国益の本質を客観視する心の余裕があるのか?
これもお聞きしたいものである。
伊勢神宮と靖国神社との決定的異質性をどれだけ理解しているのか?
これがわかっていれば原発推進などしないはずである。( 2014 / 09 / 02 記 )」
現政権には、日本が抱える諸問題(憲法・安全保障・エネルギー・環境・日米関係など)が集約されている原発を廃止し、国家管理にして優秀な技術者を結集し、国民の総意を自然エネルギーの開発に向けてほしいと願う。
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この「歴史認識」を出発点として、日本の安全(生活と国土)を守ることを第一義にして、いろいろな見方をこれまでコラムにしてきたが、細部は措いて、今のところ修正する部分はない。
(11)「世界は宗教戦争 (?) の時代に突入したのか?」(2015/01/18 記)
を書いた。このエッセイのタイトルについて、訂正するとすれば、二つの?を除きたい。
つまり、人間の情念のもっとも深い部分 ー 死・性・所有欲・闘争欲 ー に関わっているのが「宗教」である、という前提で。
「歴史は繰り返さない、諸行は無常である。
さらに予想もしなかった歴史的勢力が西欧に対抗するようにあらわれてきた。
中国だ。
かっては世界最大の都市・長安を中心として大帝国を築き上げた中華文明が、
近代西欧にやられっぱなしであった中国が、
しかも外来のユダヤ思想に淵源をもつマルクス・レーニン思想と無神論を政策の中枢にしている矛盾の中国が、
―神教の三つ巴の情念の渦巻く西欧の金融資本主義とインターネットに支配された「すばらしい新世界」に介入してきているのだ。」
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現在は「(41)シリアと北朝鮮に引き裂かれたトランプ戦略( 2017年4月26日)」の中で、あっというまにシリアの惨状は、マスコミから消えてしまった。
シリアの現状は、どうか。
「米ロだけではなく、トルコ、イランもこの内戦に関わっています。
また、まったく違う思惑でここに関わっているんです。
各国の思惑が全て異なっているシリア情勢、そのパズルはあまりにも複雑で解決の道筋はまだ見えていません。」( BS1ワールドウオッチング;2017年6月22日(木);「現地取材・シリアの首都ダマスカスは今」)
そして現在、北朝鮮とアメリカの双方による高度の瀬戸際戦術によって韓国と日本がそれぞれの仕方できりきり舞いをさせられ、多額のアメリカ製の武器を購入させられるはめになってきている。
毎日、日本のマスコミでは、大手の新聞も茶の間のテレビも、朝鮮半島問題評論家も、北朝鮮の挑発現象の解説に余念がない。
「ミサイル発射 日米韓の結束強化を(見出し)ー 北朝鮮がまた危険極まりない挑発に出た。・・・蛮行で隣国を脅かす金正恩政権に強い憤りを覚える。・・・日米韓は綿密に情勢の認識をすりあわせ、一枚岩で平壌に向きあう強い結束の意識を共有せなばならない。」(朝日新聞・社説;2017・8・30)
対北朝鮮との関係、利害関係、政治と軍事における両者の力関係などがまったく異なる米韓と、 そこに日本も加わって 一枚岩の結束意識を共有するとはどういうことなのか。
一方、メルマガでは、ジャーナリスト・高野孟氏が、政府の対応及び一部マスコミ報道を「ヒステリックで見当違い」と指摘(『高野孟のTHE JOURNAL』2017.09.13 )。
大手の通信社ロイターは「本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています」との前提で、 John Mecklin 氏(「原子科学者会報」編集責任者) の見解(コラム)を掲載(2017/09/12 )*。
「コラム 北朝鮮の「核危機」はイリュージョンか」」[12日 ロイター] 弾道ミサイル発射、核実験、軍事演習、空虚な大言壮語──。
こうした不穏な行動が見られるとはいえ、北朝鮮によるここ数カ月の「危機」は、大部分が絵空事である」
そして現在進行中の北朝鮮の “挑発現象” を、
「北東アジアで創作された劇場型危機」と形容する。
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マスコミ上の表現では、朝鮮半島劇場で上演されている「ミサイル・核弾頭絵巻」の主演は悪役のキム・ジョンウン氏、助演はトランプ氏のようだ。
いや、実はどちらが主演が助演かわからない。
その他に中国人とロシア人の実力派の俳優らが楽屋に控えているが、この幻想劇の演出者は、いったいだれなのか。さらに背後の興行主はだれなのか?
そして日本人は、客席の上に見えないミサイルが朝鮮半島から飛翔していることを想像してハラハラされられているようだ。
核ミサイルの大道具を使った幻想劇は、現在も進行中であり、予期せぬ展開や混乱もありうるだろう。
そして、どう展開するにせよ、アノミー化された世界で得をするのは、軍産複合体と国際的金融業と精神産業化した宗教だ。
ところで、トランプ大統領の取り組み項目は、彼のホームページに公表されているとおりで、個々の課題の進捗度は様々だが、その対処方法は彼一流のディールであって、ブレがない。
[ 2 ] アメリカ第一の外交政策
[ 3 ] 雇用と成長の復活
[ 4 ] アメリカ軍の再強化
[ 5 ] 法の執行にもとづく社会の擁護
[ 6 ] すべてのアメリカ人のために働く貿易交渉
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現在の世界状況は、「 死・性・所有欲・闘争欲」の情念が金融、IT、戦争、テロなどの様々な具体的形をとって、複雑に錯綜して「アノミー化した状況」であると言う他はない。
AI、ゲノム技術などに代表される西欧流の技術が益々発展を極めてゆく一方、伝統的に歴史をゲームとみなす傾向のある一部の西欧のセレブたち・エリート知識人・政治家・聖職者らの道義的退廃は、大手マスコミにはなかなか出ない幼児に対する性的嗜虐趣味に典型的にあらわれている。
アメリカは、今後も二重思考 (doublethink) の「自由と法治主義」の維持を堅持してゆくだろう。
中国は、50年先の展望をもって「一帯一路」の夢の実現に向かって、国家の秩序と体制の維持には、断固として妥協しないだろう。
自由ファーストの移民国家・アメリカ合衆国と、
体制秩序ファーストの漢人主導・多民族国家の中華人民共和国は、
ロシアが虎視眈々と見守る中、極東の朝鮮民主主義人民共和国を中心に今後どのようなゲームを展開するのだろうか。
そして、アノミー化する世界状況にあって、日本は、将来にいかなる展望をもつべきなのか。
アメリカ合衆国の第51番目の州になればよい、という一部の知識人の自嘲もある。
では、国民国家に生きる日本人の迷いの無い覚悟とは、なんであろうか。
アメリカとは国民レベルでの意見交換を幅広くもって、益々の人間的交流を継続することは当然である。
政治家は、政治以前に、人間の情念の研究と世界の文明史の中の日本の立場を学ぶ必要がある。
善財童子のような高邁な求道を、現今の政治家に期待するのは無理であろうか。
しかし、日本が世界文明に対してもっとも意義のある価値を発揮ためには、
日本は、 自らが「和」国、つまり非覇権性の国情であることを古代史に遡って深く確認し、
有史以来の文明的一衣帯水の関係のある中国と “文明的な深い対話” を忍耐強く継続することである。
(2017/09/15 記)
* 「コラム 北朝鮮の「核危機」はイリュージョンか」;John Mecklin;ロイター;
2017年9月12日 (英文:The North Korean nuclear ‘crisis’ is an illusion;John Mecklin; REUTERS; 2017/09/12)。
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